小学生のとき、“はなまるシール”が好きだった。
授業で手を挙げて発表した数だけ、先生からもらえるシール。それを一定数集めると、鉛筆や消しゴムなど好きな文房具と交換してもらえるシステムだった。
景品のほとんどが、どこでも手に入るようなものばかりだったが、当時の私にとってはちゃんとしたご褒美に違いなかった。増えていくはなまるのシール。道具箱にたまっていく、鉛筆や消しゴムの数。
自分の頑張りが数字として可視化され、その数に応じて報酬が与えられることでモチベーションを維持することができる。画期的な報酬設定は、個人の頑張りを後押しすると知った。
継続的な関係性を築く、リワードデザイン
小学校を卒業してから10年以上が経った今でも、ご褒美をもらえると嬉しい気持ちになることに変わりはない。はなまるシールはもうもらえないが、私たちの生活を取り巻くサービスには、特定の条件を満たすことでユーザーに特典を与えるものが増えつつあるように思う。
わかりやすい例を挙げるなら、来店ポイントはまさにその一種だ。たとえば、「Starbacks(スターバックス)」が2017年9月に導入した「Starbacks Rewards(スターバックス リワード)」という制度。全国のスターバックス店舗にて税抜50円ごとの支払いで獲得できる「Star」を一定数集めることで、好きな商品と交換できる報酬設定だ。ユーザーは継続的にお店に通うことでご褒美がもらえる。
ポイント制など、ユーザーの行動に対し適切なタイミングで適切な特典を付与する設計を、“リワードデザイン”と呼ぶ。適切なリワードデザインを行うことで、サービスや店舗を継続的に満足度高く愛用してもらうことができる。
リワードは多すぎても少なすぎても、頻度が高すぎても低すぎてもいけない。適切な量を適切なタイミングで提供することが大切だ。このリワードデザインは、近年増加するサブスクリプション型のサービスにおいても重要視される。文脈的にはカスタマーサクセスの一部ともいえるだろう。
企業側は、自社が提供するサービスを継続的に使用してもらうために、また他社との差別化を図るためにも、ユーザーの関心を継続的につかむリワードデザインが求められる。
Nikeがアプリを通じた新しい報酬設定を導入
世界的スポーツブランド「Nike(ナイキ)」も、同社が提供するアプリ「Nike+ Run Club」や「Nike Training Club」ユーザーに向けた画期的な報酬設定を生み出した。
Nike+ Run Clubは、ランニングに特化したもの。実際に走った距離・ペース・心拍数などのランデータを記録してくれるのはもちろん、自分が設定した目標や運動レベルに見合ったパーソナルプランも提案してくれる。
Nike Training Clubは筋トレやダイエットに効果的なフィットネスアプリだ。個人の目的とレベルに沿ったトレーニング方法を動画・タイマー付きで指導してくれるため、初心者でも簡単に取り組めるものだ。
新しい報酬設定では、これら二つのアプリでユーザーが設定した目標やルーティーンを達成することで、他社アプリ・サービスのディスカウントを受けられるという。
具体的には、音楽配信サービス「Apple Music」や瞑想アプリ「Headspace」、アメリカで人気のフィットネスサービス「ClassPass」などで無料トライアルメンバーシップやディスカウント、限定プレイリストの配信などを受けられる。
これまで、Nikeが提供するスポーツアプリの報酬はシンプルなものだった。自分が完走した距離や、完遂したトレーニングのレベルに応じて仮想トロフィーをもらえるのだ。トレーニングの種類や実施曜日によって、もらえるトロフィーの種類が異なるため、全種類を集めようと躍起になるユーザーも多かった。
仮想トロフィーは、自分が頑張った分だけ、目に見える形でたまっていくが、それは「自分の頑張りの証明が可視化される」以外の価値を生まなかった。
Nikeが報酬設定の見直しを図ったのは、個人の頑張りが可視化されるだけでは、ユーザーのモチベーション維持に限界があると考えたからではないか。目標の達成度に応じてトロフィーがもらえるとはいえ、ただためるだけではいつか飽きが来てしまう。適切な報酬制度を、適切なタイミングで用意することで、継続的な関係性構築を促すことにもつながるだろう。
現時点で、同様のリワード設定は日本では未対応のようだが、導入が決まれば高い人気を獲得しそうだ。
Nikeのリワードデザインがもたらす利益
注目すべきは、Nikeがアプリユーザーと相性の良いサービスを見極めたリワードデザインをしていることだ。
たとえば、Apple Musicとの連携。Nikeのアプリを通じて目標を達成できたユーザーは、Apple Musicからトレーニング時の集中力を高めるカスタムプレイリストを限定で配信してもらえる。HMVの独自調査によると、ランニングをするときに音楽を聴いている人の割合は約7割。Nikeアプリのユーザーも、音楽配信サービスとの親和性が高いことは想像に難くない。
アメリカのフィットネスサービス、ClassPassの無料トライアルメンバーシップ付与もわかりやすい。Nikeアプリを使って個人で運動をしていたユーザーが、日を重ねるごとに、より本格的なトレーニングを体験したいと考える流れをくんでいる。いずれも、アプリユーザーの属性や特徴を捉えたリワード設計がなされているのだ。
今回のリワードデザインにより恩恵を被るのはユーザーだけではない。Nikeと連携してユーザーに報酬を提供する企業にもメリットがあるのだ。先に取り上げたApple MusicやClassPassなど、サブスクリプション型のビジネスは、特典を提供することで見込み客へアプローチができる。
この見込み客は自社サービスとの相性の良さを前提に設定されているため、サービスの成約にもつながりやすいと考えられる。企業側が報酬を提供しやすい土台が形成されているのだ。
本来であれば、Nikeが自社製品のディスカウントを特典として設定するほうが手っ取り早いはずだ。ただその手法を取らない理由はリワードデザインを起点にしたビジネスの広がりにヒントがあるのかもしれない。
今回の施策がアメリカで高評価を得て世界中で広がれば、リワードデザインを軸とした、ビジネス展開のモデルとしての活躍も期待できる。Nikeを見本に、ユーザー目線に立ったリワードデザインを生み出すブランドが、今後日本でも増えると面白そうだ。