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インターネットの誕生、そしてブログツールやSNSの隆盛により、誰もがクリエイターになれる時代が到来した。これといった資格がなく、なる方法が曖昧な小説家や作家などの仕事に、誰でも手が届くチャンスが訪れている。
「インターネット発」といった言葉をよく目にするように、文学賞に応募し、膨大な数の作品の中から自分の小説が選ばれるのを待つ必要はない。
たとえば、携帯Webサイト「魔法のiらんど」に掲載されたケータイ小説『恋空』は、後に文庫版が累計発行部数53万部を突破するなど大ヒットを記録している。他にも、TwitterやPixivなどのSNSで人気を得た一般ユーザーの投稿が、そのまま書籍化するケースも珍しくはなくなった。
投稿作品数は4億超。長編作品に特化した出版プラットフォーム「Wattpad」
Googleで「小説家」や「作家」と検索すると、「なるには」と予測変換が表示される。上記で触れた「魔法のiらんど」や「STORYS.JP」などのストーリー投稿サービスの知名度は高まりつつあるとはいえ、まだまだ日本では、誰もが作家になるための仕組みは世の中に知られていないようだ。
一方、国外に目を向けてみると、日本とはまるで様相が異なる。作家のためのソーシャルパブリッシングプラットフォームを運営するWattpad(ワットパッド)社をご存知だろうか。日本では馴染みがないかもしれないが、同社のサービスは世界中に6,500万人もの読者を抱え、これまでに4億超の作品がアップロードされている。
「Wattpad」で作品を投稿するまでの流れはシンプルだ。タイトルと作品の簡単な説明を記述し、ジャンルを選択。あとは作品に紐づくタグを設定し、言語を選択。最後にコピーライトを決めれば、作品を書き始めることができる。書き上げた作品を「Publish」すれば、その日からあなたの作品は全世界にリリースされることになる。
日本語にも対応しているため、日本人の作家が投稿した作品を読むことも可能だ。たとえば、ユーザー登録時にリコメンドされたbluewritesstuffさんの作品『本当の君はまだ知らない』は12,267reads(2月12日現在)を記録していた。
同サービスが、日本での普及率はまだ低いことを考慮すると、「すでに国内で出版事例を持つサービスに及ばないのではないか」と考える人もいるだろう。しかしWattpad社の歴史を振り返ることで、同社が持つポテンシャルの高さがうかがえる。
ユーザーの作品が番組になる?Wattpadのユーザー増加を支えたテレビ業界との提携
Wattpadのローンチは2006年。同サービスは、ブラウザとiOS/Androidアプリで利用することが可能だ。運営元のWattpad社が初めての資金調達を行った2010年には、平均月100万回以上アプリがダウンロードされるなど、eReading(主に電子書籍など、情報技術を用いて行う読書)アプリの中でもっとも人気を博したサービスとなった。
2013年には作家がファンから資金を募る「Fan Funding」をリリース。作家が制作活動の抱負、意図をビデオや資料を使って投稿し、ファンから支援を得る仕組みだ。作家は、継続的なコンテンツ制作に加え、自費出版するコストを抑えることが可能になった。
近年は、機能追加や新サービスの開発などに注力しており、2016年にはWattpadに属するプロットや才能のある書き手を斡旋するプログラム「Wattpad Studios」を発表。アメリカ合衆国のテレビチャンネル「ターナー」などと協業を行っている。
また、同年アメリカ合衆国の三大ネットワーク「ナショナル・ブロードキャスティング・カンパニー」傘下の「ユニバーサル・ケーブル・プロダクション」とも契約。Wattpadの資産であるストーリーを他のメディアに持ち込むことで、テキストにとらわれず、エンタメ業界に幅広くリーチしていった。
同社の強みは、将来有望な作家たちによって投稿された膨大な作品を横展開することだけではない。昨年は新サービスの開発に取り組み、さらなるユーザー獲得へと乗り出した。
テキストと音声で小説を楽しむ新たな読書体験「チャットフィクション」
Wattpad社が昨年2月にローンチした携帯アプリ「Tap」では、テキストメッセージによるチャット形式でフィクション作品を読むことが可能だ。こうした形式のコンテンツフォーマットは「チャットフィクション」と呼ばれる。
Tapは、読者があたかも登場人物の会話を読んでいるかのような気分になるようデザインされており、ユーザーに新たな読書体験をもたらしたといえる。もちろんジャンルも多種多様だ。開始時から、ホラーや恋愛、ドラマなど何百ものストーリーが公開されている。
また昨年7月にはビデオやサウンド、画像、声などをチャットに追加できる「Tap Original」機能をリリース。現在対応しているストーリーはそう多くないが、チャットフィクションの新たなコンセプトとして注目を集めている。
Tap Originalのコンセプトは、「スマートフォンユーザーが、テキストのみならずさまざまな方法で通信するという事実」に基づいて設計されているそうだ。
同サービスで提供されるチャットフィクションでは、ストーリーの主人公からFacetimeでビデオ電話がかかってくるかもしれない。テキストと音声メッセージを組み合わせた新たな読書体験をすることも可能になるだろう。
ちなみに、Tapはフリーミアムモデルで、プレミアムプランにアップグレードすることで、ユーザーはよりリッチなサービスを体験できる。週2.99ドルか月7.99ドル、もしくは年間39.99ドルを支払うことで、購読者限定のストーリーを含め、作品を無制限で読めるようになる。
加えてWattpadは、ビデオを中心としたノンフィクションのストーリーテリングに特化した「Raccoon」をローンチし、ビデオ業界にも進出。ユーザーは1〜2分の短尺動画で創作したストーリーを配信する。
Raccoonは、18歳から35歳の若いユーザーを惹きつける設計になっている。Wattpad社がこれまでに提供してきたサービスの中でも、よりソーシャルメディアに近いものだと捉えてもらっていい。
類似サービスに挙げられる「Snapchat」や「musical.ly」との違いは、あくまでRaccoonはストーリーテリングの手段であること。Wattpad社の共同創業者であるIvan Yuen氏は、ビデオ業界に進出した理由を「Wattpad社のビジョンは、物語を通して世界を繋げ、楽しませることであり、その一環として、ストーリーテリングのプロセスを進化させる革新的な方法を絶えず探しています」と語っている。
実際にSnapchatとRaccoonを比較してみると、Raccoonがストーリーテリングの新しい手段であることがよく分かる。Snapchatは各々がシェアしたい体験をシェアし合うことが主な使用目的で、その投稿自体に文脈がないことが多い。しかし、Raccoonのユーザーは、視聴者に語りかけるようにコンテンツを作成する。
「語りかけるコンテンツ」が生み出すのは、「より具体的で意義のあるつながり」だ。コンテンツの配信者と聞き手が一対一で会話をしている感覚は、ソーシャルメディアによくある「不特定多数と緩くつながっている」感覚と一線を画している。
また、毎週「story challenge(とあるテーマに沿ってユーザーがトークをする選手権のようなもの)」が行われていることも紹介したい。「子どものときの思い出をシェアして」「今までで一番大きかったTinderでの失敗経験を話して」などのテーマが提示され、ユーザーはそれに応じてビデオを配信する。
自分の伝えたいことが明確になっていて、なおかつ聞き手一人ひとりとのつながりを前提にコンテンツを配信することが、Raccoonが類似サービスと差別化を図れている点として挙げられる。
コンテンツをマネタイズするための三つの手段
Wattpad社は今年に入り、5,100万ドルの資金調達を行ったと発表。サービスの裾野を広げていくことが予想される。これまではテレビや映画業界と提携したビジネスモデルを展開してきたが、今後どのようなマネタイズ手法を取るのだろうか。
主に考えられるのは、広告ビジネス、コンテンツ課金、サブスクリプションの三つだ。
Wattpadのユーザー数は前年比40%を超える成長を記録している上に、「WeChat」を運営する中国大手IT企業Tencentからの投資を受けている。中国のIT巨人の後押しを受けて、これまでWattpadの知名度が比較的低かったアジア圏から新たにトラフィックを獲得できれば、さらに多額の広告収益を得られるだろう。
すでにサービス上に投稿された作品をアレンジし、コンテンツ課金させることも考えられる。現在投稿されているオリジナルのテキストストーリーをチャットもしくはビデオに変換すれば、旧作品を新たなコンテンツとして購入する読者もいるだろう。
そうしたコンテンツ課金をサブスクリプションモデルで提供すれば、継続的な収益化も望める。特定の作家のファンクラブのようなものを設置し、定額課金するユーザーだけに作品を配信することも難しくはない。
さまざまなマネタイズ手段が考えられるが、肝となるのは「コミュニティ」だ。
エンタメコンテンツはコミュニティ・ドリブンの時代へ
Wattpadの代表Aron Levitz氏は、「ユニバーサル・ケーブル・プロダクション」とのパートナーシップを公開する際に「最近のコンテンツ開発に関して、直感や推測の入る余地はない。データ・ドリブン、そしてコミュニティ・ドリブンのエンタメの時代が来る、そしてWattpadがその道を切り拓いている」と語っている。
彼の言う「コミュニティ・ドリブン」とは、作家とファンが強い連帯感を持つことを指す。Wattpadには、数万人単位のフォロワーを持つ作家も存在している。Fan Fundingでは、こうしたファンコミュニティから資金を集められる。
つまり、新たに外部から支援者を募る必要がない。Aron Levitz氏はFan Fundingをリリースする際に、「Kickstarterでプロジェクトを始めたいのであれば、基本的に親戚、隣人、友人に資金を提供してもらう必要がある」と発言していた。
作家が自費出版をする際に「Kickstarter」で資金を集めるには、都度「営業電話」をする必要がある。資金を募る理由を並べ、親戚に声をかけ、プロジェクトに応じてコミュニティを形成しなければならない。
しかしながらWattpadで継続的に作品をアップロードしていれば、見ず知らずの支援者がすでに一定数獲得しているケースも少なくない。新たな作品を待ちわびるファンによって形成されたコミュニティを保持していれば、「営業電話」をすることなく資金を調達できるのだ。
Wattpadの持つポテンシャルに興味をそそられたのなら、一度ダウンロードしてみることをおすすめする。もしかすると、趣味で行っていた創作活動が、数多くの支援者に後押しされるプロジェクトになるかもしれない。