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肉や魚のみならず、卵や乳製品といった動物性の食品を一切口にしない完全菜食主義者の「ヴィーガン」が世界的に急増している。動物愛護や環境問題への意識の高まりや、ヴィーガンを公言するセレブリティの影響が背景にあり、若い世代を中心にヴィーガンはトレンディな現象ともなっている。
そんな世相を反映し、植物性食品を扱うレストランが続々と登場しているほか、スーパーマーケットや航空会社、ファッション業界もこぞってヴィーガン・フレンドリーな商品を提供。ヴィーガン市場の経済効果は「ヴィーガノミクス」と呼ばれるまでに拡大している。
マクドナルドでもスウェーデンとフィンランドで「マックヴィーガン」を展開。ハンバーガーには大豆を使用している(マクドナルドHP)
大手スーパーマーケットでヴィーガン用食品が続々
挽肉に似た食感を生み出す「マッシュルーム・ミンチ」、プルドポークに似た味と食感の「BBQプルド・ジャックフルーツ」、アーモンドやココナッツなどで作った乳製品の代替製品――英大手スーパーマーケットのセインズベリーズは2017年末、新年用の商品としてヴィーガン向け食品シリーズを発売した。
同社のスポークスマンは新シリーズ導入の背景について、肉を食べるイギリス人の4分の1が肉の摂取量を減らす傾向にあり、3分の1の夕食に肉が使われていないことを指摘している。セインズベリーとほぼ同時期には、ドイツのスーパーマーケット、アルディも米国市場で「大豆プロテインバーガー」「ミートレス・ミートボール」「ヴィーガン用モッツアレラチーズ」などをリリースしている。
これに引き続く2018年初頭には、英大手スーパーマーケットのテスコが英国600店で20種類のヴィーガン用総菜シリーズ「Wicked Kitchen」を投入した。「レインボー・カレー・ボール」「きのこ照り焼きヌードル」「マッシュルーム・ボロネーズ」など、植物のみを材料とした総菜で、消費者の人気を博している。
英大手スーパーのテスコが発売したヴィーガン用総菜シリーズ「Wicked Kitchen」(テスコHP)
同シリーズの開発に携わったアメリカ人シェフのDerek Sarno氏は英『インデペンデント』に対し、「あまりにも長い間、ヴィーガンは市場に見落とされてきた。ヴィーガンに提供される商品は、『真に楽しむため』というよりは『なだめるため』に作られてきた」と指摘。同シリーズでは、美味しさを追求したほか、サンドイッチの具に「ニンジン・パストラミ」や「かぼちゃのファラフェル」を使用するなど、斬新なアイデアを取り入れたという。
マクドナルドでもヴィーガン用ハンバーガー
ヴィーガンには外食の際の選択肢も増えてきた。アメリカでは「Veggie Grill」といったヴィーガン用チェーンレストランが展開されているほか、ニューヨークやロンドンなどでは中華料理からクレープ屋まで、多くのヴィーガン向けレストランが登場している。
また、大手ファーストフードチェーンでもヴィーガン市場を意識した商品が続々と投入されており、ドミノ・ピザは2018年1月からオーストラリアの店舗でヴィーガン用モッツアレラを使用したピザ3種の販売を開始。ピザハットでもトライアル期間の成功を経た後、全店でヴィーガン用のチーズ代替品を導入した。
ピザハットも今年からヴィーガン・フレンドリーな商品を投入している。(ピザハットHP)
ヴィーガンの対極を歩むように見られるマクドナルドでさえ、ヴィーガン市場の広がりを無視できなくなってきた。同社は2017年12月、スウェーデンとフィンランドの店舗で大豆を材料としたハンバーガー「マックヴィーガン」を発売。ソーシャルネットワークなどでは、一部にマクドナルドの「ヴィーガン入り」を批判するコメントも見られたが、トライアルでは「意外と美味しい」とまずまずの成功を記録した。
このほかにも、航空会社のジェットスターやアメリカン航空で、機内食に「ヴィーガン用」を導入するなど、ヴィーガンの外食はこれまでよりぐっと容易になってきている。
1月の「Veganuary」キャンペーンは過去最高の登録者数
毎年1月に開催されるヴィーガン促進キャンペーン「Veganuary」は、2014年の開始から毎年拡大の一途をたどっている。
このキャンペーンは年初めの1月にヴィーガンになってみることを促すもので、オンラインで登録者を募集。食品業界や外食産業などを巻き込み、ヴィーガンになるためのアドバイスや、レストラン情報、オンラインショッピング、料理のレシピなどを提供している。2018年1月のキャンペーンの登録者数は、事前登録だけで11万5000人と過去最高を記録し、2014年当初の3300人から大きく拡大した。
ヴィーガン促進キャンペーン「Veganuary」のHP
市場調査会社のニールセンが2017年8月12日までの52週間に米国の主要小売店を対象に行った調査では、肉、シーフード、卵、乳製品といった動物性食品の代替品となる植物性商品の売上高は、前年同期比8%増の31億ドルに達した。全食品の売上高が同0.2%減となったのと対照的に、大きく成長している。チーズ、ヨーグルト、アイスクリームといった乳製品の植物性代替品の売上高に限ると、前年同期比20%増の7億ドルに拡大している。
「ヴィーガノミクス」を支えるもの
人々がヴィーガンになる主な理由は、動物愛によるもの。動物に苦痛を与えないというポリシーにより、肉や卵、乳製品を一切口にしない。また、畜産業がもたらす環境問題への関心や健康意識の高まりもその背景にある。さらに、歌手のアリアナ・グランデ、女優のグウィネス・パルトロウ、F1レーサーのルイス・ハミルトンなどのセレブリティがヴィーガンであることも、若い世代を中心としたヴィーガンの流行を後押ししている。
また、ヴィーガン市場を支えているのは、ピュアなヴィーガンだけではない。肉以外は食べる広義の「ベジタリアン」や、時々肉も食するフレキシブルな菜食主義者「フレキシタリアン」も、ヴィーガン市場の拡大に貢献している。
さらに、ヴィーガンの波は食だけに限らない。動物愛護の精神から、ヴィーガンは動物性の材料を使った衣服や靴を身に着けないポリシーを持っているが、ヴィーガンの増加を受け、ファッション界にもヴィーガン・フレンドリーな商品が広がっている。
フレキシタリアンに対する興味深いスタートアップも以前AMPで紹介している。
「動物へのリスペクト」を掲げるステラ・マッカートニーのプロモーション・ビデオ(ステラ・マッカートニーHPより)
レザーシューズの有名ブランド「ドクターマーチン」は、2017年9月に「ヴィーガン・コレクション」をリリース。定番を含む3モデルで合皮を使用した。また、ファッション・デザイナーのトム・フォードは、自らもヴィーガンであることを公言し、彼のブランドの新コレクションでは毛皮の使用を減らしたことを明らかにしている。
同じくヴィーガンのファッション・デザイナーであるステラ・マッカートニーは、自らのコレクションで、米シリコンバレーのバイオテク企業が開発した人工シルク「ボルトスレッド」を使用。動物性の材料を極力使わないように努めている。
投資家も注目するヴィーガン市場
ヴィーガン市場は今後も拡大が見込まれている。大手食品会社のネスレは、食品業界を取り巻く6つのトレンドの1つに「植物性の食品」を取り上げ、同食品市場が2020年には50億スイスフラン(約53億ドル)に達すると予想している。
同社はすでに「ガーデン・グルメ」ブランドでヴィーガン用食品を展開しているが、これに加えて2017年9月には、植物性食品メーカー「スウィート・アース」の買収を発表。ヴィーガン、ベジタリアン、フレキシタリアンの増加に対応する戦略を打ち出している。
ヴィーガンの急増を受け、ネスレは植物性食品メーカーの「スウィート・アース」を買収(ネスレHP)
また、米食品大手のキャンベル・スープ・カンパニーも2017年12月、オレゴン州を拠点とする「パシフィック・フーズ」を買収し、有機野菜やスープ、植物性ドリンクに乗り出した。ほかにも2017年にはダノンが植物性食品・飲料メーカーの「ホワイト・ウェーブ」、カナダの食肉メーカー、メープル・リーフ・フーズが植物性食品の「ライトライフ・フーズ」に投資するなど、大手食品会社がこぞってヴィーガン市場に参入している。
ヴィーガン市場の拡大には、投資家も注目し始めた。ゴールドマン・サックス・グループはこのほど、黄色エンドウ豆から代替ミルクを作る飲料メーカー「リップル・フーズ」に6500万ドルを投資。植物性食品を成長市場とみなし、今後のビジネス拡大に期待感を示している。「リップル・フーズ」は現在、エンドウ豆をベースとしたアイスクリームを開発中という。
ヴィーガノミクスの成長は始まったばかりだが、人々の価値観が多様化する中、今後もプロテイン摂取のダイバーシティは広がると予想される。2018年の夏、スーパーマーケットのアイスクリーム棚には、様々な植物性アイスクリームが並ぶに違いない。
[文] 山本直子、岡徳之(Livit)