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ハンバーガーを「科学」する。サイエンス企業「Impossible Foods」のラボと製造工場に潜入
次に案内されたのがラボと製造工場である。
「Impossible Foods」は合成化学技術の考えを基盤に沿えたサイエンス企業だ。彼らが、まず行ったのがハンバーガーの分析である。
たとえば焼き加減の各段階で、どのような過程を経て焦げ茶色に変色していき、素材の組織、味・食感はどのように変化するのか、なぜ「美味しい」と感じるのかを、細かい過程に区切って研究。全ての過程の定量・定性データを収集しながら、化学的見地に立って素材を選び抜いているわけだ。
前述したプロテイン素材は自社ラボで製造されている。製造に当たって、最初の研究段階となったのが、ハンバーガーの素材を知り、どのような素材によって構成されているのかを理解すること。プロテインや糖質を含む、ハンバーガーの構成物質を全て洗い出した。
構成物質を理解した後に、人間の五感に沿ってどのような化学反応が私たちの体で発生しているのかを研究しなければならない。そこで苦労したのが風味を再現する点であったという。私たちは味覚を通じて口の中にある食べ物の味を認識し、肉の食感を理解する。
しかしハンバーガーの美味しさを際立たせる風味は、嗅覚を通じて認識されるらしいのだが、具体的にどの程度の風味が最適であるかを探るのが当初の課題であった。ラボでは、匂いの強さを数値化して、いかに本来の牛肉の味に近づけるのかを研究していた。
独自の酵母発酵技術がブレイクスルーに
ここで発見したのがヘムタンパク質の重要性だ。ヘムタンパク質は赤褐色の液体であり、「Impossible Burger」をより新鮮な肉に見せるだけでなく、風味を最大化して、美味しさを際立たせる大切な要素だそうだ。
ヘムタンパク質は動物の赤血球や筋肉組織に含まれていると同時に、豆類にも由来する。主に根に多く含まれているらしいのだが、商用化するには何百万ものヘムタンパク質を含む豆類を育てなくてはならない。
同社のミッションに反する、穀物の大量生産の代わりに編み出したのが独自の酵母発酵技術だ。ラボでは酵母発酵と蒸溜抽出のプロセスを繰り返して、商用及び食用可能なレベルにまでヘムタンパク質の量産に成功していた。
続けて案内されたのが、肉やチーズの生地を焼いた際にどのような硬さになるかを定量データ化して記録する機械。焼き加減と硬さによって、各プロテインの変化や、生地組織の変化度合いを計測して、レアからウェルダンまでの、どの焼き加減でも美味しさと栄養価を保ったまま機能するかを実験するわけだ。
ラボを案内してくれたリサーチ&ディベロップメント・ディレクターのChris Davis氏は次のように語る。
「酵母技術を含め、足掛け5年をかけてようやく商用化を行えるまでになりました。たとえるなら初代iPhoneが登場したのと同じ段階です。iPhone6や7が開発され、1年毎に改良が重ねられたように、私たちの人工牛肉はこれから改善を重ねて、よりより製品へと成長していくでしょう。
そして、5年後を目処に、全米各地に工場を建設し、世界展開を見据えた大量生産に踏み切れると想定しています。また、私たちの酵母技術を使って豚肉や鶏肉の再現も将来的には可能であると考えています。魚肉への応用もできるかもしれませんね」
合成化学物質を使っているとなると、遺伝子組換え食品と似た悪い印象も持ってしまいがちだ。しかし、ラボで扱われている原料の全ては、植物から採取できる少量のものであり、このような原料をより栄養価の高い形でいかに量産化できるかに研究の重点を置いている。「フェイクフード」製造の原点は、単に人工物を作るのではなく、どうやって既存の植物由来原料を活用できるかに考えを据えているかがよく理解できる。
「信頼できないシェフには卸さない」“製品の透明性”によって食品市場のエコシステムに変革を起こす
最後に会えたのがCEOとCOOの二人だ。まずはチーフ・オペレーション・オフィサーのDavid Lee氏から、ビジネス戦略について語ってもらった。
「私たちはハンバーガー用の人工肉を卸す立場であり、料理をするのは信頼できるレストランのシェフです。だからこそ、かなり厳しい基準で提携レストランを選定します。
たとえば、ニューヨーク・マンハッタンにあるレストラン『Momofuku Nishi』と提携して、『Impossible Burger』を卸しています。この提携が実現した背景には、私達が、シェフの料理に対する情熱や創造性を信頼したからです。
長年の研究開発の結果、私たちは顧客に満足してもらえる人工肉の製造にようやく達しました。しかし、あくまでも顧客が食べるものはシェフが料理したもの。シェフの腕前が低ければ、当然製品を卸しません」
David氏の話を聞くと、高級レストランにしか肉を卸さない業者だと一見考えてしまう。これでは世界の食糧危機問題を解決する姿勢に反してしまう。しかし、信頼性の低いレストラン・シェフに製品を卸すことは、長期戦略の基点から、ブランド認知の低下につながると述べていた。
つまり、比較的高価格帯の料理を出すレストランにしか「Impossible Burger」を卸していない理由は、同製品の良さを知ってもらうことに終始しているからだ。顧客に良質な体験をしてもらい、納得してもらうまで急拡大を望まない姿勢はシリコンバレーのスタートアップらしい考えだ。
一例を出すと、配車サービス「Uber(ウーバー)」も同じ戦略だった。最初は高価格の「Uber Black」のみの展開から始まり、多少お金が高くても、高頻度でサービスを利用してくれる顧客囲い込みを図ったのだ。現在、世界中で親しまれている低価格配車サービス「Uber X」は、一定数のコアファンを獲得して、ブランド認知及び支持を集めてからローンチされたのだ。
「Uber」の事例を聞いた上で、改めてDavid氏の話を聞くと、「Impossible Foods」は慎重にアーリー・アダプターからの支持を集め、5-10年後に世界市場へ急拡大できる下準備をしているのだと感じる。
最後に、創業者でありチーフ・エグゼクティブ・オフィサーのPatrick O. Brown氏から話を伺えた。
「私たちが目指すのは、動物由来の食品市場に変革をもたらすことです。そこで「健康」、「持続可能」、「豊富な栄養源」の3つのキーワードを満たす製品を目指しています。3つの要素を満たすために大切にしているのが「製品の透明性」です。「フェイクフード」が認知・浸透されたいま、顧客は製品がどのような経緯で製造され、流通しているのかを明確にされない限り、好んで食してもらえません」
私たちがスーパーで牛肉を買う際、もしくはハンバーガー・チェーンで料理を注文する際、誰がどのような想いで作ったのか知ることができるだろうか?「Impossible Foods」の名が広まれば、自ずと同社のミッションや製造過程が顧客の耳に届くようになる。このようなサプライチェーンの透明性を図り、よりより食品市場へとイノベーションを起こす姿勢を感じられた。
そして、Patrick O. Brown氏の持つ情熱とビジョン志向が、世界経済・地球環境に対して、ポジティブ・インパクトを与えることを使命とするビル・ゲイツの想いと重なり、投資をしてもらったとも語っていた。
数十億人の新市場が開かれる「ミートレス社会」に向けて
「CB Insight(シービー・インサイト」によれば、世界の食用肉市場は900億ドルに至る。しかし、約80%を占める710億ドル分の市場が上位7社の食品製造企業によって独占されているのだ。
このような既得権益企業による独占が、人工肉市場への転換に歯止めをかけようとしている現状が伺える。この障壁を打ち破ろうとしているのが代替食品の製造を目指すスタートアップなわけだ。加えて、2050年の90億人が消費するカロリー量を満たすには、現状の食糧生産から得られるカロリー量を69%増やす必要がある。
食肉企業の独占に対する挑戦と、カロリー生産量を増産する必要性の2点が大きな論点となり、「Impossible Foods」が解決しようとしている人類の課題点でもある。
「Impossible Foods」以外にも、人工肉を製造するスタートアップで代表的なのが「Memphis Meats(メンフィス・ミーツ)」だ。同社は2015年創業の企業で、2,000万ドルの資金調達に成功。人工豚肉を開発しており、商用化には至っていないが、スパゲティー用のミートボールの試作品を公開していることから、量産体制一歩手前の段階だろう。
開発当初、1ポンド(約0.4kg)当たりの人工肉生産コストは1.8万ドルであったが、現在は3,800ドルにまで抑えられたという。生産コストは、既存畜産業者が利用する土地と水の1%しか必要としない。
「Impossible Foods」と「Memphis Meats」が解決する領域は食糧問題に留まらないだろう。豚肉を食さないイスラム教市場の開拓も十分に予想される。世界有数の信者数を有し、市場規模は16億人規模だ。これまで一切閉じられていた市場が、一気に花開く時代が5-10年後にやってくる兆しは見逃せない。
アレルギー体質の方も、人工食を通じて積極的に栄養素を補給できるようになる。たとえば、100%エンドウ豆由来のミルクを製造するスタートアップ「Ripple Milk(リップル・ミルク)」 。2014年創業、合計1.08億ドルの資金調達をした。
すでに北米の大手スーパー「Target(ターゲット)」などで販売されている。筆者が店舗へ行った際、1.4リットルの「Ripple Milk」の値段は$4.29で販売されていた。量と値段では既存業社の牛乳とほとんど大差がなく、十分に他社と競争できる製品であると感じた。乳製品アレルギーの人が、豆乳より栄養価の高いミルクを手軽に飲める時代がすでにやってきているわけだ。
ここまで、「Impossible Foods」の紹介を中心に「フェイクフード」企業の現状を伝えてきたがいかがであっただろうか?
「フェイクフード」ビジネスが切り拓く未来は大きい。ジェネレーションZの趣向と、過去5年ほどで急速に発展してきた食品製造手法が相まって、私たちの食卓の大半が安全な「フェイクフード」で占められる未来も近いかもしれない。
Img : Impossible Foods, Kari Sullivan,Ruocaled, Jon Bunting, tosh chiang