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99%の行政手続きがオンラインで完結する電子政府を擁するエストニア。この国の名がより広く知られるようになったのが、2007年の世界初の国政選挙への電子投票採用である。
エストニア在住外国人として首都タリンに住む私たち夫婦は、フランス国籍の夫が持つエストニア地方議会議員選挙の参政権を通じて、昨年初めて電子投票を体験した。
世界で初めて国政選挙を電子化した国、エストニア
2005年の地方議会選から実施されたエストニアの電子投票は、現在、国会議員選挙、地方議会議員選挙、欧州議会議員選挙等に幅広く導入されている。
国民一般に利便性や選挙コスト削減という利点がある電子投票だが、在外エストニア人にとっての利便性は特に大きい。エストニアは人口の約10%強が海外に居住しており、その多くは35歳以下の若年層である。
エストニアの前外務大臣、大統領候補だったカリユランド氏はこの海外居住層を「偉大な未来への可能性」と呼び、世界の異なる場所に居ながらもエストニアの発展を共に目指す同胞として協働を呼び掛けており、この層の政治参加を促進することも導入背景の一部といえるだろう。
自宅やスマホから簡単に投票ーー電子投票の実際
実際の電子投票の手順は、エストニア語をまだ習得していない私たちにとっても、シンプルで分かりやすいものだった。
まずは、選挙の2週間ほど前、メールで選挙の通知が届いた。メール中のリンクをクリックすると、エストニア語、ロシア語、英語の3言語対応の選挙ウェブサイトに移動する。
選挙ウェブサイト(この画像は夫が作成したフランス人向けの投票プロセス説明動画からの引用のため、彼の顔が写りこんでいる。実際の選挙では、ナビゲーションしてくれる人が画面に表示されるわけではない)
「Click here to vote!」をクリックすると、下の画面に移動。投票終了までのカウントダウンが表示されている他、オンライン投票の手順や推奨環境などの情報が確認できる。誰でも理解しやすいよう、非常にシンプルなものとなっている。
選挙ウェブサイト
この後に移動する実際に投票を行う画面は、表示がエストニア語のみになるため、エストニア語を習得していない場合は、英語表示可能な上のページで投票の手順をあらかじめ確認しておく。
そして、「Vote at this web page」をクリックすると、投票用ソフトウェアのダウンロードが開始されるので、完了したら起動する。
投票用ソフトウェア
投票画面へのログインに必要なものは、コンピュータとインターネットにアクセスできる環境、そしてエストニアのIDカードとカードリーダーである。
SIMベースで認証を行うモバイルIDも使用でき、それを利用している人はスマートフォンさえあれば、圏外でないかぎりどこからでも投票可能だ。以下の画面でそのどちらでログインするかを選択する。
ログイン画面
エストニアのIDカードは、電子政府サービスの利用に必要なICチップを搭載したカードで、身分証明書を兼ねている。現在はほぼすべての行政サービスだけでなく、民間のサービス、例えばオンラインバンキングから店舗のポイント利用まで、このカードで済ませることができる。
エストニアのIDカード
IDカードには本人認証と電子署名の2つのパスワードが設定されているが、まずはPIN1、本人認証のパスワードを入力し、ログインする。
PIN1を入力
ログインすると、候補者一覧が表示される。この中から投票する候補者を選択し、PIN2、電子署名のためのパスワードを入力する。これで投票完了だ。
候補者選択画面
ここまで、自宅のデスクにて15分ほどで投票が完了した。初めての電子投票だったため、この15分には手順説明などを読んだ時間も含まれている。夫いわく、2回目以降であれば1分もかからないのではないか、とのこと。
投票後はQRコードが表示され、それをスマホで読み取れば自分の投票した内容をいつでも確認できるようになる。
なお、現在は移行期間であり、投票所で従来通りの方法で投票を行うことも可能である。選挙期間中には、ショッピングモールなどに投票所が設けられているのを見かけた。
電子投票の現在とこれから
エストニア人、特に若年層は電子投票の導入をどう受けとめているのだろうか。
20代後半のエストニア人の知人Silvaは、スコットランドの大学を卒業し、5年間働いた後、エストニアに戻ってきたエンジニアだ。現在も仕事で海外に行くことが少なくない彼は、
「自分たちの世代は電子投票を便利で有益なものだと感じている人が多い。もう以前のような投票所まで足を運んで投票する方法には、自分は戻れる気がしない」
と話す。
日本では、同世代の若者の投票率が約3割と非常に低いが、電子化によって投票の利便性が向上すれば、若年層の投票率向上に寄与するかもしれない。
また、海外長期滞在者、そして海外出張が多いビジネスパーソンにも電子投票のメリットは大きい。現状、日本人は在外選挙人証を手に入れるまで数カ月かかり、また手続きが煩雑なため日本人の在外選挙率は20〜25%と大変低いし、短期滞在の場合は、投票自体が行えない。フランスのように自国の政治に関心が高い国では、逆に海外の大都市で在外投票する際、大使館まで数時間の行列になり、並ぶのが苦痛だったそうだ。
利便性に加え、エストニアでは、電子投票が選挙一回につき「11000時間」もの選挙に関わる労働時間削減に貢献している。選挙の人件費に多くの税金が使われていることを考えれば、このメリットも無視できない。
もちろん、電子投票にはメリットばかりではなくセキュリティ面などでの懸念は残っている。
この点についても、Silvaに尋ねてみると、
「投票内容の書き換えなど、何らかの操作が可能ではないかという批判があるのは知っているよ。でも、そもそも従来の紙を使用した選挙だって、不正や事故に強いと言えるのかな。例えば郵送で投票用紙を送ることのできる国があるけど、それが電子投票より安全だとは思えない」
と答えてくれた。
たしかに、日本でも甲賀市の事例のように、白票の意図的な追加、投票用紙の紛失、焼却のような「紙ならでは」の選挙不正、事故は起きている。
開始時の2005年には投票全体の約2%にすぎなかった電子投票は、さまざまな議論を呼びながらも年々その割合を増やし、2015年には30.5%にまで達した。今後デジタルネイティブ世代が有権者の多くを占めるようになっていけば、この割合はさらに増え、電子投票のメリット・デメリットもより明確に見えてくるだろう。
トライ&エラーで成長を目指す国、エストニア。その先進的な取り組みにこれからも注目していきたい。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)