英国のEU離脱で存在価値を高めるエストニアと中東欧地域【連載:電子国家エストニア】

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2019年3月までに完了すると見られている英国の欧州連合(EU)離脱、いわゆる「ブレグジット」。これに伴い、英国外に欧州拠点を新たに開設した英国企業は少なくない。欧州市場へのアクセスを確保し続けることが狙いだ。

そんな英国では「エストニア」への注目度が高まっている。欧州拠点を開設する際に重要となる現地人材のコストパフォーマンスが非常に高いためだ。また、欧州拠点を開設するほどの資金力がない中小企業でも欧州市場へのアクセスを確保できるエストニアの電子居住制度「e-residency」への関心も高まっている。

今回は、EU離脱を見据え、英国企業がエストニアの戦略的価値をどう見いだそうとしているのかをお伝えするとともに、エストニア周辺国で起こる「大きな変化」についても紹介したい。

EU離脱を見据え、英国企業がエストニアに拠点を開設した理由

レノボ、エプソン、アマゾンUKなどの大手企業をクライアントに持つ英国広告企業 Total Media は2017年10月、英国のEU離脱を想定し、エストニアに開発拠点「Total Media Lab」を開設することを明らかにした。

アプリやデジタルサービスを開発するのが目的。同社は、デジタルプロダクト・開発チームの拡大・強化のためにエストニアを選んだと説明している。高度なスキルを持つデジタル人材が多く、人件費が安いということもエストニアを選んだ理由のようだ。

ご存知の通り「世界最先端の電子国家」と呼ばれるエストニアでは、学校教育のなかでデジタルスキルを育むプログラムが実施されており、デジタル人材の宝庫となっている。

一方、人材コストは他の欧州諸国と比べると低く、コストを抑えたい企業の関心を集めている。Eurostatのデータによると、エストニアの人材コストはデンマークやフランスの4分の1、英国の3分の1ほどだ。

英国のEU離脱で懸念されているのは、英国国内での海外人材獲得が非常に難しくなること。そうなる前に手を打とうと考えているのは、Total Mediaだけではないはず。今後このような動きが活発化するかもしれない。

英中小企業や研究者、エストニア電子居住制度への関心高まる

Total Mediaのように比較的規模の大きな企業だけでなく、英国の中小企業や起業家にとってもエストニアの戦略的価値は高い。電子居住制度「e-residency」を活用することで、物理的に拠点を開設せずとも欧州市場へのアクセスを確保することができるからだ。

エストニア発の電子送金 TransferWise の調査によると、海外でビジネスを行う英国中小企業の75%ほどが、海外進出したことで収益が伸びたと回答している。このことからEU離脱後の影響について懸念する中小企業は多いと考えられる。

こうした懸念を持つ英国の中小企業は「e-residency」制度に関心を持ち始め、少しずつではあるが申請数を増やしている。現時点での英国からの申請数は1540件で、1612件の米国に次ぐ5番目だ。ちなみに申請数がもっとも多いのはフィンランドで3405件。2番目がロシアで1915件、3番目がウクライナで1642件となっている。

また、電子居住者によるエストニアでの新規企業設立数では、英国は119社で6番目。もっとも多いのはウクライナで314社、次いでフィンランド272社、ロシア240社、ドイツ200社、イタリア126社である。

英国企業の関心の高まりを受けて、エストニアは英国企業向けのe-residencyウェブサイトを立ち上げ、さらに多くの企業誘致を狙っている。


英国企業向けのe-residencyウェブサイト

エストニアはまた、英国の研究者を電子居住者として誘致したい考えだ。英国を拠点にする研究者らは、EU離脱後にEUからの学術資金の調達が難しくなるとの懸念を持っている。

EUから資金を調達している英国研究者は非常に多いといわれており、エストニアの電子居住者であれば、英国にいながらにしてEUの学術系ファンドへのアクセスを確保できることになる。

エストニアだけじゃない、中東欧諸国の追い上げ

人材のスキルの高さと人材コストの低さで注目されるエストニア。一方、ウクライナを筆頭にエストニア周辺の国々も、デジタル人材育成や関連制度の整備を進め、ハイレベルな人材を低コストで提供する環境を生み出そうとしている。

ウクライナやポーランドを含む中東欧(CEE)地域は、現在情報通信産業の育成に注力している。低コストで高度スキル人材を獲得できるとして欧米先進国企業の注目を浴びている。ビジネス・プロセス・アウトソーシングなどにも対応しており、アウトソーシング大国であるインドに取って代わる可能性があるとも見られている。


ウクライナ首都キエフ

中東欧のテックシーンをけん引する「ウクライナ」を例に見てみたい。ソ連構成国であったウクライナだが、1991年ソ連崩壊により独立。しかしその後もクリミア危機など隣国ロシアの脅威にさらされ、政治面ではかなり混乱が続いてきた。

一方で、テクノロジースタートアップ界隈は盛り上がりを見せ、世界に名だたる企業を輩出している。

モバイルイメージ・AR企業である Lookersy はスナップチャットに1億5000万ドル(約165億円)で買収され、アナリティクス企業の Viewdle はグーグルに3000万ドル(約33億円)で買収されている。また、チャットアプリ WhatsApp の創業者ジョン・コウム氏、ペイパルの共同創業者マックス・レブチン氏などウクライナ出身の有名テック起業家は少なくない。

プログラミングや数学が得意な人材が多く、グーグル、オラクルなどシリコンバレー企業のアウトソーシング先となっていることも驚きの事実だ。その背景としては、学校教育でSTEM(科学・技術・工学・数学)に力を入れていることがあるようだ。

エストニアだけでなく、ウクライナなども選択肢としてみる英国企業は多いはず。EU離脱が英国とこのような国々の関係にどのような影響を与えるのか、今後の動向も目が離せないだろう。

[文] 細谷 元(Livit

img: e-residency

【連載】電子国家エストニア

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