スポーツで最大の市場規模を誇るジャンルを知っているだろうか。サッカー?野球? 答えは、「ランニング」だ。誰でも簡単に始められること、健康志向の流れが強まっていることから、世界的に競技人口が増えているという。
市場規模は全世界で約2.8兆円。その中で、国内メーカーとして存在感を発揮しているのが、アシックスである。1949年9月1日に、スポーツシューズを販売する「鬼塚株式会社」として創業した同社は、1977年の3社による合併を経て、アシックスとなった。
シューズとアパレル分野を中心に事業を拡大し、今では海外展開を積極的に進めている同社。2017年12月31日時点で従業員数は7864人、50以上の国に拠点があるという。
自動でランニングフォームを分析するアプリ
アシックスはデジタル分野の強化に注力している。例えば、2017年11月にランニングフォームを分析できるスマホ向けアプリ「Run-DIAS(ランディアス)」を発表した。
Run-DIASは、スマホで撮影したランニング映像を人工知能で自動解析し、関節位置を割り出す。認識した関節位置データから、ランニングフォームの分析と評価を行ってくれる。
分析には、ランニングフォームに関するデータを活用したアルゴリズムを採用。14箇所の関節位置データから、「歩幅」「上下動」「体幹の前傾」「腕の振り幅」「脚の振り幅」を割り出し、平均と比較した際の傾向を自動的にフィードバックする仕組みだ。すでに展開している有料のランニング能力測定サービス「ASICS RUNNING LAB」で収集した、約700人分の動画データが活用されているという。
従来からあった同様のサービスでは、手動で関節位置を割り当てる作業が必要だった。しかし、Run-DIASは特別な機材も必要とせず、スマホで撮影するだけで済む。
「消費者と直接つながる必要があった」
アシックスが、Run-DIASのようなデジタル領域に注力すると明確に打ち出したのは、2015年10月に策定された中期経営計画「ASICS Growth Plan (AGP) 2020」が始まりだ。
AGP 2020では、2020年度に連結売上高7500億円を目指すため、7つのコア戦略が掲げられた。その一つに「デジタルを通じたスポーツライフの充実」が含まれており、「デジタルの力を活用し、 スポーツから得る充実感を高める」と掲げている。
その象徴的な出来事となったのは、FitnessKeeper社の買収だ。同社は、スマホのGPSで運動記録の管理・分析ができるフィットネスアプリ「RunKeeper(ランキーパー)」を運営している。2016年2月の発表時点で、米国を中心に3300万人の登録会員数を有しており、アシックスは「当社技術との統合により、継続的に企業価値を向上できる」とコメントしていた。
ネットショップ担当者フォーラムのインタビューでは、Runkeeperのエンジニアリング担当ディレクターであるフィル・コナートン氏が、買収の狙いについて次のように語っている。
「最も重要視しているのは、新しい靴を購入しようと消費者が思った瞬間から、消費者とつながる方法を見つけること。そのため直接コミュニケーションを取り、つながる必要がある。私たちのブランドが、いつも消費者の頭の片隅にあるようにしたい」
2016年10月1日には、ボストンに「グローバルデジタル統括部」を新設。FitnessKeeper社の創業者兼CEOのジェイソン・ジェイコブス氏を統括部長とし、デジタル戦略の推進を強化した。
そのグローバルデジタル統括部が中心となって開発されたのが、2017年12月に発表されたスマホ向けアプリ「MOBILE FOOT ID(モバイルフットアイディ)」だ。MOBILE FOOT IDは、スマホで足を撮影するだけで、サイズを計測することができる。
計測するには、A4サイズのコピー用紙を1枚用意して、縦方向に半分に折る。折り目を付けてからは、コピー用紙に足を乗せ、上面と側面の2方向を撮影するだけで全ての工程が完了となる。撮影された足の画像は自動的に解析され、約1秒間で計測が可能という。
足長と足幅の寸法が表示される他、性別や使用目的などの質問に回答すると、アシックスオンラインストアにリンクし、オススメのシューズを紹介してくれる。
アシックスによると、同アプリはグローバルデジタル統括部とFitnessKeeper社の連携によって開発された。画像解析ロジックの開発と精度検証は、アシックススポーツ工学研究所が担当。RunKeeperにも今回開発した計測機能を搭載する予定としている。
また、今後は同社ブランドであるスニーカーなどの一般向けシューズを手がける「オニツカタイガー」や「アシックスタイガー」にもサービスを拡充予定。上述したように、靴の購入時以外にも消費者と直接つながる手段を持ち、ブランドの存在が頭の片隅にあるようにすることが狙いとしてあるのではないだろうか。
デジタル領域への注力が突破口となれるか
これまで挙げてきたように、アシックスがデジタル領域に注力するのは、消費者と直接つながる手段を持つということが一つの目的といえるだろう。これらは、直接的な売り上げに結びつかないかもしれないが、得られたデータから商品戦略を構築したり、アシックスの存在が常に頭の片隅にあるという「ブランド価値の向上」につながる可能性がある。
もちろん、デジタル領域に注力しているのはアシックスだけではない。フィットネスアプリという観点だけでも、Under Armour(アンダーアーマー)が2015年2月に「Endomondo」、adidas(アディダス)が同年8月に「runtastic」を運営する企業を買収した。Nike(ナイキ)は、自前でスマホ対応のランニングアプリなどを提供している。
売り上げでは、1位のNikeと2位のadidasに大きく差をつけられているアシックス(各メーカーの売り上げ推移は、stockclipに分かりやすくまとめられている)。人々に新たなスポーツ体験の価値を提供する、デジタル領域への注力が突破口となれるだろうか。
img:アシックス