Appleの創業者スティーブ・ジョブズには、有名な演説やインタビューがいろいろある。その中で特に好きなのは、ジョブズがコンピューターを「Bicycle for the Mind」と表したエピソードだ。
運動効率を全動物の中で並べると人間は効率が良いほうではない。だが、自転車に乗った人間は最も効率的になる。コンピューターは脳にとっての自転車のようなもので、人間の可能性を拡張するための道具なのだ、とジョブズは語っている。
そんな道具にちょっとした工夫を施し、物流が抱える課題解決に取り組む企業がフランスにある。
ミニバンと同等の荷物を運べる自転車トレーラー「BicyLift」
20年に渡って、街中の物流をメッセンジャーやトラックで支えてきた「Breakaway Courier Systems」が導入したのは「BicyLift」という自転車トレーラー(自転車で牽引できる荷台)だ。
フランスのスタートアップ企業「FlexiModal」が開発したこのトレーラーは、ミニバンと同程度の荷物を輸送でき、フォークリフトの代わりにコンテナを運ぶこともできる。トレーラーと自転車の着脱は非常にスムーズだ。
リアカーのように人間が引っ張ることもできるため、自転車が侵入できないビルの中や高層階にも荷物を運び入れやすい。自転車のブレーキと連動したディスクブレーキがトレーラーにも搭載されているため、安全性も配慮されているようだ。
車で運ぶしかなかった大きさや重さの荷物を、自転車を使って運べる時代がやってきたわけだ。
「物流のラストワンマイル」を解決する
「なんだ、そんなことか」と思う方もいるかもしれない。だが、商品が消費者の手に渡る物流の末端部は「物流のラストワンマイル」と呼ばれ、様々な課題とそれに対する解決策が考えられている領域だ。
BicyLiftであれば、都市交通が渋滞していても、車の間をすり抜けて預かった荷物を届けることができる。渋滞に左右されない確実性の高い配達手段だ。「迅速に届ける」という役割は、これまで自転車のメッセンジャーやバイク便が担っていたのだが、大きなもの・重いものは運べないという課題を抱えていた。
だが、BicyLiftを使えば、都市渋滞で前に進めなくなる車の横をスイスイと通り抜け、重い荷物を迅速に届けることが可能だ。
私たちは日常的にオンラインショッピングを利用している。当日や翌日に商品を届けるためには、ラストワンマイルをいかに最適化するかが重要となっている。BicyLiftはその最適化に一役買うだろう。
それに、人力の自転車は排気ガスも出なければ、石油も電気も消費しない。電気自転車を使ったとしも、エンジンを積んだ乗り物よりエコな輸送手段だ。
BicyLiftは小さなエネルギーで大きな変革をもたらす
FlexiModalのファウンダーであるCharles Levillain氏は「すでにフランスでは、トラックにとって変わっている」と話す。フランスでは、街の外れにある流通センターでコンテナに荷物をセットし、BicyLiftをつかった自転車部隊で街に荷物を運ぶ企業もあるそうだ。
BicyLiftを導入したBreakaway Courier Systemsは、長年、理想のトレーラーを探していたそうだ。過去にはカスタムメイドのトレーラーを使っていたが、BicyLiftとの出会いがビジネス上の転換点になった。軽バンを使わず軽バンと同程度の荷物を運べるのだから、他社との差別化が可能になる。
小さくて軽い荷物は、人間が歩いたり走ったりしても運べる。問題は、大きいもの、重いもの、数が多いものだ。人間が、人間の体だけでは運べないものに対して、道具が必要になる。今回紹介したBicyLiftの開発により、人間だけでは運べないものを、自転車とトレーラーを使うことで輸送できるようになった。
自転車とトレーラーであればコスト面のハードルは高くない。どんな国でも、どんな企業でも導入しやすいBicyLiftは、都市のラストワンマイル問題を解消する可能性を秘めている。自転車のテコの原理のごとく、小さなエネルギーで大きな変革をもたらしてくれるのではないだろうか。
photo:BicyLift