社会的課題に事業を通して取り組む「ソーシャルベンチャー」が日本でも知られるようになって数年が経つ。
ソーシャルベンチャーに対する資金提供や経営支援を行う『ソーシャルベンチャー・パートナーズ東京』の投資先紹介ページには、2018年1月現在で44もの団体が紹介されている。扱う課題はホームレス支援や子どもの教育、ゴミ問題などさまざまだ。
さらに、最近では事業で得た利益をすべて寄付に回す形態も生まれている。
Fast Companyではそうした事業体を「philanthropic enterprise(フィランソロピック・エンタープライズ)」と呼んで取り上げている。フィランソロピックの元は「Philanthropy」、一般的には企業による社会貢献活動の総称を指す言葉だ。NPOやソーシャルベンチャーのように活動を通じた直接的な課題解決よりも、利益の寄付による社会貢献に重きが置かれる。
従業員はホームレス、利益をすべて寄付するレストラン
「philanthropic enterprise」の例をひとつ挙げよう。ニューヨークのヴィーガンレストラン『P.S. Kitchen』は「貧困のサイクルを断つ」ことをミッションに掲げ、利益はすべてチャリティーに寄付、ホームレスを従業員として雇用している。提供する料理も環境に配慮した食材が中心だ。
寄付先はソーシャルベンチャーファンドの『Yunus Social Business』やハイチのエシカルブランド『SHARE HOPE』など多岐に渡る。ホームレス支援を行う『The Bowery Mission』などの団体とはパートナー契約を結び、同団体が支援するホームレスの人々を従業員として迎え入れている。
創立者はレストラン経営の経験を持つJeffrey LaPadula氏とCraig Cochran氏だ。LaPadula氏は米国の投資銀行メリルリンチに勤務した後、複数のレストランの経営に携わった。Cochran氏は貧困家庭で育ち、移住先のニューヨークでLaPadula氏と出会った。二人は2015年にベジタリアン料理のレストラン『Terri』をオープンし、現在ニューヨークに3つの店舗を構える。
2017年8月のオープンから3ヶ月後のインタビューで、Cochran氏は「利益が出るまであと一歩だ」と回答している。同氏は全て寄付する形態について次のように語る。
小切手を切って寄付することは素晴らしい。けれどこのレストランではあらゆる仕事がフィランソロピーになるんだ。
(自身のレストランについてインタビューを受けるCraig Cochran氏)
フィランソロピーを民主化する
通常、貧困問題やホームレス支援に携わるNPOやソーシャルベンチャーは、住居や雇用の提供、就学支援など、社会課題を直接的に解決する活動を行う。得た利益は事業の継続や拡大のために活用される。
一方『P.S.Kitchen』は、環境への配慮やホームレスの雇用など、社会的責任を果たす動きはするが、それらが事業の中心に据えられるわけではない。あくまで事業で得た利益をチャリティに寄付することにより、社会にポジティブなインパクトを与えるのが「philanthropic enterprise」の特徴だ。
「philanthropic enterprise」の利点は、ビル・ゲイツのような億万長者でなくても、大きな社会的インパクトを与えられることだ。
純利益をすべて寄付するコンサルティングファーム『Impact Makers』を経営するMichael Pirron氏は、紹介動画のなかで自身のビジネスモデルは「フィランソロピーを従業員にも民主化する」ものだと話している。
「私たちは富裕層ではなく中間層の集まりで、従来と同じ知的労働に従事しているだけなんです。けれど構造を変えることで、“財団”としてコミュニティにインパクトを与えられる。(筆者訳)」
Pirron氏曰く、『Impact Makers』における従業員の定着率は、他の企業に比べて著しく高いという。日々の仕事によって社会の役に立っているという実感は、働く人々の満足度を高めるだろう。ミレニアル世代を対象にした調査でも、地域に貢献している企業で働きたいと考える人の割合は多い傾向にあった。
会社の成功を“再定義”する
「philanthropic enterprise」と類似する考え方に『B Corporation(B Corps)』という企業形態がある。これは米国のNPO『B Lab』が運営している認証制度だ。
同制度では、従業員の定着率や満足度、コミュニティや社会にもたらしているポジテイブなインパクトを数値化し、一定の得点を獲得した企業に認証が与えられる。現在50ヶ国2,100もの企業が参加しており、先述の『Impact Makers』も認証を受けている。
彼らが掲げるのは“ビジネスにおける成功を再定義”し、ビジネスの力を社会貢献に活かす仕組みを作ることだ。
(TEDxに登壇した共同設立者のBart Houlahan氏。ビジネスの力の持つ可能性を説く)
昨年末に話題となったメタップス創業者である佐藤航陽氏の著書『お金2.0』では、社会への貢献度や従業員の満足度など、従来は数値化できなかった価値が可視化され、売上と同等に評価される「価値経済」への移行が言及されていた。佐藤氏はこの転換を経て、企業とNPOの境界はより曖昧になっていくと予測している。
「philanthropic enterprise」や「B Corps」のような形態をとる組織は、そうした転換期を象徴する存在といえるだろう。今後は日本でも同様の企業を目にする機会が増えていくのかもしれない。
img : P.S. Kitchen