40年ほど前まで人口30万人の小さな漁村だった場所がいま世界のテクノロジー企業から熱い視線を浴る国際都市に進化している。中国・広東省深セン市だ。

現在の人口は約1500万人まで拡大しているといわれているが、人口流入速度が速く正確な数字は把握できていないようだ。そんな深センが近年シリコンバレーとのつながりを強め、「Calichina」と呼ばれるほどの共存関係を築きつつある。

エアバスの深セン・イノベーションセンター開設に見る中国とシリコンバレーの関係

深センが注目を集める理由は、そのイノベーションハブ機能にある。2017年11月、欧州航空大手エアバスが深センに「イノベーションセンター」を開設することを明らかにした。

深センのイノベーションセンターは、同社にとってシリコンバレーに続く2カ所目。エアバスの狙いは、ドローン、スマート交通、VR、ARなどの先端テクノロジー分野の取り組みを加速させることにあると見られている。

エアバスが現在注力しているのは、電力を活用したハイブリッド旅客機「E-Fan X」の開発に加え、次世代都市交通「CityAirbus」や空飛ぶタクシー「Vahana」プロジェクトが挙げられる。これらのプロジェクトでは電子機器が重要な役割を果たす。

電子機器の調達のしやすさや、関連分野の人材が多く集まる深センはこれらのプロジェクトを進める上でうってつけの場所といえる。シリコンバレーで生まれたアイデアを深センで組み立て実現するネットワークを構築しようというものなのだ。


次世代都市交通「CityAirbus」(Airbusウェブサイトより)

深センの強みを生かそうとするのはエアバスだけではない。アップルなど中国とのネットワークを強め、イノベーションを加速させようとするシリコンバレー企業が増えているのだ。

米国と中国の経済・社会を専門とするシドニー大学のサルバトーレ・バボネス教授は、シリコンバレーと中国のつながりが強まっている関係を「Calichina(カリフォルニアとチャイナを合わせた造語)」という言葉で表現する。

多くのシリコンバレー企業は、深センとのつながりを強め、1つの巨大なメーカーハブを形成しているというのだ。

「Calichina」で中心的役割を担う深センと周辺都市の動向

深センを中心とした中国都市の最近の動向や数字を見ながら、Calichinaがどこまで進んでいるのか見てみたい。

まず、深センを含む広東省全体における海外直接投資の動向を紹介したい。広東省商務庁によると、2016年の同省における海外直接投資は、前年比54%増の866億7000万米ドル(約10兆円)だった。前年と比べて大幅な伸びを見せたわけだが、その主な要因は欧米企業からの直接投資が増えたことによるものだ。

さらには、このうちハイテク産業は約230%増の37億9000万ドルと驚異の伸びを見せている。深センと広州を含む珠江デルタ地域における産業モデル転換を進めたことで、アップル、マイクロソフト、クアルコムなどのシリコンバレー企業の誘致に成功したためだ。珠江デルタではイノベーションモデル区の創設や知的財産権保護制度の整備が進んでおり、テクノロジー企業の進出を後押ししている。

広東省は、海外企業だけでなく中国国内のテクノロジー大手企業の誘致にも成功しており、シリコンバレー企業と中国テック企業の集積ハブとなっているのも事実だ。テンセントは深センに本社を構えているだけでなく、広州の琶洲ネットイノベーション集積区にも進出している。琶洲ネットイノベーション集積区には、アリババやシャオミも拠点を構えている。

広州は深センに並ぶテクノロジー都市。次世代情報技術・人工知能・バイオテクノロジー分野の振興政策を実施するなど、国内外のテクノロジー企業誘致に力を入れている。


モダンな建物が並ぶ広州

また、広州ではシリコンバレーのトップAI人材を誘致する狙いで、このほど「人工知能ビジュアル・イメージ・イノベーション研究センター」が開設された。

同研究センターは、広東省自由貿易試験区(FTZ)の一端を担う広州市南沙新区と顔認証技術を開発する広州のAIスタートアップであるクラウドウォーク・テクノロジーが提携し開設。クラウドウォーク・テクノロジーは、中国銀行、中国農業銀行、中国建設銀行など国内銀行大手を含め全国70行以上で顔認証システムを提供し注目を浴びているスタートアップだ。クラウドウォーク・テクノロジーは同研究センターを通じて「Calichina」を体現するような取り組みを行う計画である。

クラウドウォーク・テクノロジーのチョウ・シーCEOは、IBMやマイクロソフトなどでAI事業に携わった経験とネットワークを持つ人物。現在は、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校とシリコンバレーに同社の研究室を構えている。こうしたネットワークを通じて、新設した研究センターの人材を確保する計画なのだ。シリコンバレーですでに何名かのスカウトに成功しているとのことだ。

深センや広州ではこのように先端テクノロジー分野で活発な企業活動が行われており、GDPは中国の他の地域に比べて高水準だ。2016年、珠江デルタ地区のGDPは6兆7800億元(約116兆円)、1人あたりGDPは11万4300元(約200万円)に達している。OECDの区分では高所得水準となるレベルだ。このうち深センが最も高く、米ドル建てで2万5000ドル(約280万円)となっている。インフラ整備も進んでおり市内での生活水準は先進国と変わらないレベルといえるだろう。


深センでのオートショーの様子

中国政府は深センと広州を「世界のイノベーションハブ」として、さらにその地位を固めていく方針だ。中国共産党と広東省政府がこのほど発表した「広深科技イノベーション回廊計画」で、その狙いが見てとれる。深センと広州に加え、東莞市にまたがる180キロに及ぶ地区に「中国版シリコンバレー」とも呼ばれるニューエコノミー地帯を2050年までに創設する野心的な計画だ。

こうした事例を見てみると、深センや広州などのテクノロジー都市とシリコンバレーのつながりが強まっており「Calichina」が体現されていることが分かってくる。同時に、これらの都市はシリコンバレーに取って代わるポテンシャルを秘めており、10年、20年後、共存なのか、競合なのか、どうなっているかは分からない。

いずれにせよ、世界最大の国家である中国が「世界の工場」から「世界のイノベーションハブ」にシフトしようとしているのは間違いなく、遅かれ早かれ日本もその影響を受けることになるのだろう。

img: Airbus