私たちの暮らしが進歩し続けている背景には、常に数歩先を見据える起業家の先進的な思考と実践が存在する。

Appleの前CEOスティーブ・ジョブズは、誰もがコンピュータを手にする時代を描き、世界に情報革命を起こした。

AmazonのCEOジェフ・ベゾスは、私たちが私生活で利用する商品のほぼ全てを、ワンクリックで購入できる世界を実現した。

私たちに創造的な未来をもたらすのは、いつの時代も「起業家」たちだ。とりわけ、起業のメッカ・シリコンバレーに集う起業家たちは世界中の期待を一身に背負っている。

ところで、私たちが暮らす日本はどうだろう?政府は“世界で一番ビジネスがしやすい環境”を創出するべく、「国家戦略特区構想」を打ち出している。それでも、日本から生まれた起業家が世界に革新をもたらしているかと問われれば、胸を張って「YES.」とは言えないのではないだろうか。

『日本発世界へ!』をビジョンに掲げ、日本の起業家と共に世界規模のビジネス創出を目指すキャピタリストがいる。グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)の高宮慎一氏だ。

GCPは本年より、起業の初期段階であるシード期を対象にした投資にも本格参入することを表明した。白地図を握りしめた熱意ある起業家を支援することで、日本に“起業家のエコシステム”を構築しようと試みている。

なぜGCPは現在のタイミングでシード投資への参入を表明したのか。高宮氏がキャピタリストとして実現したい世界とは何なのか。

自身のことを「挑戦することができなかった一人だった」と語る高宮氏に、日本の起業シーンの変化と、成功する起業家の共通点を聞いた。

高宮慎一
グロービス・キャピタル・パートナーズ Chief Strategy Officer
戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトルにて、プロジェクト・リーダーとしてITサービス企業に対する事業戦略、新規事業戦略、イノベーション戦略立案などを主導。2008年9月にグロービス・キャピタル・パートナーズ入社し、CSO(Chief Strategy Officer)を務める。主な投資先に、mercari、PIXTA、面白法人カヤックなど。

断絶されたフェーズの架け橋へ。投資家の存在意義に立ち返り、シード投資に参入する

「起業家のエコシステムを構築するには“知識・知恵の空白”を解消する必要がある」——。

これまでGCPはシード期を終え、起業が本格化するアーリーステージ以降を主な対象として投資を行ってきた。しかし高宮氏は、ビジネスモデルが“白地図”とも言える、まだ起業に関する知識が少ないシード期を支援することこそが、日本のスタートアップ界隈を盛り上げる鍵だと考えている。

高宮「起業のハードルが下がり、起業家は若年化。エンジェル投資家の数も増え、かつて起業のハードルを高めていた資金不足問題も解消されつつあります。しかし、起業初期段階であるシード期と事業が本格化するアーリーステージの間に、十分な準備期間を設けられないことも少なくありません。特に初期のアーリー・シードでは、数百万円の資金でプロトタイプを作り、プロダクトが市場で受け入れられるかを確認するフェーズ。そこで好感触を得られたら、資金を一気につぎ込む必要があります」

市場から受け入れられる確信を持って加速度的にビジネスを拡大するのがスタートアップの特徴だが、起業経験のない人はシード期以降のビジネスの作り方に意識がいかない人が多いという。シード期の延長だと思い、ビジネスを展開し、スケールするタイミングを逃して頓挫してしまうビジネスも少なくない。

高宮「つまり、日本のスタートアップの課題は、シード期とシリーズAの間にある情報格差ではないでしょうか。この断絶を埋めることが、起業家のエコシステムを醸成する一助になるのではないかと考えています」

これまでは、エンジェルがシード投資の中心を担っていた。その原資を頼りにシード期を乗り切った起業家たちに、ベンチャーキャピタルが資金とノウハウを援助するのが通例であった。

しかし、IPOを視野に入れながら事業を興す若き起業家にとって、シード期以降のビジネス構築は不透明であることが普通だ。経験豊富な投資家と若い起業家の間には情報の格差も少なくない。資金援助だけではビジネスがスケールしないケースもままある。

高宮氏は、投資家の役割は「世の中に新しい産業を生むためのソリューションを提供することにある」と語る。

高宮「VCはスタートアップにお金を投資する機関だと思われがちですが、本来の意義は『スタートアップの成長を支援すること』にあると考えています。お金のインフラが整いつつある現在、私たちに求められているのは、お金以外の価値を提供することです」

投資家の役割が拡張していることを示す事例として、GCPが掲げる付加価値創出の取り組み「4R」を取り上げたい。「4R」とは具体的に、HR(Human Resources)、PR(Public Relations)、IR(Investor Relations)、そしてエンジニア(EngineeR)を指している。

スタートアップの成長にはこの4つの要素が充実不可欠であり、GCPはこの「4R」のサポートに惜しみない時間を割く。

高宮「まだビジネスの“絵”を描いただけのステージでも、熱意のある起業家たちに、私たちはできる限りのサポートをしたい。ただ、私たちの仕事はオペレーションを肩代わりすることではありません。すべてを代行してしまうと、自走できない組織になってしまうからです。起業家と伴走しながら、再現性の高いフレームワークをもとに作り上げる。最終的には私たちの知見が企業に根付き、仕組み化することを目指しています」

高宮氏の“投資家論”を紐解くと、これまでは資金を援助することが通例だったシード期の投資スタイルにも、“知恵を流通させる投資スタイル”が求められていることが理解できる。

シード期の支援にコミットすることで、日本の起業シーンをボトムアップで刺激しようとしているのだ。GCPの取り組みは、自社の成長やパートナーの成長を超えた、“文化の醸成”を目指しているといえる。

起業家としてのキャリアは一朝一夕ではなく、長い時間軸で捉えるべき

数年前に比べ、「起業」はそれほどハードルの高い選択肢ではなくなったように思える。2010年以降は開発資金をそれほど必要としないキュレーションメディアが次々に立ち上がり、情報量の急激な増加によってスマホアプリは個人レベルでも開発されるようになった。

しかし逆を言えば、IT領域における参入プレーヤーの増加に伴い、残された市場のパイが小さくなっているのも事実だ。残された市場の参入障壁は高く、高度な経営力や高い技術力を持っていなければ成功確率が低い。

高宮「起業家のクオリティは年々高まっていますが、マーケットのニーズが高い分野には、既にサービスが溢れているのも事実です。現在はインターネットという技術体系が成熟化しサービス産業化しています。新たに注目されているAIやIoT、ブロックチェーンなどの新技術体系が揺籃する端境期にあります。ビジネスを立ち上げるなら、旧産業の残された機会を狙うか、新産業に乗り込むかの二択になる。つまり、専門性を持たない個人が、一人でシード期を乗り切るのは難しくなっているんです」

“残された市場”の代表例に医療領域が挙げられる。医療領域で熱意ある若者が起業したとしても、ファーストチャレンジにしては、やはりハードルが高い。専門知識の有無が問われる世界では、熱意で一点突破することは困難だ。起業の障壁は低くなっているが、成功するまでの道のりは険しい。そうした現状を鑑みて、高宮氏はより長い時間軸で起業家としてのキャリアを設計することを推奨する。

高宮「一気に世の中を変える必要はありません。一度小さく立ち上げた事業を売却し、再び本腰を入れて挑戦しても遅くはない。たとえ失敗したとしても、失敗から学び、再び挑戦すればいいだけのこと。僕はその失敗に『ナイストライ』と声をかけてあげたい。

もちろん成功するに越したことはないですが、若くして起業したとしても、人生のピークを20代に持ってくる必要はありません。焦らず、自分に合った山の登り方をすれば良い。むしろ自身のキャリアのピークが人生の後ろの方にきたほうが幸せなのでは。」

セオリーを飛び越えろ。意志の力は、“勝算のなさ”を超越する

「成功への障壁が高い」現在でも、若い起業家の成功例がないわけではない。大学在学中に数億円規模のバイアウトを経験する者もいれば、数十億円の出資を受けて世界に挑む者もいる。

ゼロからビジネスを立ち上げ、“踏みならされたキャリアパス”を逸脱する若者には、どのような共通点があるのだろうか。

高宮「私が見てきた若者の中で、成功者に共通するのは『まず、やる』姿勢です。失敗をおかす前から失敗する心配をしているようでは、やはり成功できない。動き出すことでしか見えない世界がある。事を為すために準備に躍起になる人は、いつの時代にもいます。たとえば、ライターになりたくて講座を受講する人も多いでしょう。しかし、死に物狂いで挑戦する若者の熱意は、講座で得られる知識を凌駕します」

続けて高宮氏は、起業家の成功要因に“意思の強さ”を挙げる。どれだけ優れたビジネスプランであっても、投資家が10人いれば、10通りの批評がある。勝算の無さを指摘されることもあるだろう。

しかし、それらを全て超越したところに意思があり、意思に忠実に従うことが起業家として正しい選択だという。

高宮「事業を立ち上げる際に重要なのは、成し遂げたいビジョンが強烈な意思に裏付けされていること。『なぜやるのか』というビジョンに突き動かされた起業家は、教科書的なセオリーを飛び越え、困難を打破していけるんです」

高宮氏は、自身の学生時代を「ベンチャー業界に興味がありながら、挑戦することができなかった一人だった」と振り返る。外資系コンサル企業に就職し、いわゆる“エリート街道”を進んだものの、自分にとっての“幸せの絶対軸”を見つけられなかったそうだ。

高宮「大学を中退しても、大学を卒業して立ち上げた会社が倒産しても、『食べていけない』なんてことは、今の時代においてそうそうないですよね。だからこそ、『やりたい』という想いがあるなら、背中を押してあげたいと思っています。やりたいことがあるのなら、僕みたいに遠回りせず(笑)、素直にやりたいことをやってほしいと思っています。」

自虐的に話すが、投資家として若者の挑戦を支援する高宮氏の姿には、「自分と同じ後悔をさせまい」という強い想いが感じられる。

高宮氏が考える“起業家論”とよく似た考えを持つ世界的起業家を紹介したい。これまでに、1,000人以上の起業家を支援してきた世界的投資家 リンダ・ロッテンバーグだ。彼女は、自著『THINK WILD』で以下のように語った。

「成功を阻む最大の要因は、構造的な障壁や文化的な障壁ではない。それは精神的、感情的な障壁である」

勝負の世界では、死に物狂いが精一杯を圧倒する。ピュアな情熱に突き動かされた人間は、合理性なきところにまで、賛同の声を集める。

高宮氏は、そうした若者を応援する一人だ。インタビューの最後には「意思を持つ若者なら、時間を割いて相談に乗りたい」とも語ってくれた。

もしこの記事を読んでいるあなたが、ピュアな情熱を秘めた若者ならば、今この瞬間が一歩踏み出すタイミングなのかもしれない。

“Where there’s a will, there’s a way.”ー意志のあるところに道は開ける。