欧米を中心に政治的・社会的問題に対して明確な態度・行動を示す消費者「ポリティカル・コンシューマー」の台頭が顕著になるなかで、企業は政治的・社会的問題に対して無関心ではいられない時代になってきている。無関心な企業はポリティカル・コンシューマーから相手にされないからだ。
特に、多様な価値観に触れながら育ったミレニアル・Z世代の消費パワーが高まるにつれて、このトレンドは勢いを増しており、企業は多様性やインクルーシブネスなどのコンセプトを取り入れたプロダクト・サービス開発が求められるようになってきている。
消費者トレンドに敏感なファッション業界では、そんなポリティカル・コンシューマーの価値観を汲み取った取り組みを加速させる。LGBTを含む性的マイノリティーや肢体不自由者など、これまで市場から取り残されていた層に向けたプロダクトやサービスを展開し始めているのだ。
今回は、そのような多様性とインクルーシブネスを軸にした企業の取り組みを紹介しながら、世界で起こる新たな潮流をお伝えしたい。
ファッション業界が無視できない「ジェンダー・フルイディティー」/「ジェンダー・ニュートラル」
ファッション業界が今もっとも注目するキーワードの1つが「ジェンダー・フルイディティー」/「ジェンダー・ニュートラル」だろう。
LGBTという言葉はこの数年日本のメディアでも頻繁に登場しているが、「ジェンダー・フルイディティー」や「ジェンダー・ニュートラル」という言葉はあまり聞いたことがないのではないだろうか。
いま英語圏のメディア、特にミレニアル・Z世代を対象にしたメディアでは性に関する社会的関心を扱う際にこの「ジェンダー・フルイディティー」や「ジェンダー・ニュートラル」という表現がよく使われるようになっている。ジェンダーを境界線を引かずに捉えようという意味が込められている表現だ。
これらの表現の使用が増加しているのは、ミレニアル・Z世代の性に対する認識がこれまでの固定観念では捉えきれなくなっていることが背景にある。
米国の調査会社インテリジェンス・グループが2013年に、14〜34歳を対象に実施した調査では、これらの世代では「性別」がアイデンティティを決定づける要因として弱くなっていることが明らかになった。若い世代は、伝統的に考えられている性別の役割に固執することなく、それぞれが異なる解釈を持っているというのだ。
ファッション業界はこの新しいトレンドにいち早く気づき、これらのコンセプトを軸にした若い世代へのブランド認知活動に力を入れ始めている。
ルイ・ヴィトンが2016年の春夏レディース・コレクションのキャンペーンで、有名映画俳優ウィル・スミスさんの息子ジェイデン・スミスさん(当時17歳)を起用し話題となったのは記憶に新しい。
ジェイデンさんは普段からソーシャルメディアなどで、ジェンダー・ステレオタイプ(ジェンダーに関した固定観念・偏見)払拭に向けた発言だけでなく、自らが女性用ドレスやスカートを着た写真を公開するなどしており、同世代からはジェンダー・フルイディティの象徴的な存在として認識されている。
ルイヴィトンのキャンペーンに起用されたジェイデン・スミスさん(写真右)
このほかにも米化粧ブランドのメイベリンとカバーガールがそれぞれブランド初となる男性アンバサダーを起用したり、英国で毎年行われる世界的ファッションショー「London Menswear Fashion Week」で男性向けのスカートやドレスが披露されるなど、ジェンダー・フルイディティー/ニュートラルを意識したファッションの多様化事例は枚挙にいとまがない。
直近では『VOGUE』『GQ』『GLAMOUR』などの有名ファッション雑誌を発行する出版大手コンデナストが、LGBT層をターゲットするメディアプラットフォーム『THEM』をローンチし話題を呼んでいる。
LGBT層をターゲットするメディアプラットフォーム『THEM』(『THEM』スクリーンショット)
このプラットフォーム名ThemやTheyは性別を規定しない言葉で、自らをHe(男性)やShe(女性)とカテゴライズしない層を総称する表現として認知されつつある。このほかにも、フェイスブックがユーザー性別項目に「Neutral(中性)」を加えたり、銀行大手HSBCがMrやMrsだけでなく「Mx」という新たな敬称を導入したりと、ファッション業界だけでなく、さまざまな企業がジェンダー・フルイディティ/ニュートラルを意識し始めている。
ファッション業界において注目されているもう1つのキーワードが「アダプティブ・アパレル」だ。
アダプティブ・アパレルとは、肢体不自由者でも自由にファッションを楽しめるようにデザインされた衣服のこと。
アパレル大手トミーヒルフィガーは2016年に子供向けのアダプティブ・アパレルを発表、また今年10月には大人向けのラインを発表し話題を呼んでいる。肢体不自由者にとって操作の難しいボタンやジッパーの代わりにマグネットを利用し、できるだけ簡単に着脱できるようにデザインされている。
これまでにも肢体不自由者向けにデザインされたアパレルはあったようだが、機能だけに焦点が当てられファッション性はほとんどなかったという。そのような状況を変えようとさまざまな取り組みを行っていた活動家とトミーヒルフィガーがコラボレーションした、社会的インクルーシブな事業として期待されている。
マイノリティーから巨大市場へ
これまでは企業のCSR的な位置づけとして捉えられがちだった多様性やインクルーシブネスに関わる事業だが、ミレニアル・Z世代が台頭する時代においては中核事業として捉えたほうがよいかもしれない。なぜならLGBT層などこれまでマイノリティーとされていた層が、ミレニアル・Z世代におけるアイデンティティ・価値観の変化にともない購買力を持つ巨大な市場に変化しているからだ。
LGBT層市場を専門とするリサーチ会社Witeck Communicationsによると、可処分所得で見た米国におけるLGBT層の購買力は2015年に9170億ドル(約125兆円)に達したという。米国では人口の約7%がLGBT層といわれている。
世界最大の人口を誇る中国も例外ではない。国営紙チャイナ・デイリーによると、中国では約7000万人のLGBT層がいるとされ、その市場規模は年間3000億ドル(約42兆円)になるという。中国では1997年まで同性愛は違法とされていたが、同年に非犯罪化され、2001年には精神疾患のリストから除外されている。都市部の若年層の間では同性愛に対する自由な考えが広がっており、多くの企業がLGBT層に配慮したブランディング・マーケティングを実施しているという。
日本でもLGBT層は無視できない市場になりつつある。電通ダイバーシティ・ラボが2015年に実施した調査では、国内では人口の7.6%(約950万人)がLGBT層に該当し、その市場規模は5.9兆円に相当することが明らかになっている。
LGBT層やジェンダー・フルイディティ/ニュートラルなどを意識したプロダクト・サービスはまだまだ少ないのが現状。今後はファッションだけでなく、飲食や旅行などさまざまな市場において、新しい価値観に基づいた企業側の取り組みが求められるようになってくるのではないだろうか。