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あなたはどんなデバイスで音楽を聴くだろうか?
音楽を聴くために針を落としていた時代から、テープ、CD、MDというソフトを経て、iPodに代表される膨大な曲数をデータで持ち歩くことができる時代へと変遷した。
現代ではスマートフォンのなかにその音楽を持ち歩き、家ではAIが搭載されたスマートスピーカーに話しかけるかたちで音楽を聴いている。
そんな音楽がARの技術進歩によってわたしたちの生活空間からバーチャル領域にも活動範囲を広げようとしている。そう、気がつかないうちに音楽は日常とバーチャルを融合させようとしているのだ。
では、実際にどのようにして音楽とARは交わろうとしているのか。そして、バーチャル空間にも広がり続ける生活空間と音楽は、ビジネスモデルも含めてどの方向に進もうとしているのだろうか。
音楽プロモーションにもARを利用する時代!本とARを活用した「AR Record Book」とは?
2017年12月にアメリカ・ロサンゼルスを拠点に活動するMAISY KAY(メイジー・ケイ)が、EP「Disguises」で日本デビュー。その中には日本の若手シンガーソングライターAnly(アンリィ)とコラボした「Distance」という楽曲も収録されている(Spotifyのバイラルチャート日本版12月14日付では1位に)。
MAISY KAYは今後、プロモーションに最新AR技術を駆使したプロダクトである「AR Record Book」を使用していくという。現在はプロトタイプ版を関係者向けのツールとして配布している。
AR Record BookというのはROK VISIONが開発を進める本型のプロダクトである。この後詳しい内容については紹介するが、この本にプロモーションのために開発された専用アプリをかざすと、楽曲やMVなどをみることができるのだ。
プロダクトと音楽の融合を可能とした「AR Record Book」
ROK VISION AR RECORD BOOK from J-POP MUSIC GROUP on Vimeo.
今回MAISY KAYがプロモーションに使用した2つの方法はこれまでのARをPRに活用しているアーティストとは一味違う。
「Disguises」のプロモーション用にリリースされたアプリは、2種類ある。「Maisy Kay」と「Maisy Kay EP」だ。
※ここでの「Maisy Kay」と「Maisy Kay EP」はアプリ名。アーティスト名であるMAISY KAYとの混乱を避けるために、以下アプリ名はMaisy Kayアプリ、Maisy Kay EPアプリと表記
Maisy Kayアプリは、AR Record Bookの内容を読み取るために必要なアプリだ。AR Record Bookの表紙や中身など、指定された部分をMaisy Kayアプリをとおしてみると、読み取る場所に応じて、MVやこれまでの楽曲などが動画で楽しめる。AR Record Book本体は現時点ではプロトタイプとして関係者向けのみの配布だが、アプリは先行して一般公開されている。
Maisy KayアプリがAR Record Bookを認識する流れもスムーズで、動画が表示されるまでにタイムラグを感じさせない。またAR Record Bookは高級感のある重厚なみた目で、一冊の本としてもデザインからコンテンツまで、丁寧に作られている。
AR Record BookはただMAISY KAYとその楽曲を紹介するだけの本ではなく、MVや紹介動画などを盛り込むこと、そして各種デザインや企画にアーティストとその音楽チームが関わることでMAISY KAYの世界観や感性をファンに届けることができる。これまで以上に、アーティストとファンをより近い距離でつなぐ新しい形になるのではないだろうか。
楽曲とエンターテイメントを提供するARアプリ「Maisy Kay EP」もリリース
もう一つのアプリであるMaisy Kay EPアプリは、ちょっと変わった趣向のアプリだ。その使用対象は「各国の紙幣」だ。円や米ドル、ユーロなど20種類近くの紙幣をMaisy Kay EPをとおして映すことで、MAISY KAYのプロモーション動画が映し出される。裏面を撮影すれば、アルバムの試聴画面に切り替わる。
もちろんお札を使用しなくても、アプリの中にはこれらのカテゴリーが別途用意されているので視聴は可能である。
紙幣(お金)をトリガーとして発動するAR、その発想は実に見事ではないだろうか。世界共通で存在する紙幣を使用することで、ユーザーに音楽を提供することはもちろん、アプリを使用する人へ今までになかった発想への驚きや、そこからくるワクワク感といったエンターテイメント性もあわせ持っているからだ。
場所・年齢問わずユーザーが所持している「紙幣」をARの発動に利用することは、話題性への発展理由になり、認知を獲得できることはもちろんだが、その先にあるアプリを手軽に使用するという「機会の創造」でもあるのだ。
MAISY KAYとJeff Miyahara氏へのメールインタビュー
今回、最新AR技術を駆使して開発されたAR Record Bookを使った感想や開発の裏側などを、MAISY KAYと音楽プロデューサーのJeff Miyahara氏にメールインタビューで伺った。Jeff氏は、本取り組みを次世代の音楽提供の形態として形づくるべく、AR Record Bookの開発元であるROK VISIONの日本法人設立にも携わっている。
アーティストからみたAR Record Book の魅力とは?
まずはMAISY KAYに、AR Record Bookの魅力や実際にARを自分の音楽と組み合わせたときの気持ちを教えてもらった。AR Record Bookをプロモーションに使うことを初めて聞いたとき、MAISY KAYは率直に何を感じたのだろうか。
MAISY KAY(以下:MAISY)「ARと私が作っている楽曲の関連性を初めは想像できませんでした。」
AR Record Bookの企画当初はアーティスト本人も自身の音楽とARがコラボしたその先を予想できない状態だった。では実際に、AR Record Bookとコラボしてその印象はどのように変化したのだろうか。ARと音楽の融合にMAISY KAYは何か新しい可能性を見出すことにできたのだろうか。
MAISY「実際にできあがった完成品をみて、その関連性に驚きました。同時に、私の作る楽曲の世界観を“見る”という面から、みなさんにも体感してもらえるツールになると感じました。」
音楽とARが持つその関連性にMAISY KAY本人も驚き、これまでの音楽のスタイルであった“聴く”が“見る”に変化するかもしれない可能性をアーティスト自身が肌で感じた瞬間でもあった。テクノロジーの進歩によって音楽そしてアーティストがおこなえるパフォーマンスにはまだまだ可能性がつまっているようだ。
MAISY「私はアニメの世界観がとても大好きなので、その世界観を表現できるようなことをARとコラボしてできたら面白いと思います。」
ARを利用することは、アーティストが自身の感性をこれまでの既存のパフォーマンススタイルから一歩外に飛び出して活動するチャンスとなりうる。MAISY KAYの今回のプロモーションスタイルや発言からそのように感じ取れたのは、おそらく私だけではないだろう。
総合プロデューサーからみたAR技術と音楽業界との親和性とは?
AR Record Book開発の背景やAR技術と音楽業界の親和性、今後の発展についてはどんな思いや展望があるのだろうか。日本でのMAISY KAYの展開を担うプロデューサーであるJeff Miyahara氏に伺った。
Jeff Miyahara氏(以下:Jeff)「AR Record Book開発のインスピレーションはMAISY KAYが常に新しく作り出す多くの楽曲から生まれました。彼女が作る壮大な楽曲たちを伝えるための最適なツールであると感じています。」
プロデューサーとして関わるからこそ、「どのようなプロモーションがMAISY KAYにとって効果的なのか?」を考える。その視点から誕生したのがAR Record Bookなのだ。Jeff Miyahara氏はプロデューサーという立場からAR Record Bookの特色や強みについてどのように考えているのだろうか。
Jeff「独自の特許技術を生かしたARです。30個のポイントを素早く認識し読み取ることで、スムーズにアプリが動作します。認識の早さ、アプリの安定性については自信があります。開発時に特に意識した点としては、アプリの認識をとにかく早く、かつブレない、そしてどんな環境下でも反応を読み取れるようにということです。とにかく利用してくれるユーザーに、良いコンテンツを素早く反応よく届けられるようにという点に注力しました。」
今回のアプリは、使用するユーザーが求める“動作速度”、“安定性”などに強みを持つ。楽曲がよいことはもちろんだが、それを支えるプロモーションツールの動作が悪ければユーザーはMVをみることなく離れてしまうだろう。
ではMAISY KAYをはじめ、JUJUや西野カナ、三代目 J Soul Brothersや クリス・ハートといった新世代の実力派アーティストたちの楽曲を生み出す音楽プロデューサーとして、AR 技術と音楽業界の親和性やその将来性についてはどのように考えているのだろうか。
Jeff「年々音楽を楽しむフォーマットは変わっています。AR 技術を使用することで、今のモバイル・スマートフォン社会の中では、クオリティが高い状態で音楽を楽しめるフォーマットになりうると思います。ビジュアルも含めて、新しい次元で音楽を楽しむことができます。また、AR 技術をライブやコンサートなどで使用することにより、外の世界において新たな音楽体験を作ることが可能になるのではないでしょうか。」
音楽業界では、音楽を聴く媒体が時代を追うごとに変化している。日常でもライブでもARを使うことで、“いつでもアーティストの世界観を共有できる”そんな日はもしかしたら遠くないかもしれない。Jeff Miyahara氏は、今後AR 技術は音楽業界の中でどのように発展していくと予想しているのだろうか。
Jeff「日本は特別な国で、まず他国と比べるとアーティストに対してのロイヤリティが高いです。CDなどのフィジカルフォーマットも他国より健在しています。またユーザーは音楽だけではなくアーティストを好きになっていく国でもあります。AR技術はその日本での音楽の楽しみ方や歴史の延長線上にありながらも、新しい楽しみ方を提供できる技術になリえると思います。」
そしてJeff Miyahara氏は、続けて以下のようにも語っている。
Jeff「また今回MAISY KAYがプロモーションで利用したAR Record Bookは、他レーベルも含め、新たなアーティストの使用についても現在準備を進めています。日本のアーティストや楽曲が、このツールをとおして世界に進出するようなこともあれば良いと思います。」
AR Record Bookをはじめとする新しい音楽のPRや情報発信の形が登場してきた昨今、もしかしたらAR技術が進歩した数年後には、音楽の視聴形態、そしてアーティストの表現方法も一変しているのかもしれない。
両者へのインタビューをとおして、これまでの「音楽は“聴く”」という常識が、より表現性やエンターテイメント性の高い「音楽は“見る”」という形に変わる時代も遠くないことを痛感した。
加速する音楽とARの融合
国内外問わず様々なアーティストが音楽活動に取り入れはじめたARだが、これまでにARとアーティストたちとはどのようにコラボレーションしてきたのだろうか。ここでは、その一例を紹介しよう。
“音楽×AR”で普通の空間が特別な空間に早変わり!
日本における音楽とARの融合では、BUMP OF CHICKEN(以下・BUMP)が2013年に初のベストアルバムと一緒にリリースしたスマホ用アプリ「BOC-AR」が挙げられる。これは、アルバムジャケットや歌詞カードのイラストにBOC-ARを起動したカメラをかざすと、カメラをとおしてイラストが飛び出したり、音楽が流れてくるというものだ。
では、海外はどうだろうか。2017年10月にユニバーサルミュージックグループが、VRスタートアップのWithinと提携し、所属アーティストの音楽作品に関連するAR/VRコンテンツ製作を実施することを発表した。
アイルランドに拠点を置くFirstage Ltd.は、元ミュージシャンである開発者たちが、バンド/アーティストがどこでもライブパフォーマンスを紹介できるARによる音楽ステージプラットフォームを開発した。このサービスを使えば、アプリ利用者の生活空間はいつでもライブ会場に早変わりする。
このように国内外問わずARと音楽の連携した活動が広がりつつある。これからもARをはじめとする最新技術を利用したプロモーションやアーティスト活動を支えるプロダクトはますます増えていくだろう。
ARの技術革新が音楽の概念を変える
Photo : Chris Graziano
生活する上で、音楽はなくてはならないものではないが、生活を彩るための存在であることは確かだ。テクノロジーの進化にともなって、その存在感はおそらく音楽が生まれてから今までで、1番密なものになっていることは間違いないだろう。
音楽は体験をダイレクトに届けることのできる優秀なファクターだ。またARも今までにない体験を作り出せる技術の一つであり、この二つが融合するということは“体験”を重視すればこその選択肢なのだろう。それは“体験”を重視するミレニアル世代とマッチする可能性も高い。
ARなどのテクノロジーが今後生み出していくであろう、音楽分野のイノベーションが私たちの生活体験をどう変化させてくれるのか、その未知に期待していきたい。
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