「シリコンバレーで急成長を遂げたスタートアップのCEO」と聞いて、どのような人物が思い浮かぶだろうか。
頭に描いた人物が、白人男性だった人は多いかもしれない。実際に米国のテック業界においては、ベンチャーキャピタル(VC)側も、スタートアップ側も、白人男性が圧倒的なマジョリティだ。
そんな偏った業界のあり方に疑問を投げかけるのが、マイノリティが率いるスタートアップを積極的に支援する『Backstage Capital』だ。2018年1月現在、およそ45社に投資を行なっている。投資先のCEOのうち72%が有色人種であり、そのうち62%が女性だ。さらに、12%がLGBTQを公表しているという。
『Backstage Capital』の設立者は、黒人女性で同性愛者のArlan Hamilton氏。元々は音楽業界で働いており、周りのアーティストがテクノロジー分野に投資する様子をみて、スタートアップに関心を持った。2014年にシリコンバレーへ移住し、複数のVCでアシスタントとして経験を積む。
そのなかでHamilton氏は、白人男性が優遇され、マイノリティが不当に低く評価される業界の現状を知る。自分たちのようなマイノリティにも活躍できる場が必要だという想いから、2015年に『Backstage Capital』を設立した。
『Backstage Capital』の多様な投資先
Hamilton氏は『Backstage Capital』を「チャリティーではない」と考えている。投資先を選ぶ上では、ちゃんと利益をあげるかどうかを厳しくチェックし、投資するか否かを判断してきた。いくつか投資先の例を紹介しよう。
アジア人女性Lisa Fetterma氏の『Nomiku』
Fetterma氏の『Nomiku』は、鍋に浸すだけで湯加減の調整を自動管理し、真空パックに入れた食材を調理するデバイスと食材セットを提供するサービスだ。2015年の設立以来300万ドルを売り上げ、現在はサムスン・ベンチャーズからも出資を受けてプロダクト開発を続けている。
黒人夫婦Tye Caldwell氏とCourtney Caldwell氏の『ShearShare』
『ShearShare』は空いているヘアサロンとフリーランスのスタイリストをマッチングするスマートフォンアプリ。元サロンオーナーである二人は、500 StartupsやY Combinatorのアクセラレーター・プログラムにも参加している。
ラテンアメリカ人女性のAndrea Guendelman氏の『BeVisible』
Guendelman氏はラテンアメリカン向けに求人用SNSサービス『BeVisible』を提供している。Linkedinへの登録者数が少ないラテンアメリカンが、最適な就職先と出会えるプラットフォームを目指す。
マイノリティ起業家の前に立ちはだかる壁
『digital undivided』が2017年に6万社以上のスタートアップを対象にした調査では、白人男性が率いる“失敗した”スタートアップですら、平均およそ130万ドルの融資を受けていた。一方、黒人女性CEOが100万ドル以上の融資を受けたケースは11社のみで、平均調達額はたった3万6000ドルだった。
学生向けのポートフォリオプラットフォーム『Pathbrite』を運営するHeather Hiles氏は、黒人女性として最高額の1200万ドルを調達し、2015年に事業を売却している。彼女もRecodeへの寄稿記事のなかで、シリコンバレーは「黒人やラティーノ、女性に活躍の機会が用意されていない」と批判している。
現在『Backstage Capital』の出資を受けているCEOにも、業界に対し批判的な目を持つ人は多い。
ヘッドホンのスタートアップ『Tinsel』を率いるAniyia Williams氏は、100を超えるVCにピッチを行ったが、最終的に出資を説得したのは彼女の元上司と『Backstage Capital』だけだった。彼女はVCの様子を次のように説明する。
Williams氏「現在のVCのやり方に疑問を持っている人は多いと思います。大勢のなかのある一定の特徴を持った人、つまり白人男性を好む傾向にあるからです(筆者訳)」
女性が不利になる傾向は研究からも明らかになっている。コロンビアビジネススクールの研究によると、投資家たちは男性に対しては「利益が出る可能性」を、女性に対しては「損失が出る可能性」を頻繁にたずねる傾向にあったという。
『Backstage Capital』は、テック界の大御所Marc Andreessen氏や、Slack CEOのStewart Butterfied氏からの支援を受け、投資先を増やしている。2017年は女性起業家が投資家から受けたセクハラで大手ベンチャーキャピタルを訴えたニュースも話題となり、Hamilton氏への問い合わせも増えているという。
Arlan Hamilton氏は2020年までに100以上のスタートアップに投資することを目標に掲げる。
米国のスタートアップを支えるエコシステムは、多様性を尊重する形で、新たな進化を遂げようとしている。マイノリティの視点から生まれたプロダクトが、世界中に広がる未来も決して遠くはないはずだ。