「世界最先端の電子国家」と呼ばれるエストニア。Skypeが誕生したことでも知られており、ITスタートアップ関連の情報がさまざまなメディアに取り上げられることが多くなってきた。本連載では少し視点を変えて、スタートアップ文化を育むエストニアの周辺環境・要因について紹介していきたい。
Skypeが誕生した国として広く知られるようになった、世界最先端の電子国家「エストニア」。
情報通信技術を軸にした行政・教育・インフラは、電子化を目指す他の国家のお手本として注目を浴びている。また、Skypeの誕生に見られるようにスタートアップにとっても充実した環境が整えられている。
このように「電子国家」「デジタル」「スタートアップ」のイメージが先行しているエストニアだが、それでも経済基盤を支えるのはやはり「大手企業」。その存在抜きに、エストニア経済・社会の全体像はつかめない。
そこで今回は、日本では知られざるエストニア大手企業を紹介しながら、同国の経済基盤・構造や隣国との関係について見ていきたい。
エストニアの株式市場、時価総額上位はツーリズム系企業
エストニアにも東京証券取引所に相当する株式市場がある。エストニアの首都タリンにある「タリン証券取引所」だ。1996年に開業、経営統合を繰り返しながら現在ナスダック傘下の証券取引所として運営されている。
1部市場の上場企業数は2016年8月時点で16社。少ないように感じるが、エストニアの人口が130万人ということ、そして日本の人口約1億3000万人に対し東証1部上場企業数が約2000社ということを考慮すると妥当なところと考えられる。
ちなみにタリン証券取引所ではブロックチェーン導入に向けた動きが活発化しており、各国証券取引所からその動向が注目されている。2015年後半から開始されたブロックチェーンを使った議決権行使の試験運用が2017年始めに成功したと発表されたほか、その他の株式取引に関わるプロセスへのブロックチェーン導入も進められている。
そんなタリン証券取引所で最大規模の時価総額を誇るのが、「Tallink Group」と「Olympic Entertainment Group」だ。2社ともツーリズム関連企業である。
Tallink Groupはさまざまな事業を展開する複合企業だが、収益の大半はホテル事業とクルーズ事業によるもの。一方、Olympic Entertainment Groupはカジノ事業とホテル事業を主軸とする企業だ。エストニア、ラトビア、リトアニアなどで計117のカジノを運営している。
Tallink Group(Tallink Groupウェブサイトより)
エストニアは物価の安さからフィンランドやスウェーデンから買い物客がよく訪れる場所で、買い物客の移動手段や宿泊、娯楽に関連するサービスへの需要が高い。
エストニア経済を考える際には、北欧諸国とのつながりや影響を考慮することが重要で、特にフィンランドとは人的ネットワークや経済連携などさまざまな側面で非常に強いつながりを持っていることから無視できない存在となっている。
エストニア観光局によると、2016年にエストニアを訪れた海外旅行客の中で最大となったのがフィンランドで全体の44%、約177万人だった。1年間で国内人口を超える数のフィンランド人がエストニアを訪れていることになる。
Olympic Entertainment Groupが運営するカジノ(Olympic Entertainmentウェブサイトより)
バルト三国をカバーするエストニア最大のメディア企業「Ekspress Grupps」
タリン証券取引所上場企業の中で唯一のメディア企業が「Ekspress Grupp」だ。Ekspress Gruppは、バルト三国全体をカバーするウェブポータルサイト「DELFI」を運営するほか、新聞、雑誌、IT、広告事業などメディアに関わるあらゆるビジネスを展開している。
「DELFI」はエストニアとリトアニアのインターネットユーザーの間で最も人気の高いポータルサイトで、特に政治関連のニュースを多く配信し、そこでは政治に関する議論が活発に交わされている。
エストニア、ラトビア、リトアニア各国それぞれの言語で配信されているが、英語版も見ることができるので、バルト三国でいま何がホットな話題なのかチェックすることも可能だ。
Ekspress Gruppが発行する新聞「Ohtuleht」は、エストニアで2番目の規模を誇る日刊紙。オンライン版も配信されており、そのユーザー数は約15万人いると推定される。
エストニアの人気ウェブポータル「DELFI」(DELFIウェブサイトより)
北欧勢の影響大、エストニアの銀行市場
エストニアで最大の銀行は地元銀行ではなく、スウェーデンの銀行「Swedbank」だ。市場シェア40%ほどを占めるとされる。Swedbankに続く2位「SEB Pank」、3位「Nordea Bank」もスウェーデン発の銀行。4位の「Danske Bank」はデンマーク発。5位の「LHV Pank」がエストニアの銀行となる。
1992年には国内に42行あったが、統廃合が進み現在は15行となっている。そのうち9行がSwedbankのような海外銀行で、6行がエストニアの銀行。
エストニア最大となる銀行LHV Pankは1999年に設立された。もともと電子送金とカード支払いのみを取り扱っていたが、2015年にATMを設置して以来現金も取り扱う銀行となった。エストニアの先駆的な取り組み電子居住者システム「e-residency」のパートナー銀行でもあり、電子居住者はLHV Pankで銀行口座を開設することができる。
エストニアで操業する主要銀行の多くが北欧の銀行であることを考えると、エストニアが北欧経済の影響を強く受けることは容易に想像できる。実際、エストニアで操業している北欧銀行を通じて、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーなどからエストニア企業に投資資金が流れる仕組みが構築されている。エストニア国内大手企業の株主が北欧出身であることは珍しくない。
エストニア・ビール市場は大手3社が独占
日本と同様にエストニアのビール市場も数社による寡占状態だ。エストニアを代表するビールメーカーは「A. Le Coq」「Saku Olletehas」「Viru Olu」の3社。これら3社が市場の90%以上を占めるとされている。
エストニアのビールの歴史は非常に古く、西暦500年頃にはビールの存在が知られるようになり、13世紀頃には最初の醸造所が設立されたといわれている。またエストニア3大ビール会社の1つ、Saku Olletehasが創業したのは1820年と、日本では江戸時代だった頃に創られた老舗ビール会社となる。
Saku Olletehasの主力ビール「SAKU ORIGINNAL」(Saku Olletehasウェブサイトより)
世界最先端の電子国家といわれるエストニア。今回紹介してきた大企業はほんの一部だが、これらの大企業を通して見ることで、エストニアがテクノロジーだけでないさまざまな表情を持っていることが分かっていただけたのではないだろうか。
スタートアップと大企業、どちらもエストニアを盛り上げる重要なプレーヤーである。今後も注目していきたい。