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創業1851年の新聞紙『The New York Times(ザ・ニューヨーク・タイムズ)』。日本では老舗メディアと認識されているのではないだろうか。しかし、アメリカでは常に先進的な取り組みを行うメディア企業として知られている。
例えば、2015年に取材現場をVRで体験できるジャーナリズムアプリ「NYT VR」を他のメディアに先んじてリリース。ターゲットとなる読者をミレニアルズ向けへと転換し、コンテンツを紙からデジタルへと転換させているわけだ。
これはニューヨークタイムズの意欲的な取り組みのほんの一例に過ぎない。
ニッチメディアで年間150億円のコマース取引額を誇る。ガジェット・生活品レビューメディア『The Wirecutter』のポテンシャル
今回紹介する『The Wirecutter(ザ・ワイヤーカッター)』と姉妹サイト『The Sweethome(ザ・スイートホーム)』はデジタルコンテンツの拡充を目的として「The New York Times」が買収したメディアだ(現在The SweethomeはThe Wirecutterに統合されている)。買収額は3,000万ドル前後と報じられた。
『The Wirecutter』は家具・家電を中心としたライフスタイル製品のレビュー記事を5,000文字から1万文字にも及ぶ長文内容で配信するメディアだ。
各記事のトピックは、専門ライター数人によって執筆・編集が行われ、レビュー内容の信頼度の高さが売り。トピック一つひとつは非常にニッチなものばかりなため、配信後も長く参照される記事が多い印象がある。例えば、どのクリスマスツリーのコスパがいいか(英題 : The Best Artificial Christmas Tree)を淡々と評論している記事を見ればコンテンツのニッチ性はすぐに理解できるだろう。
収益源は記事内で紹介する商品リンクからのAmazonアフィリエイトだ。2015年における『The Wirecutter』の販売取引額は1.5億ドルに及ぶと伝えられており、業界の平均アフィリエイト収益率は4-8%なので年間収益は600万-1,200万ドルと試算できる。2017年9月には取引額は前年比50%上昇したとも伝えられており、すでに年間収益が最低でも1,000万ドルにのぼることはかたいと予測できる。
『The New York Times』にとっては、買収額を3年程度で回収できるとあって、スタートアップ買収としては妥当であると考えられる。何より「The Wirecutter」がレビュー編集部を抱えることで、他社メディアと十分な差別化を図れる人員リソースを獲得できた点は大きく評価される。
買収の決め手は、ミレニアルズに愛されるファン・コミュニティとコマース市場戦略
さて、『The Wirecutter』は買収前には週に数本の記事しかリリースしておらず、更新頻度の低いメディアであったが、なぜ買収されたのであろうか。
考えられる答えは2つある。
1つはコアファン・コミュニティの獲得にある。確かに毎日読むような内容を配信するメディアではないが、生活家電や料理グッズの購入を検討する際には真っ先に参照するメディア地位を確立していた。
例えばミレニアルズの33%は製品購入前にブログをチェックするデータがあるように、生活品の購入を慎重に検討する読者にとって、どこよりも早く確認するメディアとして認知されている点が買収につながった大きな要因と推測される。
もう1つはコマース市場戦略が挙げられる。『The New York Times』の四半期収益は4.07億ドルで、主に購読と広告収益から収益化を図っている。『The Wirecutter』の収益率は四半期ベースで1%程度に満たないが、メディアコマース分野の成長率はどのメディアも見逃していない。
2016年度にオンライン・アフィリエイト市場は45億ドル規模、前年度比17%の成長率を誇っており、『BuzzFeed』や『Hearst』、『Vox Media』も同市場への参入を図ろうとしている点から、注目の高さが伺え、『The New York Times』も『The Wirecutter』の買収を皮切りに市場参入を果たそうとする動きが垣間見える。
ニッチ読者を軸としたポテンシャルを見込んだ『The Wirecutter』の買収は、アフィリエイト市場の先見性やメディアビジネスの刷新の先駆けとなる事例と言えるだろう。
約4兆円の編み物市場コンテンツを独占する「Craftsy」
北米の大手複合メディア「NBCUniversal(エヌ・ビー・シーユニバーサル)」も、新興メディア買収へ動いた。
編み物に関するノウハウ動画コンテンツ及びEコマースを行う「Craftsy(クラフツィー)」を2.3億ドルで買収。「Craftsy」は年間売上が6,000-6,500万ドルに及ぶ、編み物好きが集まるニッチなコミュニティを獲得しているメディアだ。合計ユーザー数は1,000万人、オンライン動画クラス数は1,300以上に及ぶ。
編み物市場は300-400億ドルの市場規模を誇り、Estyのようなハンドメイド企業が代表的だ。「Craftsy」の収益率のうち40%はEコマースから来ている。
逆に言えば、60%の収益の大半は動画コンテンツから発生していると言える。YouTubeにアップされている同様の編み物レビュー動画は数多くあり、「Craftsy」の動画コンテンツは20-40ドルと高価な料金体系であるにも関わらず、ユーザーから支持されている証拠だ。
『The New York Times』と「NBCUniversal」両社とも次世代読者・視聴者に向けた新興メディア買収に動いているのがお分かりいただけと思う。
マスを狙うのではなく、ニッチコミュニティを数多く獲得することでリピート率の高い強固なネットワーク網を増やす。その上で物販によって収益化を図るこうした動きは、旧来メディアがビジネスモデルをシフトする際に用いる手法として注目されそうだ。