「音楽版YouTube」とも呼ばれる、音楽ストリーミングサービスの大手「SoundCloud」。経営不振によるサービス閉鎖も目前と言われていた同社が、約1.7億ドルの資金調達と、創業者であるAlex LjungのCEO退任、Vimeoの元CEOであるKerry Trainorが新たなCEOに就任したことを発表したのは記憶に新しい。
SoundCloudの不振の一因は、有料サービスである「SoundCloud Go」の登録会員が伸び悩んだことにある。Apple MusicやSpotifyといった競合サービスよりもはるかに多い、1億2500万曲以上というアクセス可能な楽曲を同社の強みとしてプロモーションしていたが、どうやら音楽ファンにそのメリットは響かなかったようだ。
そこで新CEOは、有料会員の獲得よりも、楽曲を提供するアーティスト向けに、再生情報を解析する機能を優先して強化していくと表明。
これまで一般的にはユーザー数の獲得のためにはコンテンツの量が重要と語られてきたが、元から無料での視聴が基本だったSoundCloudにおいて、その手法はうまくいかなかったのだ。いくら楽曲数が多かろうが、その大半はもともと無料で聴くことのできた音楽だ。SoundCloudはその過ちを認め、同路線から舵を切ったのだろう。
解析機能を強化することで「アーティストが先行指標を得る場であり、リスナーにとっては先行して楽曲を聴くことのできる場」としてSoundCloudをブランディングしたいのかもしれない。
あの世界的アーティストも参考にする「マーケット解析」
ストリーミングサービスの王者であるSpotifyは、すでに解析機能を重要視してアーティストに提供している。
Spotifyは2017年10月、アーティスト向けのアプリ「Spotify for Artists」を公開。これは自身の楽曲をSpotifyに提供しているアーティストが利用するサービスで、情報の更新・管理から、リリースした楽曲の視聴状況の解析が可能となっている。リスナーの年齢、性別、国籍ほか、どのようなアーティストと一緒に自身の楽曲が聴かれているのかといった情報を知ることができる。
これまでもSpotifyはWeb版として同様のサービスを提供していたが、このアプリの公開により、アーティストはより手軽に自身の情報管理や視聴状況の解析をできるようになった。つまり、それだけアーティストに多用され、Spotify側も重視している機能ということだろう。
このSpotifyを通した視聴実績データの解析は、すでに世界中のアーティストの活動に大きく影響を与えているという。日本を代表する夏の音楽フェス「サマーソニック」の運営や、海外アーティストの来日公演を主催しているクリエイティブマンプロダクションの代表取締役社長、清水直樹氏は「オリコン・ニュース」にてこう語っている。
「フー・ファイターズのマネジメントは、Spotifyなどから世界でのアーティストのデータを集約してツアー戦略に活用しています。ノラ・ジョーンズの場合、マネジメント側がデータから日本を大きなビジネス市場だと見ているので、日本でのツアー規模やプロモ企画を逆提案されることもあるようです。」
またSpotifyはすでに人気を獲得している世界的アーティストのみならず、無名の新人アーティストの戦略にも大きな影響を与えているという。インディーズにして世界進出を果たした日本人ユニット「AmPm(アムパム)」はその好例だ。2017年3月にデビュー曲「Best Part of Us」をリリースした彼らは、音楽ジャーナリストの柴那典氏によるインタビューで、Spotifyを軸としたプロモーション戦略とそのためには視聴データ解析の重要性を説いている。
次なる鍵は「交渉と分析」なのか?メジャーレーベルの存在意義とは
近年、音楽におけるSNSプロモーションが重要性を増し、さらに配信やマーチャンダイズの売り上げの比率が上がるにつれ、メジャーレーベルは絶滅危惧の巨大恐竜かのようにその存在意義を問われ続けてきた。しかし今、Apple MusicやSpotifyといったサブスクリプション型サービスの台頭により、交渉や解析に長けるメジャーレーベルの強みが指摘され始めている。
交渉力がものをいう局面の一つが、旧来のレコードショップ同様に「売り場での展開」である。サービスそのものがメディアともいえるサブスクリプション型サービスにおいて、その「入り口」に新曲が展開されるかどうかは大きく結果に関わってくるのだ。
そして解析力。いくらアーティスト側の視聴データ解析が重要になるとはいえ、それをアーティスト本人が行うことは、時間や労力の使い方として、そして意識の面でもクリエイティビティを削いでしまう危険性がある。そうした解析を専門技能を学んだスタッフが担当できるかどうかは、これからのアーティスト活動に大きな影響を与えてくるだろう。
だが、それと同時に小さなレーベルや個人のアーティストにもチャンスはある。メジャーレーベルに所属せずとも、インディペンデントなままアーティストのクリエイティビティを制限せず「同じ土俵」に立つことができるのは、間違いなくサブスクリプション型サービスが持つ魅力だと言えるだろう。
こうした状況を踏まえるに、交渉からデータ解析までを一手に引き受けることのできる個人のエージェント、もしくはエージェント集団が、メジャー/インディーズ問わず音楽ビジネスの場において、重要なポジションに就いていくことになるのかもしれない。
img : SoundCloud, Spotify for Artists