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社会人になってから「これ学校で教えてくれたらよかったのに…」と何度つぶやいただろう。
論理的な文章の書き方や税金の種類、自分に合った仕事の見つけ方など、「あったらいいな」を数え始めるとキリがない。
変化の加速する時代において学校は何を教えていけばいいのだろうか。AMPでは教育にまつわる新たな取り組みや、その最前線に身を置く人々の姿を通じて、この問いの手がかりを探ってきた。
時代を生き抜くために僕はミネルヴァ大学に進学した。日本の若者が世界最難関を選んだ理由
海の向こうでは新しい学びの実践例がいくつも生まれている。4年間で7都市を移動しながら学ぶ『ミネルヴァ大学』は間違いなくその筆頭だろう。『AMP』では同大学の日本人初学生、日原翔氏に大学での学びのあり方について伺った。
同大学は教室を持たず講義はすべてオンラインで行われる。ディスカッション中心の「反転授業」や、あるいは各都市で企業や組織と協働したプロジェクトを通じて、課題解決の手法を身につけていく。
こうした教育の背景には「変化の時代には普遍的な力が必要になる」という同大学の信念がある。初年度の必修授業では、その普遍的な力の基礎となる思考法を丸一年かけて習得していくという。
日原氏曰く、ミネルヴァの授業や課外活動、多様性溢れる仲間との寮生活は、知的好奇心を刺激し、思考を深める機会に溢れているという。
時代を超えても変わらぬ思考法を育む同大学の教育は、実用的なスキル習得に偏りがちな大学のあり方への疑問を抱かせてくれる。
条件は“学校中退”!ピーター・ティールから10万ドルを受け取った若者たちは今どうしてる?
「学校に行かない」という教育の選択肢もある。PayPalの創業者で投資家のピーター・ティール氏の「Thiel Fellowship(ティール・フェローシップ)」は、中退した22歳未満の若者に10万ドルの起業支援金を与えるプログラムだ。
ティール氏は「人生の早い段階で、自分が成し遂げたい志について真剣に考える機会を提供すること」を同プログラムの目的だという。
2011年の開始以来、同プログラムには計104人が参加した。小惑星の採鉱や不老長寿など、奇抜なアイデアに情熱を注ぐ“クレイジー”な若者が揃う。
“成し遂げたい志”に向かって全力疾走した結果、目覚ましい成果を上げる人もいる。
2013年の参加者であるインド出身のRitesh Agarwal(リテシュ・アガルワル)氏が立ち上げた「OYO」は、ソフトバンクなどから累計で4.5億ドルを調達している急成長スタートアップだ。
2014年の参加者であるVitalik Buterin(ヴィタリック・ブテリン)氏は現在ビットコインに次ぐ時価総額を誇る暗号通貨「Ethereum(イーサリアム)」の考案者だ。
記事では他にも卒業生の進路を取り上げている。
“中退”というラディカルな選択を迫る同プログラムは、決まった内容を教える教育には成し得ない挑戦の機会をもたらしている。
個性を発揮する人材を育てるには「高校生には難しすぎる」など、内容を年齢で区切る教育からの脱却が必要なかもしれない。
「お金の教育」 が重要な時代。米国では高校の16.4%が「ファイナンス」を必修に
既存の学校では、“知っておくべき知識”に変化が訪れている。米国では無知のせいでトラブルに陥る人を減らすために、金融リテラシー教育を取り入れる動きが進む。
米国内でパーソナルファイナンスを必修科目に定める高校は16.4パーセント程度だ。5つの州では同科目が全ての高校の卒業必修単位に含まれている。
記事ではウィスコンシン州の高校におけるパーソナルファイナンスの授業を取り上げた。同校では生徒全員が、クレジットカードの使い方や借地・借家契約書の読み方、投資、学生ローンの返済方法などを習うという。
日本でもファイナンス教育を実践する例はあるが、数は決して多くない。実際に中学校・高校で「クレジット、ローン、証券」や「保険の働き」について教えている学校は3〜4割にとどまっている。
近年ではIT技術を駆使した新たな金融サービス「FinTech」も凄まじい速度で成長を遂げる。その恩恵を誰もが享受するためにも、中高生から大人まで、基礎的な金融リテラシーの重要性は増していくはずだ。
これでキャンパスライフの充実間違いなし?金沢工業大学で始まるAIによる学習相談や就職支援
教える内容だけでなく、教えるツールも進化している。金沢工業大学とIBMによる「コグニティブキャンパス」プロジェクトもその一つ。同プロジェクトでは、IBMが有するAIの「IBM Watson」を用いて、多様化する学生のニーズへの対応、自己成長に向けた的確な支援を行う。
同プロジェクトが今年発表した『KITコグ』は、学びや生活、課外活動など、キャンパスライフ全般を支援するシステムだ。
KITコグは、学生の成績や性格診断結果など、約40の項目にもとづいて、類似する卒業生を抽出。ユーザーが最も自分に近いと思える卒業生を選択すると、その卒業生の学習履歴データから、勉強や課外活動、生活に関するアドバイスが表示される。
学生が気軽に質問を投稿できるチャットボット機能も搭載。学生と日常的にコミュニケーションを図り、学習状況や生活の状態に関するデータを収集していく。
こうしたデータによって学生の隠れたニーズの発掘も可能になるだろう。
例えば米国では学生のアンケートをWatsonに分析させた結果、キャンパスで得られる体験と中退率に相関がみられた。結果をもとに学習支援プログラムを刷新したところ、学習相談に訪れる学生の数が6倍になったという。
膨大なデータの処理を得意とするAIは、生徒一人一人に合わせた最適な教育の提供を手助けしてくれる。またKITコグのような仕組みであれば、数百人単位の生徒を一斉にサポートでき、先生の負担を減らすこともできるだろう。
ミレニアル世代の私たちは正解のない時代を生きている。自ら問いを立て、正解を探る力を身につけるには、知識や暗記能力を問う“教育”のあり方は見直していく必要があるだろう。
その方向性については今後も試行錯誤が続きそうだ。ファイナンスのような実践的な知識と、普遍的に必要な思考力や知的好奇心をうまく取り入れていくことが求められる。
また、学びの場が学校である必要はないのかもしれない。ティール・フェローシップのような場が学校の代わりになる人もいるはず。あるいはインターネットやAIを活用した教育が代替するかもしれない。
無理に詰め込むだけでも、ゆとりを与えるだけでもない、新しい教育に向けた多様な試みを、引き続き追いかけていきたい。
img: The Thiel Fellowship