「資産」としてのパーソナルデータ
ソーシャルメディア上のやりとり、地図情報、ブラウジング履歴、購買履歴など、普段スマートフォンやパソコンを使っているとさまざまなデータが生み出される。一方、これらのパーソナルデータがどこで、誰に、どのように使用されているのか意識しているひとはあまりいないかもしれない。
こうしたパーソナルデータは、企業が消費者に関するインサイトを得るために非常に重要な役割を果たしている。また、パーソナルデータそのものがプロダクトとして売買されている場合もあり、企業側にとっては価値ある「資産」と認識され、有効活用されているのだ。
機械学習・ディープラーニングなど人工知能技術の発展・普及で、ビッグデータの解析・予測精度が向上していることなどがその背景にあるといえるだろう。
このように、これまでは企業側がパーソナルデータ資産をうまく活用し利益を生み出してきたわけだが、ここ最近はミレニアル・Z世代を中心とした消費者層でもパーソナルデータを「資産」として有効活用しようという動きが少しずつ活発化している。
また、個人が自分のパーソナルデータを販売できるプラットフォームやパーソナルデータ用の金庫サービスなど、消費者側の新しいニーズを反映したサービス・プロダクトも登場している。
今回はミレニアル・Z世代におけるパーソナルデータへの認識がどのように変化しているのか、そしてパーソナルデータを「資産」として捉える時代の到来を告げるサービス・プロダクトを紹介したい。
ミレニアル・Z世代、リターンを求めるパーソナルデータ共有
ミレニアル・Z世代はパーソナルデータに対してどのような認識を持っているのだろうか。アナリティクス専門のSAS社が実施した調査で、これらの世代における興味深い傾向が明らかになった。この調査は英国在住の16〜34歳のミレニアル・Z世代2000人を対象にしたものだ。
調査結果では、2000人のうち69%が「パーソナルデータを自分の生活を向上させるために活用するもの」と捉えていることが明らかになった。つまり、パーソナルデータを企業などに提供はするものの、「それには何らかのリターン/ベネフィットが伴うべき」と考えている。リターン/ベネフィットを考えずに無償でデータを提供してもよいと考えているのは12%のみ。
興味深いのはセクター別にパーソナルデータ共有への態度が異なることだ。6分野別で見たデータ共有に対する態度は以下のようになった。
もっともポジティブに捉えられているのはヘルスケアで、全体の67%がデータ共有に肯定的だった。2番目は金融で57%、3番目は公共で50%、4番目は電力・水・ガスで45%、5番目がリテールで32%、そして最下位がソーシャルメディアで28%という結果となった。
ヘルスケア分野は、データ共有が医療の向上に役立ち、将来自分が医療サービスを利用する可能性が高いためもっとも肯定的に捉えられている。金融分野では、パーソナルデータ共有により「ハイパーパーソナライズ・サービス」を受けることができるという期待から、データ共有に肯定的という。ハイパーパーソナライズ・サービスとは、自分のキャリアや消費行動から将来の給与・貯蓄レベルを計算したり、運転データから保険料を計算したりするサービスのことだ。
このように将来何らかのメリットが期待できる分野では、データ共有に肯定的な考えが半数以上となったが、ソーシャルメディアに対しては信頼などの問題で28%という低い数字にとどまった。これまでソーシャルメディアによる個人データの無断利用や第3者への無断共有などを目の当たりにしたユーザーが多く、積極的なデータ共有を控えたいと考えているようだ。
この調査結果は、ミレニアル・Z世代の多くが自分のパーソナルデータに対するコントロールやオーナーシップを持ち、それらをうまく活用してメリットを生み出したいと考えていることを示唆している。
パーソナルデータ資産を管理・運用するサービス・プロダクトの登場
パーソナルデータを「資産」として捉え、オーナーシップを持ち、運用したいというニーズは、新たなサービス・プロダクトが生まれる原動力となっている。
英国拠点のスタートアップ Ctrlio は、ユーザーが自分のモバイルやブロードバンドの利用データを共有することで、通信プロバイダー各社からそのユーザーのデータ利用量に最適化された通信プランをオファーしてもらえるプラットフォームを提供している。同社の調べでは、英国の携帯電話ユーザーの多くが自分のデータ利用量に合った通信プランを選べておらず、年間およそ44億ポンド(約6500億円)を無駄にしているという。
ユーザーはプラットフォームとパーソナルデータを活用することで、通信プランを最適化し、通信コストを下げることが可能となるのだ。通信プロバイダー側にとっても、誰が通信プランを更新するのかという情報を得られるため、無駄なマーケティングを省き、コスト削減が可能となる。
米国のスタートアップ Datacoup が提供するのは「パーソナルデータ・マーケットプレイス」だ。このマーケットプレイスでは、個人がフェイスブックなどのソーシャルメディア情報やクレジットカードの利用データを共有し、その対価として現金を受け取ることができる。共有するデータの種類によるが、最大で月額10ドルの報酬になるという。
ユーザーが共有したデータは、個人が特定できるデータを排除し、同社の匿名データプールに組み込まれる。消費者データからインサイトを得たいバイヤーとなる企業は、この匿名データプールにアクセスすることになる。ユーザーが得られる報酬はそれほど高くはないが、個人がパーソナルデータにオーナーシップを持ち、対価を得られる資産として扱える仕組みは、時代の流れを反映したものといえる。
パーソナルデータが「資産」として認識されつつあることは、ファッションブランドのブルガリがローンチしたデジタルアセット金庫アプリ「BVLGARI VAULT」にも見て取れる。
このアプリは、ブルガリがサイバーセキュリティ会社 WISekey と共同で開発したアプリで、ユーザーのパスワード、銀行データ、デジタルフォト、テキストメッセージなどのパーソナルデータをクラウドセキュアに保存することができる。
これらの情報は暗号化され、スイスアルプスの高度セキュリティ施設内のサーバーに保管されるという。アプリをアンロックするには、タッチID、顔認識、パスワード、ドットパターンを組み合わせた方法を選ぶことができる。
BVLGARI VAULT(BVLGARI VAULTウェブサイトより)
ビッグデータに関して、現状アマゾン、グーグル、フェイスブック、アップルの米IT大手が、グローバル市場でデータを占有しているとされる。日本や欧州ではこの状況を良しとせず、この独占状態を解消すべく法規制を整備し始めている。こうした流れとともに、個人がデータを「資産」として認識し始め、そのニーズに応えるサービス・プロダクトが登場しているのだ。
これらはデータを取り巻く状況が大きく変わる前兆として捉えることができるだろう。個人がデータ資産へのオーナーシップをどこまで高めていけるのか、今度の動向に注目したい。