2016年に日本を訪れた外国人が2400万人を超え、統計開始以来過去最高となったことをご存知だろうか。中国が637万人と最多となり、次いで韓国500万人、台湾400万人、香港180万人と依然東アジア勢が強い市場であることを示した。
一方、前年比伸び率で見ると少し違う表情が見えてくる。もっとも伸び率が高かったのは32.1%のインドネシアだ。このほかにもマレーシアが29.1%と伸び率で3位につけている(伸び率2位は29.6%のフィリピン)。訪日客数では、インドネシアが27万人、マレーシアが39万人だった。
インドネシアやマレーシアの高い伸び率は、「ムスリム市場」の台頭と今後のさらなる拡大ポテンシャルを示すシグナルとして読み取ることができる。
シンガポール拠点のムスリム向け旅行情報サービスを提供するクレセントレーティングによると、2013年時点で30万人とされていたムスリム訪日観光客は2020年までに100万人に達する見込みだ。主な国は、インドネシア、マレーシア、シンガポールだという。
このように日本の観光市場にとってムスリム訪日客のプレゼンスが高まっているわけだが、世界のさまざまな市場においても「ムスリムパワー」は無視できないものとなってきている。
ムスリム市場全体の盛り上がりに加え、ムスリムのミレニアル・Z世代の台頭もあり、ムスリムコンシューマーを取り巻く状況はダイナミックに変化している。今回はムスリム・ミレニアル世代の実情を伝えるとともに、ムスリム市場をターゲットにした企業の取り組みを紹介したい。
拡大するムスリム市場、ミレニアル・Z世代がけん引
ムスリム市場の規模はどれほどなのか。トムソン・ロイターの調査では、2015年にムスリム・コンシューマーによる消費額は世界で1.9兆ドル(約215兆円)に達し、2021年までに3兆ドルに拡大する見込みという。
ムスリム市場拡大をけん引するのは、ミレニアル・Z世代といった若年層だ。世界のムスリム人口は2014年の時点で17億人だったが、2030年までに22億人に拡大すると見られている。
米シンクタンクのピュー・リサーチ・センターによると、今後20年世界人口が増加すると見込まれているなかで、ムスリム層の人口増加率は1.5%と、ムスリム以外の層の0.7%を上回る。このペースで拡大していくと、2030年には世界の15〜29歳の若年層のうち、29%がムスリムになるという。
この若年層がけん引する活発な経済は、それぞれの国のGDPにも反映されている。世界にはムスリムが国民の多数を占める国が多く存在している。そのような国々57カ国で構成されているのがイスラム協力機構だ。
国際通貨基金の試算によれば、イスラム協力機構加盟国では2015〜2021年にかけて平均4.19%の経済成長率となる見込みだ。一方、その他の地域の平均経済成長率は3.6%にとどまるという。2015年のイスラム協力機構57カ国を合わせた総GDPは17兆ドル(約2200兆円)と世界全体の15%を占めている。
このほかにも、イスラム協力機構に加盟していないインドでは1億人を超えるムスリムがいる。このインドのムスリム人口は2050年までに3億人を超えるとされ、1国におけるムスリム人口が世界最大となる見込みだ。
「ミップスター」に見るミレニアル・ムスリムの価値観
これらの数字を見るとムスリム市場が若く活気ある市場であることが見てとれる。一方で、質的変化に注目しても興味深いことが見えてくる。
「Mipsterz(ミップスター)」や「GUMmies(ガミー)」という言葉がここ最近英語圏のメディアで使われ始めている。
ミップスターはムスリムとヒップスター(流行に敏感なひと)をかけ合わせた造語で、ムスリムコミュニティにおけるトレンドセッターを指す言葉として用いられる。一方、ガミーはグローバル・アーバン・ムスリム・コンシューマーの略である。どちらも、ムスリム・コミュニティにおけるミレニアル・Z世代の考えや嗜好を理解するとっかかりとなるキーワードとなる。
これらの言葉は、ムスリム・コンシューマーの消費嗜好が多様化していることを示唆するものと捉えることができるだろう。日本を含めムスリム・コミュニティとの接点が少ない国ではムスリムについて偏向的な見方をしてしまうことがよくある。このようなキーワードからムスリム・コミュニティへの洞察を深めることが重要となる。
一方、ムスリム・コンシューマーは単に消費を多様化したいと考えているだけではない。ムスリム市場に特化したブランドディング支援企業 Ogilvy Noorの調査では、ムスリムの若い世代の90%以上が、宗教的価値観が自分の消費行動に大きな影響を与えると回答した。
食べ物や飲み物について、それがハラルであることは当然であるが、それに加えサプリやコスメなど幅広い分野でそのような意識を持ち、消費の選択を行うという。自然環境への配慮や持続可能性への意識も高く、こうしたコンセプトに反するサービスやプロダクトは支持されないだろう。
続々立ち上がるムスリム市場向けプロダクト・サービス
このようにダイナミックに変化しながら拡大しようとするムスリム市場では、続々とムスリムにフォーカスしたプロダクトやサービスが立ち上がり始めている。
ハラル食品市場おいては、ムスリム向けのオンライン・デリバリーサービスに注目が集まっている。英国拠点の「HalalEat」は2013年に設立され、2015年からサービスを開始したハラル食品デリバリーサービスだ。ハラル食品に特化したオンデマンド・デリバリーサービスでは英国初という。このほかにもシンガポールで「Halalonclick」、ロシアで「HalalEda.me」などのサービスが立ち上がっている。
ファッション分野では主にムスリム市場を意識した「Modest Fashion(モデスト・ファッション)」というカテゴリが生まれ、このキーワードを軸にしたサービス・プロダクトが発信され始めている。モデスト・ファッションは肌をあまり露出しないスタイル。
ドルチェ&ガッバーナ(D&G)は2016年から同ブランド初となるヒジャブ(ムスリム女性用スカーフ)とアバヤ(ドレス)のコレクションをローンチ。バーバリーやユニクロ、ナイキもムスリム市場向けのプロダクトをローンチしている。
旅行分野は「ハラル・トラベル」とも呼ばれ、2015年の消費額は1510億ドル(約19兆円)、年間成長率は5%近い市場だ。この分野ではムスリム版Airbnbとも呼ばれるオンライン宿泊予約サービスが人気を集めている。「Book Halal Homes」や「Tripfez」などが有名だ。
「Book Halal Homes」(Book Halal Homesウェブサイトより)
このほかにも製薬やコスメなどでハラルのコンセプトを取り入れたプロダクトがローンチされたり、ムスリムに特化した出版・メディアブランドが出てきたりと枚挙にいとまがない。
世界がムスリム市場の潜在力に気づき、注力し始めたのはここ最近のこと。サービスやプロダクトのラインナップが拡充していくのはこれからだ。今後どのように拡大・変化していくムスリム市場の動向に注目していきたい。