英語は、あまり得意じゃない。だけど、英語独特の皮肉は面白いなぁと思う。
フォトジェニックに描かれた “Wish You Were Here!” の文字。知る人ぞ知るハイセンスなハワイのリノベーションホテル “The Surfjack Hotel & Swim Club” の中庭にあるプールだ。
上階から見下ろして写真を撮ると、きれいに底の文字が映る。Instagramにアップすれば「みなさん、お仕事ご苦労さま。あぁ、あなたも一緒に来ればよかったのに」と、少し得意げで自慢げな投稿になる。
この写真は、ぼくが2月に仕事の視察で泊まらせてもらった時の写真なのだけれど、帰国してすぐ、このホテルを星野リゾートが買収したというニュースを知った。
星野リゾートといえば、日本でほとんど行われていなかった宿泊施設の運用に特化した戦略や、グループとして投資法人を設立しリゾート開発に投資家を呼び込むなど、時代に即した柔軟な経営方針が常に話題だ。今回は「星野リゾート」のビジネス的な魅力を探っていきたい。
全国に広がる星野リゾート
同社の宿泊施設の中では、国内外に6箇所ある「圧倒的な非日常感に包まれるラグジュアリーホテル」をコンセプトとする「星のや」が有名だ。その土地の文化とホスピタリティが生み出す、心地よい宿泊体験に魅了されている読者も少なくないだろう。
進化した日本旅館の新しいカタチを提案した東京の大手町「星のや東京」、国内初の本格的なグランピング宿泊施設として登場した「星のや富士」など、チャレンジングなニュースが世間の話題をさらった。
「地域の魅力を再発見、心地良い和にこだわった上質な温泉旅館」をコンセプトにした「界」は、全国に14の施設がある。火山立国としての日本のアイデンティティを活かし、鬼怒川、日光、箱根、熱海など、日本全国の温泉地で運営している。後述するが、団体客を受け入れず、個人旅行客に振り切った戦略が興味深い。
「洗練されたデザインと、豊富なアクティビティーを備える西洋型リゾート」をコンセプトにした「リゾナーレ」は、国内外の一流デザイナー、建築家が手掛けるスタイリッシュなデザインが特徴で全国に3つの施設がある。
その他にも、「旭川グランドホテル」のリブランディング、スキーリゾート、15のショップが点在する観光エリア「ハルニレテラス」など、個性的な宿泊・日帰り施設を全国で運営している。
2018年春からは「寝るだけでは終わらせない、旅のテンションを上げる都市観光ホテル」をコンセプトにした「OMO(おも)」が、旭川、大塚を皮切りに全国各地で展開される。
100年以上の歴史は軽井沢からはじまった
同社の歴史は古く、1904年に遡る。草津温泉へと向かった湯治客が、復路に立ち寄る秘湯として知られていた軽井沢。次第に「美肌の湯」として評判が広まり、より多くの人を迎えたいと考えた創業者の星野国次氏が「星野温泉旅館」を開業。歴史に名を残す文化人たちにも愛された。
第ニ次世界大戦を経て旅行需要が落ち込むものの、戦後の高度成長期には国内旅行の需要が爆発的に増え、軽井沢は現在のネームバリューを獲得していく。星野温泉旅館も順調に経営をつづけていたが、同族経営による問題や、歴史を重んじすぎるがゆえの守りの経営など、問題も抱えていたようだ。
所有を捨てて、運営のプロフェッショナルに
現在の社長である星野佳路氏は、バブル崩壊直後の1991年に31歳で4代目社長に就任。慶應義塾大学経済学部卒業後、アメリカのコーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得した。海外の先進的なホテル経営を肌で感じ、これまでの方針を一新して「リゾート運営の達人になる」というビジョンを掲げた。
国内のホテル業界は、所有者と運営会社が同一であることがほとんだ。しかし、宿泊施設が供給過多になっていた旅行業界においては、土地や建物を所有することは大きなリスクになる。一方で、あまり利用されていない宿泊施設が余っていく。所有者と運営会社を分けることで投資家が参入できるようになることも利点だ。運営会社に特化することに活路を見出し、成功事例を1つずつつくっていった。
星野氏は、観光業界への投資を強く意識しているようだ。所有者と運営会社を分ける戦略だけでなく、「星野リゾート・リート投資法人」を設立し、宿泊施設及び付帯設備への投資信託を運用している。
「私たちが最終的にREIT(不動産投資信託)にたどりついた理由は、不動産の価値と運営会社の能力が生み出す価値を切り分けていくことによって、投資家が何に投資しているのかを明確にできると考えたからです。所有側は不動産の価値の最大化のために意思決定をする。運営側は資金調達をして運営のしくみに投資する。所有側と運営側の役割を切り分けたうえで、協力して相乗効果を出していくわけです。これは1980年代から世界のホテル業界がやってきたことです。ハイアットもマリオットもヒルトンも、それで急激に世界中に進出しました(日経不動産マーケット情報より)」
インタビューでこのように語る星野氏は、世界のスタンダードと、時代の変化を敏感に察知した変革を行った。結果はご存知の通り、ひとつの旅館を、日本を代表するホテルチェーンに押し上げたのだ。
主体的な「おもてなし」がスタッフをモチベートし、最大の武器になる
同社の宿泊施設は、そのアイデンティティである日本旅館の「おもてなし」を全面に押しだしている。採用ページに、分かりやすく書いてあるので抜粋しながら解説していこう。
「西洋型の基本的なサービススタイルが「主人」>「執事」の上下関係であるのに対し、“おもてなし”は、「主人」=「お客さま」が対等であるという、主客対等の考え方が基本にあります。(中略)この“おもてなし”の精神を私たちは、「日本旅館メソッド」として実現しようとしています。
全国各地で日々お客さまに接しているスタッフが、おもてなしの素材(その土地・その季節の魅力)を見つけ出し、丁寧に磨き上げ、お客さまに提供しています。日本旅館メソッドは旅館事業だけでなく、ホテル、ブライダル、スノーリゾートでも同様に発揮できるものです。
私たち一人ひとりが、もてなしの“主人”であるという自覚のもと、お客さまにこの時、ここでしかできない体験をお届けする役割を担っています」
西洋型のサービススタイルは主人からの「要望」に執事が「応える」というスタイル。一方、日本型のおもてなしは、主人と執事が対等であり、執事が主体的にサービスを提供することで、かゆいところに手が届く接客を可能にする。宿泊客にとって心地よいだけでなく、スタッフが常に向上心をもって仕事に取り組めるという効果もあるのだ。
好評ぶりは調査や格付けにも表れている。「2015年日本ホテル宿泊客満足度調査」では、1泊15,000円~35,000円未満部門で「星野リゾート リゾナーレ」が1位を獲得。「ミシュランガイド京都・大阪2018」では「星のや京都」が6年連続で最高ランクの評価を得ている。
「日本旅館」をカテゴリーにして世界に提案する
星野氏は「日本旅館」をホテル業界の1つのカテゴリーにしたいと常々語っている。日本にあるから日本旅館ではなく、西洋型の「ホテル」というカテゴリーが世界中にあるように「日本旅館」というカテゴリーの宿泊施設が世界中にあるイメージだ。
星野リゾートは海外への「星のや」ブランドの展開や、ホテル買収を行っている。「星のや」はバリにもあるし、タヒチには「星野リゾート Kia Ora(キアオラ)ランギロア」がある。2016年には “Hoshino Resorts Hawaii LCC“ をハワイに成立し、冒頭の “The Surfjack Hotel & Swim Club”を買収している。国内の施設も、日本型のおもてなしを求めて、インバウンド需要を確実に捉えている。
「やめる」ことでアップデートできる価値
同社を調べていく中で、興味深いと思ったのは、星野氏の「やめる」ことで広げる経営戦略だ。最たる例は、運営会社に専念したことだが、他にもある。
温泉旅館シリーズの「界」では、団体客を捨て、個人旅行者のみをターゲットにした。宴会場など、団体客向け施設を省略でき、ネット予約にマーケティング・チャネルを絞ることができる。また「界」に限って、大手の宿泊予約サービスは「じゃらんnet」のみ利用している。その理由に関して星野氏は過去のインタビューでこう語っている。
「OTA(オンライントラベルエージェント)のマーケティングを成功させるポイントは、そのOTAに最適化された対策をしっかりと打てているかどうかだったんです。各OTAで、マーケットの状況や検索・掲載順のアルゴリズムは異なっていて、それらをすべて理解し、最適な対策をとろうとすると、どうしてもリソースが足りなくなります。でも1つに絞れば、少なくともじゃらんnet上では最適化することができる。最適化のノウハウも蓄積されていきます(ダイヤモンド・オンラインより)」
入り口を絞ることで、様々なサービスから漫然と予約をうけるのではなく、掲載順のアルゴリズムなどを熟知し、適切な対策を行えるようになるわけだ。
冒頭で紹介した “The Surfjack Hotel & Swim Club”は、ワイキキ最大の魅力であるビーチに面してない。他のホテルと比べると非常に不利な条件でありながら、リノベーションのセンスの良さや、セレクトショップやコーヒースタンド、レストランに漂うローカルな雰囲気で、他のホテルにはない魅力を持っている。
過去の記事で、価値が無いと思われていたものをアップデートして価値を生み出す事例を紹介した。
運営がうまくいかない国内宿泊施設を運営し、魅力ある宿泊体験をつくりあげてきた星野リゾート。今後は、日本だけでなく、世界で価値をアップデートした宿泊体験や観光体験、日本のおもてなしを堪能できる日がくるだろう。ニューヨークで、パリで、ロンドンで、「日本旅館」が愛される未来にワクワクする。
img:星野リゾート