芸能人だからこそできる起業と投資。北米セレブ達のスタートアップ・キャリア

アメリカではセレブリティによるスタートアップ投資や起業が盛んだ。

セレブたちは、芸能界のなかでしっかりとビジネスセンスを磨き、セカンド・キャリアとしてスタートアップに積極的に挑戦していく。

今回はスポーツ選手と俳優、2人のキャリアを辿りながら米国の有名人が持つスタートアップに対する姿勢や関わり方を見ていきたい。

スター選手だからこそ生まれた2つの起業アイデア

最初に紹介するStephan Curry(以下、ステファン氏)は、バスケットボールチームのスター選手だ。カリフォルニア州オークランドに拠点を持ち、2015〜2016年度シーズンで全ゲームの84%で勝利を挙げる快挙を達成したバスケットボールチーム「Golden State Worriers(以下、ゴールデンステート・ウォリアーズ)」に彼は所属している。

現在、ステファン氏は2社のスタートアップと関わっている。

マーケティングサポートツールを開発する「Slyce(スライス)」の共同創業者として、そして地元のスポーツインストラクターとのマッチングを行う「CoachUp(コーチアップ)」にはアドバイザーとして参加している。

ステファン氏にとって両社との関係は、引退後に歩むであろうビジネスキャリアの土台になるだけでなく、現役キャリアを飛躍させることにも寄与している。

インフルエンサーとしてチームを代表するステファン氏にとって、スポーツブランド側との多大なコミュニケーションコストは両者にとって課題であるという認識があった。

「Slyce」はインフルエンサーマーケティングの煩雑さを自動化することで解消するツールとして開発された。まさに、ステファン氏の現在の仕事をサポートするツールとしてサービス提供されている。自らがインフルエンサー業界の「中の人」だからこそ感じる課題点を製品開発に落とし込んでいった形だ。

「Slyce」に対しては投資家からの評判も良く、立ち上げから2年で200万ドルを超える資金調達を行っている。スタンフォード大学が設立した起業家支援団体「StartX(スタートエックス)」からも出資を受けているのが、シリコンバレーの投資家から信頼されている証拠だ。

「CoachUp」も同様にステファン氏のキャリアが生かされている。「CoatchUp」はスポーツインストラクターによる1対1での指導を受けたいニーズを持った人と、ローカルで活躍するスポーツインストラクターを繋ぐマッチング・プラットフォームであり、累計で940万ドルもの投資を受けている。

プロ選手になる前、バスケットボールのスキルを経験者から学ぶ機会が足りなかった自身の経験が生かされたサービスであることが垣間見える。「CoachUp」のようにスポーツ選手育成の土壌作りは、引退後のキャリア形成にも役立つだろう。

選手の起業家精神を後押しする、「テック・スポーツチーム」

私はサンフランシスコで開かれたテックイベント「TechCrunch Disrupt(テッククランチ・ディスラプト)に登壇したステファン氏のセッションを聞いたことがある。そこで感じたことは以下の2つだ。

1つは、ステファン氏が自身の持つ課題に対してのソリューションを形にする起業家精神を持っていること。周囲のスタッフに上目遣いな態度で活躍する選手ではなく、課題があれば周囲の人を巻き込みながら解決していく。

自らスポーツ市場を盛り上げていく選手であり起業家である、いわば「マルチ・キャリアマン」である点は、専門性だけを求められる日本の芸能界とは違って見える。

もう1つはステファン氏の置かれた環境が、スタートアップ支援を後押ししていること。ステファン氏はバスケットボールチームというより「テック・スポーツチーム」に所属しているという印象であった。

ゴールデンステート・ウォリアーズでは、モーションセンサーを用いた撮影機材を使ってシュート練習の結果をソフトウェアで分析していく。練習靴にも体重移動を計測するセンターを入れ、シュートまでのステップ移動の効率化をデータを使って測っている。また、怪我からの復帰を最短にするためのサポートシステムや、ファンとのコミュニケーションにもスタートアップのサービスを積極的に取り入れている。

スタートアップを当たり前のように意識するチーム環境にいることがスター選手の起業を促していると感じた。

映画界から動画配信プラットフォームまで、スタートアップとのパイプラインがスポーツ業界を動かす

「テック・スポーツチーム」として成り立つ理由で挙げられるのはオーナーの姿勢だ。大きな起点となったのは2010年である。

シリコンバレーに拠点を持つベンチャー投資ファンド「Kleiner Perkins Caufield & Byers(以下、KPCB)」が4.5億ドルで「ゴールデンステート・ウォリアーズ」を買収し、大口オーナーとなった。代表オーナーはKPCBで長年働くJoe Jacob(以下、ジョー氏)。

ジョー氏はソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントのCEO職を歴任し、同じく「ゴールデンステート・ウォリアーズ」のオーナー及び著名野球チーム「ロサンゼルス・ドジャース」の共同オーナーであるPeter Guber(以下、ピーター氏)や、YouTubeの共同創業者であるChad Hurleyを「ゴールデンステート・ウォリアーズ」のサポーターとして引き込んでいる。つまり、電話一本で業界のドンに繋がる体制ができているのだ。

また、ジョー氏の投資先にはアスリートの活動計測機能を搭載したスマート・スポーツスーツを開発する「Athos(エーサス)」があり、「ゴールデンステート・ウォリアーズ」では積極的に同製品に使われていたりする。また、ピーター氏が所有する「ロサンゼルス・ドジャース」はスタートアップを育成する「Dodgers Accelerator(ドジャース・アクセラレーター)」も運営しているので、野球界からやってくるエンタメやスポーツテクノロジーとの連携も可能だ。

映画界から動画配信プラットフォームまで、幅広い分野のトッププレイヤーへのパイプラインを持つ「ゴールデンステート・ウォリアーズ」。このようなスタートアップに深い見識と理解あるオーナーの影響もあり、選手が起業家として事業を始めたり、スタートアップ製品が活用される良いサイクルが回っているのが北米のスポーツ業界であるといえよう。

ジョブズを演じたあの俳優は、スタートアップへの投資実績も群を抜く

俳優として活躍しながら、素晴らしく好成績なファンド経営及びスタートアップ投資をしている人物に「Ashton Kutcher(以下、アシュトン氏)」がいる。

2013年にはアップル社の創業者、ステーブ・ジョブスを題材とした映画「Jobs(ジョブス)」で主役を見事に演じきった。

アシュトン氏の投資ポートフォリオは素晴らしい。民泊サービスの「Airbnb(エア・ビー・アンド・ビー)」から映像会話サービスの「Skype(スカイプ)」、配車サービスの「Uber(ウーバー)」など、今となっては有名なスタートアップに初期から投資をしている。

アシュトン氏の投資哲学は、iPhoneが登場した2007年頃から大きく培われたとロサンゼルスで開催されたAirbnbのイベントで語っている。

アシュトン氏「初代iPhoneが開発された2007年からユーザーの価値観に大きな変化が表れました。『誰もが手元で使えるコンピュータ』として登場したiPhoneの浸透によって、ユーザーのテクノロジーに対しての理解度が徐々に高まり、数多くのコンシューマー向けのサービスが積極的に受け入れられるようになったんです。

同時に、よりシンプルなデザインやユーザー体験が好まれる傾向とビックデータの活用が叫ばれるようになりました。直感的に理解して使えるサービスを通じて集まったデータ活用によって、人々が簡単に繋がれる世界を想像することができたので、AirbnbやUberなどへの投資に至ったのです」

よりシンプルなサービスがコンシューマーに受け入れられると感じた10年前の転換期において、アシュトン氏は私たちの「普通の生活」はデータによって大きな変革をもたらされると信じ、スタートアップに投資をしてきたのだ。

俳優兼投資家が掲げる4つの投資哲学

「利用者が直感的に理解できるものへ投資する」ーーこれは、アシュトン氏が数多くのインタビューで語る代表的な投資哲学だ。以下では、その他4つの思想を紹介したい。

  1. 挑戦を恐れず、垣根を越えていけるスタートアップ
  2. 製品を売り込むためのストーリーテリングが上手いスタートアップ
  3. 既存の課題をテクノロジーを使って解決する製品・サービス
  4. アップルが「パソコン」という製品を一般の人向けに開発してきたように、これまで理解されていなかった概念を普通の人でも理解できて、使えるようにした製品・サービス

一般消費者から自分がどのように見られているのかという視点や、「どう上手くストーリーを伝えるべきであるのか」といった起業家が問われる資質を自ずと培ってきたのがアシュトン氏だからこそ掲げる哲学であると思われる。

「マルチ・キャリア」が日本の芸能界にもたらすポテンシャル

現在、日本の芸能界で活躍する著名人はどのようなキャリアを築いているのだろうか。

私は長年アメリカに住み、久しぶりに日本に帰ってきてテレビ番組を見ていると、「芸能人は淡々と仕事をこなしている」を印象を受けた。

決して、楽な仕事をしていると言っているわけではない。単に業界の非効率や課題に対して何も感じず、それを良しとして仕事をしているような姿を想像してしまったのである。

よく芸能人やプロ野球選手が、現役活動を終えた後の人生を特集したTV番組が流れるが、あれを観ていても非常に勿体無いと感じた。

よりビジネス視点で芸能界を見た際に、スポーツ業界はもちろん、有名人事務所のマーケティングの手法など、ディスラプト(破壊)を起こせる分野や可能性は大いに眠っていると感じるからだ。

例えばアメリカの素人お笑い芸人が、売れない雑貨やガジェットを1-2分の動画で紹介する新たなソーシャル動画アプリ「MikMak(ミクマク)」は300万ドル越えの資金調達を行っている。

同アプリにはニューヨークに拠点を持つブランドコンテンツ制作事務局であり、著名ソーシャルマーケターであるGary Vaynerchuk(ゲイリー・ヴェイナチャック)氏が代表を務める投資ファンド「Vayner Media(ヴェイナチャックメディア)」も投資をしている。

元人気アイドルグループの3人が所属する「新しい地図」の動きが注目されているが、上記のような例と比べると、まだまだ遅れをとっている感が否めない。芸能の市場が決して小さくない日本だからこそ、革新的なアイデアによって新たな市場が開けるのではないだろうか。

女優の柴咲コウ氏が最近Eコマースやメディア運営を主体とした事業を立ち上げた。日本経済新聞では「芸能人の起業としては珍しい形となる」と指摘されている。

だが、今後は芸能人が起業家という二足の草鞋を履くことが当たり前になる「マルチ・キャリア」な世界が浸透していくだろう。

そうなることで、スタートアップにとっては参入領域が広がり、芸能人にとっては才能を生かす場が多様に広がるという意味で世の中がより良い流れになると、ステファン氏とアシュトン氏の経歴を見ていると感じる。

images:Alan Light, Keith Allison, Golden State Warriors, Michael Tipton, TechCrunch, JD Lasica, Balint Földesi

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