短期間で急速な成長を遂げるスタートアップにとって経理・法務・労務などの管理業務は大きな課題である一方、スタートアップ界隈でそうしたノウハウが共有される機会は決して多くない。

資金調達やプロダクトの開発など、スタートアップの表舞台を支える管理業務を、効率的に遂行するにはどうすればいいのだろうか。

AMPでは、アメリカン・エキスプレスと共に主に国内のスタートアップのより一層の成長を支援する企画として「AMERICAN EXPRESS INSIGHT for STARTUPS」をスタート。

連載やリアルなイベントなどを提供し、事業や組織の成長を後押ししていこうという企画の一環で、11月7日に行われた「スタートアップを成功に導く『会計エコシステム』100社支えてきた会計士に学ぶ、スタートアップの会計戦略」の内容を紹介する。

より事業に集中するために必要な「会計エコシステム」

第一回目のイベント「スタートアップを成功に導く『会計エコシステム』100社支えてきた会計士に学ぶ、スタートアップの会計戦略」では、「会計」をテーマに取り上げた。同イベントでは、管理業務を効率的に回すための知見が共有された。

ゲストスピーカーは、シード期のスタートアップの管理業務をトータルで支援する『Kepple会計事務所』代表の神先孝裕氏をゲストに迎え、これまで神先氏が支援してきたスタートアップの数は約140社に上る。資本政策や事業計画の策定など、シード期のスタートアップに対して管理業務に関する支援を行ってきた。並行してスタートアップと投資向けプラットフォーム『FUND BOARD(ファンドボード)』の開発運営にも携わっている。

スタートアップが最小限の労力で最大限の成果を出すために、管理業務や会計の領域でどのようなエコシステムを構築すべきなのか。事業の成長を促すために必要な考え方から取るべきアクションまで、会計に関して豊富な知見を持つ神先氏に語っていただいた。

陥りがちな罠に落ちないために、気をつけること

まず、神先氏の経験をもとにスタートアップに起こりがちな失敗事例が共有された。

神先氏が、最も多いと指摘するのは記録漏れによるトラブルだ。とりわけシード期のスタートアップは「まだ細かく管理するタイミングじゃない」と判断し、金銭にまつわる記録が雑になりがちだという。

神先氏はシード期においても、お金のやりとりは丁寧に記録すべきだと語る。

「例えば、口座から現金を引き出した際に利用履歴を残さないと、使途不明金という扱いになり、最終的に社長が返済義務を追います」

立ち上げたばかりの会社で管理体制ができていないからこそ、どこから得たお金を何に使ったのかという流れを記録する仕組みを整える必要がある。また、外部から出資を受けるケースでも気をつけるべきことがある。

「出資を受けたのに株主にも通知していない場合、増資が無効になるリスクを負ってしまう恐れもあります」

また「身近な知り合いから出資を受けたようなケースでも、必ず株主総会を開き、議事録を残しておく」ことを付け加えた。増資時には株主への報告が会社法で義務付けられているためだ。ついうっかり、で忘れないようにしなければならない。

スタートアップでは従業員の労務管理でも事故が起こりやすい。神先氏が担当したスタートアップでは、源泉所得税を引き忘れて給料の額面を全て支払っているケースもあったそうだ。従業員だけでなくインターンの給料についても留意すべき点は多いという。

「スタートアップでは月数万円でインターンを雇用するケースも多いですが、フルタイム社員とほぼ同じ時間働かせていた場合、最低賃金法違反になります。インターンであっても労働条件に合わせて必ず労務契約を結んでおかなければいけません」

フェーズによって適切な管理業務体制を構築する

神先氏が挙げたようなトラブルを避けるためにも、効率よく管理業務を行う体制を構築していくことが必要だ。神先氏はスタートアップのフェーズに合わせて、体制を変えていく方法を説明する。

まず、設立1、2年目のフェーズだ。この段階では、管理業務を行う専任の社員は採用せず、全体を把握する社長と雑務を行うインターンの二人体制を推奨している。

「会社が取引先に支払っている額を社長が把握できていれば、事業の状態をより的確に掴めるでしょう。社長が支払い作業を担当することで、他メンバーの横領のような万が一の事態も未然に防げます」

この体制からの変更が必要になるのは、社員数が20〜30人ほどに達したタイミングだという。神先氏は「細々した雑務にも対応できる経理経験者を雇うべき」と述べ、「できればフルタイム」など詳細な属性を加えた。

「経理担当は会社のお財布を全て把握する立場のため、社長が信頼できる人でなければいけません。ミッションに共感し、社長からの要望に応えようとフルコミットしてくれる人が最適でしょう」

さらにフェーズが上がり、上場準備に入る段階になると管理業務チームのマネジメントを担うCFOの採用が不可欠となる。

「管理チームメンバーの採用は、CFOを雇ってから行うべき」–そう神先氏は考えている。CFOや役員の意図を汲み、チームの一員として動く人材を集めるために、CFOが採用に携わるのが理想だという。

「会社の拡大に対応できる管理体制を構築するには、ただスキルのある人を揃えるのではなく、ちゃんと指揮命令系統や役割分担を踏まえてチームを作る必要があります。管理チームのマネジメントを担うCFOが就任してから、管理チームに足りない人員を採用していくことが望ましいですね」

開発プロジェクトのように管理業務をマネジメントする

プレゼン後は会場からの質問も交えながら、管理業務体制の立ち上げ時に踏むべき手順や人材の採用、管理体制のボトルネックについて具体的な事例とともに話し合った。

「管理体制を作り上げていく、最初のステップにはどんなことが必要ですか」の質問に対しては、神先氏は「とにかくタスクを全て書き出すべき」だと述べた。

「何をやらなければいけないかが把握できていない状況のまま進むと、落とし穴にはまります。まずは、管理業務に関わるタスクを全て書き出し、テーマごとに分ける作業から始めるといいでしょう。そこから細分化して毎月のタスクを誰に割り振るかを決めていく。スタートアップの方が開発プロジェクトを計画するのと同様の思考ですね」

書き出せるのは自分が認識できているタスクだけ。認識の範囲外にある業務は、自分たちだけで書き出すと漏れる可能性もある。その場合「税理士など専門家に聞く」のがベストなやり方だと付け加えた。

「売上」を高めて管理体制を構築する体力をつける

立ち上げた後に、管理体制を構築するタイミングをどのように判断すべきかという質問に対して、「売上」が指標になると見解を示した。

「会社にとってまず重要なのは売上です。売上を高めて、管理業務を担う人を雇う体力をつけるのが最優先でしょう。その後、売上が安定し、組織が拡大し始めれば、徐々にバックオフィス業務が複雑化してしまう。そうなれば、予算を割いて管理体制を作り始めるタイミングになってきます」

売上の伸びに合わせて組織の規模が成長すると、また管理に力を入れる必要が出て来る。

「売上の次は、組織の規模を基準に管理体制の構築タイミングを判断すると良いでしょう。規模が15名前後になってくると、複雑さが増してきて管理コストが上がってきます」

また、神先氏は「どこまで内製化するのか」についても、フェーズに応じて見直すべきだという。具体的な基準として挙げたのは、コスト以外に「聞きたいと思った情報をすぐ聞ける体制になっているか」という視点だ。

「今すぐ知りたい情報が増えてきたら、内部に専門的な人材を置いた方が確実にプラスです。すぐに返答が必要な問い合わせが来るような顧客や問い合わせ頻度が高い顧客に対しては、社内に担当者を置くよう提案する場合も多いですね」

管理業務体制を担う人材をどのように選ぶか

管理業務の担当者を置くとなった際に、人材の採用はどうすれば良いのだろうか。2年後の上場を見据えた参加者が「CFOの採用におけるポイント」を尋ねると、神先氏は「理想のCFOの人材像を固めるべき」とアドバイスを送った。

「CFOの採用には2つの軸で考える必要があります。まずは経験のある年配の方か経験の浅い若手なのかという軸が重要です。会計や税務など管理業務は経験年数と知識が比例します。そのため、年齢と知識が比例します。

もう一つの軸も重要で、それは会社のカルチャーにフィットするか否かという軸です。若い方の方がカルチャーにフィットする可能性は高い。スタートアップの場合は、大企業で必要な幅広い業務をカバーするために必要な知識を備えている必要はありません。そのため、私は経験が浅くとも、カルチャーにフィットする若手をCFOにおすすめしていますね」

「CFOを雇う前段階の『雑務もこなす経理担当者』はどう探すべきか」という質問が挙がると、神先氏は「スタートアップ界隈だけではなく、しっかり仕事をこなす人材を探すべき。例えばハローワークなどで探すのも一つの手段」とアドバイスした。探すのは簡単ではないが、「スタートアップの面白さに気づき、のめり込んでしまう人」を採用できれば、カルチャーのズレも起きにくいという。

乗りこえるべき管理業務のボトルネックとは

人材を集めて管理業務チームを構築し、業務を回し始めてから発生しがちなボトルネックもある。神先氏は、発生しやすいボトルネックの例としてクラウドツールの導入と書類集めの2点を挙げた。

「管理業務系のクラウドツールでは、登録する銀行口座との連携やクレジットカードとパスワード設定など、初期のセットアップ項目が多い。ここでつまづいてしまうケースも見受けられます。手間が多いので、後回しにしてしまうんです。

また、取引先からの請求書やクレジットカードの明細など、記帳に必要な書類集めの作業も、社長が自ら行うには手間がかかりすぎます。紙用のボックスを置くなど、一見細かな工夫の積み重ねが、効率的な体制作りに欠かせません」

最後に、神先氏は「プロダクトの開発と同じ改善の手法」を管理業務にも取り入れるよう、スタートアップに対して意識の転換を呼びかけた。

「スタートアップは、プロダクト開発では素早くオペレーションの改善を回していると思います。全く同じことを管理業務において行うだけで確実に効率化が実現できます。私自身からの経験からも、開発オペレーションの方が管理業務のオペレーションより複雑だと感じました。開発体制が構築できているスタートアップは、基本的な知識さえあれば管理業務体制は構築できると伝えたいですね」

スタートアップの管理業務を効率化する3本柱

神先氏のお話からは管理業務システムの構築とプロダクト開発に共通する要素が伺える。リソースを洗い出すためのタスク整理、売上や組織の規模に応じたプロセス・体制の見直し、そして目的を理解し的確に動くチーム作りの3つだ。

これら3つの要素を着実に実施し、改善を積み重ねることが、「会計エコシステム」を回す上で欠かせないだろう。

スタートアップに馴染み深い手法を応用することで、管理業務においても効率化への道が見えてくるはずだ。神先氏が好例として取り上げた社長のように、まずは興味を持って管理業務にも関わろうとする姿勢が、スタートアップを率いる人材に求められる。

Photographer: Kazuya Sasaka