「高い買い物」とはどんな消費を指すだろう。いくらからが「高い」かは、人それぞれの価値観だ。筆者の最近の大きな出費と言えば、カメラのレンズだろうか。いや、コト消費も含めるとヨーロッパ旅行にも多く出費した。

何かを購入するとき、“コストパフォーマンス”という考え方は理にかなっている。「その商品が価格に見合うだけの価値を持つか」と考えずに購買行動をする人は決して多くはないはずだ。

購入を決定する前段階で、その商品が自分にとってその値段に見合う価値があるだろうと期待し、あらかじめ納得した上で購入している。さらに桁数の増える住宅や車、結婚式といった大型出費では、何カ月間も情報を集め、慎重に決定されるケースが多い。

一方、日常生活のなかでは自分にとっての価値が曖昧なままお金を支払っているものもある。その一つが病院や薬だ。素人には費用対効果の測りづらいこれらのサービスを、私たちは大して疑問に思うことなく出費してきた。

しかし、先月医薬品業界から飛び込んできた一本のニュースが「お金を払う」ことを再考するきっかけとなるかもしれない。

効くか分からない高額医薬品に数千万円は払えない……

日経新聞によると、スイスに拠点を置く医薬品世界2位のノバルティスは、薬が効いた患者にのみ支払いを求める「成功報酬型」の薬を日本で販売できるよう政府に働きかけているという。

対象となるのは、小児・若年者の急性リンパ性白血病の新薬「キムリア」。現在、厚生労働省が導入を検討中だが、これが認められれば成功報酬型の薬は国内初となる。

米国では今年8月、一部の患者に向けてキムリアを、成功報酬制度で導入することが承認された。治療が成功した場合には、47万5千ドル(約5,300万円)の費用が報酬として支払われることとなる。

なにをもって「成功」と定義するかがこのビジネスモデルの鍵となりそうだが、米国キムリアのケースでは、1カ月後に腫瘍が検出されない場合に、薬による効果とみなして前述の金額の支払いを求めるという規定だ。

超高額医療費として記憶に新しいのは、画期的な抗がん剤であると注目された「オプジーボ」の例だろう。年間でおよそ3,500万円にものぼる薬価の高さが問題視され、今年2月には販売元の小野薬品工業が50%の薬価の引き下げを実施した。

がんと闘う患者やその家族は、藁にもすがる思いで高額医療の導入を決めることだろう。しかし、当人に効果を発揮してくれるか分からない治療に対して、年間3,500万円の負担を、即座に首を縦に振れるほど裕福な家庭ばかりではない。

成功報酬型の仕組みであれば3,500万円(のうちいくらかの自己負担分)を支払うことになるのは、効果があった場合のみ。効果がなければ別の薬への切り替えを素早く判断ができることにもつながるだろう。

「費用対効果」の考え方は、ビジネスの新しい扉を開くか

成功報酬型のビジネスモデルは、さまざまな領域で導入されている。例えば、人材業界。4週間で掲載料〇万円という広告型商材もあれば、入社に至った場合にのみ一人あたり年収の約3割という成功報酬型の仕組みもある。

一般的に、後者の方が割高になるケースが多いが、それでも成功報酬型サービスが好まれる理由の一つとして、効果が不透明なものにお金を投じたくないという企業の思惑がうかがえる。

今回のノバルティスの件も、過去の実績から成功率が約8割と分かっていれば、メーカー側もコストを算出しやすい。仮に2割が効果を示さず売上が立たなくとも、成功報酬型という新しいビジネスモデルを医薬品業界に用いたという話題性から、マーケティング上のメリットもあるだろう。

筆者は、本件が教育ビジネスの持つ課題感にも近いものを感じている。大学への入学前、オープンキャンパス等はあるものの、教育カリキュラムや教授のプロフィール、過去の卒業生といった実績からしか判断することができず、自分に「合う・合わない」は実際に入学してみないことには分からない。にも関わらず、私立の場合だと事前に入学金と初年度の学費で100万円近くの出費となる。

英会話スクールや大学予備校といった、目的が明確な教育サービスには、成功報酬に近い「返金制度」が用意されていることもある。しかし、大学の場合は「どんな能力を得られる場所か」の定義が曖昧なためか、そのような制度を導入している事例は聞いたことがない。

今回の一件で、これまでビジネスモデルが単一的だった業界においても「費用対効果」という観点が加わった。「価値に対する報酬」の考え方は、プロダクトやサービスの質を向上させる機能を持つ。

税金や保険などに対しても、「何にお金を払っているのか」は知っておいて損はない。消費者側も事業者側も「お金を払う」ことを改めて考えることは、これからのビジネスモデルに新たな扉を開くことに繋がるかもしれない。

img: PEXELS