AI・ロボットによる「技術的失業」のインパクトを最小化、ITジャイアントたちの試み

2013年、今後10〜20年で現在の雇用の半分ほどが自動化されてしまう可能性を示した、オックスフォード大学研究者らの論文が話題となった。当時はまだ人工知能(AI)の活用がそれほど進んでおらず、そんなことは起こらないだろうと考えていた人も多かったのではないだろうか。

一方でそれ以降、囲碁人工知能、自動運転車、チャットボット、受付ロボットなど、人工知能・ロボット分野の発展は目覚ましく、人工知能やロボットが既存の仕事を代替してしまう「技術的失業」が現実味を帯びてきていると言われている。

しかし、技術的失業は人類の歴史上絶え間なく起こってきたことで、今に始まったことではない。蒸気機関や電気など、当時の先端テクノロジーが普及したことで失われた職業は多数あるだろうが、同時にそれ以上の新たな職業が生まれてきた。

重要なのは、人々が新しい知識・スキルを身につけ、新しい環境に適応できるかどうかなのだ。

今、米国ではデジタル社会の深化を目指し、IT大手によるデジタル人材開発を加速する新たな試みが始められている。どのような取り組みなのかを紹介しながら、人工知能・ロボット時代の本格化を見据えた生き残りの術を考えてみたい。


街中のさまざまな場所で見かけるようになったPepper Photo by Alex Knight on Unsplash

グーグル、マイクロソフトなど、デジタルスキル支援で動き出すIT大手

グーグルはこのほど10億ドル(約1,200億円)を投じた労働者支援の新たなイニシアチブを開始することを発表し、話題を呼んでいる。

このイニシアチブは非営利団体や教育サービス企業などと提携し、いくつかの具体的なプログラムのもと、米国国内の労働者にデジタルスキルトレーニングを提供するもの。プログラムの1つ「Grow with Google」では、グーグル製品活用方法のトレーニングを提供し、プログラム受講者の職探しや起業の支援を行うという。


Grow with Google

また、職業訓練支援非営利団体グッドウィルとも提携。この提携ではグーグルが1,000万ドルの補助金を提供するほか、グーグル社員1,000人が今後3年間で120万人にデジタルスキルトレーニングを行うという。グッドウィルは1902年設立された非営利団体で、社会的不利な立場にある人びとに対して職業訓練やキャリアアップ支援を行っている。

グーグルに先立ち、マイクロソフトも同様のイニシアチブを開始することを明らかにしている。今年6月マイクロソフトは、米マークル財団と提携し、同財団が実施している職業訓練イニシアチブ「Skillful」を拡大すると発表。マイクロソフトは2,580万ドル(約30億円)を出資するほか、デジタルスキルトレーニングのノウハウを提供する。

現在、米国では1989年に比べ高卒者の雇用数は730万減少している。一方で、熟練労働者不足で、600万の職が埋まっていない労働ミスマッチが起こっているという。Skillfulは、このミスマッチを解消することを目的に、主に高卒者向けに需要の高いスキルのトレーニングを提供している。マイクロソフトとの提携で、この取り組みをテコ入れしていくことになる。

このほかにもフェイスブックやアマゾンもデジタルスキルトレーニング支援に関わる取り組みを発表している。

フェイスブックのシェリル・サンドバーグCOOが今年6月デトロイトを訪問した際、デトロイトの労働者向けにデジタルスキルトレーニング支援を2年間に渡り行うことを明らかにした。これはデトロイトで働く3,000人の労働者を対象にしたもので、ソーシャルメディアマーケティングやコーディングのスキル習得にかかるコストをカバーする。

フェイスブックは将来、デトロイト地区に進出する可能性が噂されており、それを見据えた人材開発の狙いがあるともいわれている。


アマゾンの福利厚生プログラム「キャリア・チョイス」

一方でアマゾンは1月、フルフィルメントセンターで働く従業員向けの福利厚生プログラム「キャリア・チョイス」を開始すると発表。このプログラムは従業員がデジタルスキルなどを高めるための教育訓練費の95%を援助するもの。このプログラムで得たスキルは、将来アマゾン以外で使ってもよいという。フルフィルメントセンターが将来的に自動化されていくことを見据えた取り組みと考えられている。

問題は雇用減少ではなくスキルミスマッチ

このように続々とスキルトレーニング支援を明らかにするIT大手。人工知能やロボットによる自動化が雇用を奪うという考えが広がり、その矛先がハイテクIT企業に向けられていることが背景にあるといわれている。

しかし一方で、直近では雇用は増え続けているのが現状で、人工知能やロボットの登場で雇用の絶対数が減っているわけではない。

先に述べたように、米国では600万の求人が埋まっていない状態にある。これは2017年4月に米労働省が発表した数字だが、史上最多の数字として各メディアが報じていた。

つまり、米国においては、これまでにないほど企業が意欲的に求人を募っているということになる。しかし、これらの求人が埋まっていないのは、企業の求めるスキルと労働者のスキルがマッチしていないからというのが最大の理由なのである。

スキルミスマッチが拡大する理由の1つは、市場の変化が非常に速く、同じスピードで新たな知識・スキルを習得することが難しくなっていることが考えられる。また、求められるスキルのレベルも上がっていることも背景にあるだろう。

さらにデジタルスキルの場合、包括的かつ実践的に学習できる環境が整えられていないこともスキルミスマッチを拡大させる要因になっているのかもしれない。デジタルマーケティングやコーディングを学ぶコースはオンライン学習プラットフォームで多く見つけることができるが、それが仇となり、どこから手をつけていいのか分からないという状況につながっていることも多いはずだ。


オンラインコース大手「Udemy」

そんな中で、IT分野の先端をいくグーグルやマイクロソフトなどがイニシアチブを取り、デジタル分野を中心とした人材開発を加速させることはミスマッチ解消になんらかのインパクトをもたらすのではないだろうか。デジタルスキルのなかでも、具体的にどのような分野の人材が求められているのかを把握しているだけでなく、育てた人材が活躍する場を与えることもできるからだ。

この先、汎用人工知能が登場するようなことがあれば状況はガラリと変わるのかもしれないが、それまでは企業側も労働者側もスキルミスマッチを埋める努力をすれば、技術的失業の影響は最小化できるのではないだろうか。

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