もう10年近く前になるだろうか。初めてECサイトで洋服を買ったとき、そのあまりの便利さに感動し、今後は実店舗で洋服を買う機会はめっきり減るのではないかと思った。
しかし、10年経った今でも、筆者は毎週のようにお気に入りのショップに通っては散財を繰り返している。蓋を開けてみれば、ECは実店舗に取って代わるものではなく、「どこで買うか」の新たな選択肢に過ぎなかったのである。
ECサービスと実店舗は、役割の棲み分けをしてうまく共存しているように思う。事実、2015年ごろからECサービスが実店舗を出店する事例も徐々に増えてきている。
皮切りとなったのは、Amazonが本社のあるシアトルに書籍を取り扱う実店舗「Amazon Books」を構えたことだろう。日本でも「夢展望」や「DHOLIC」といったアパレル系ECを中心に、実店舗の出店が相次いでいる。
さらに、実店舗やイベント、Webやマスメディアなど、さまざまなチャネルを連携させて顧客との接点を増やそうという「オムニチャネル」戦略の効果に注目が集まるようになったことで、この流れは加速しているように見える。
ECは販売や在庫管理の効率化、実店舗はブランディングや直接的なサポート、というような役割分担も意識的に行われていくのだろう。
次世代の購買体験を実現。EC化率90%の「テイラースティッチ」
そんななか、次世代の購買体験を与えてくれるECサービスが、アメリカ発のファッションブランド「TAYLOR STITCH(テイラースティッチ)」だ。
カスタムオーダーシャツが主力商品である同ブランド最大の特徴は、アメリカ国内に2つの実店舗を構えつつ、EC化率(事業全体の売り上げの中でECが占める割合)が90%を誇っている点にある。そのひとつの要因がクラウドファンディングを活用した受注生産だ。余剰在庫を抑えることにもつながり、コスト削減という面でも優れたビジネスモデルといえるだろう。
ちなみにEC化率について、日本でもメジャーなアパレルブランドを例に挙げると、ユナイテッドアローズのEC化率は20%弱、「業界の常識を超えた」というナノ・ユニバースでも40%だ。テイラースティッチのEC化率の高さが際立つ。
さらに「テイラースティッチ」が他のECブランドと歴然な差をつけているのが、その作り込まれた世界観。公式サイトから広告代わりのSNSやメールマガジンにいたるまで、写真や文章などのクリエイティブに徹底的にこだわっている。
もちろんそのこだわりはラインナップされた商品にも色濃く表れている。工場で量産することなく、家族経営の小さなファクトリーで一点一点丁寧に作られているのだ。
テクノロジードリブンで低迷するファッション業界に打って出る
そんな「テイラースティッチ」は、日本をアジア展開の足がかりに選んだ。2017年7月29日、鎌倉に国内初の旗艦店をオープン。日本版の公式サイトも同日にリリースしている。
そして「テイラースティッチ」の日本上陸を支えたのが、ITアウトソーシングサービスを提供しているトランスコスモスだ。これまでアパレルに関する知見はなかった同社だが、業績不振の一途をたどるファッション業界の現状に一石を投じることができればと、「テイラースティッチ」との提携に乗り出した。
ファッション業界の業績不振の原因は決してひとつではないが、実店舗に足を運ぶ顧客が減ったことで、ニーズが汲み取りにくくなったことは大きな要因だと言えるだろう。その見えないニーズをITの力で「見える化」できれば、ファッション業界の未来に光明が差すかもしれない。
その第一歩となる「テイラースティッチ」での取り組みでは、店頭で得られるデータを分析したうえで情報発信の方法を変えるなど、トランスコスモス独自のデジタルマーケティングの知見をフルに活かした動員施策が行われるという。
オムニチャネルがファッション業界に光をもたらすかもしれない
ここでひとつ「テイラースティッチ」旗艦店を鎌倉という場所に構えた理由について考えてみたい。
観光地としてはもちろん、「老後に住みたい街」として人気を誇っていた鎌倉だが、近年の宅地開発やマンション建設によって新たな魅力が開花している。感度の高いショップやIT系ベンチャー企業の誘致によって、若い世代からの人気が高まっているのだ。その新しい風が、古都ならではの雰囲気と相まって、洗練されたライフスタイルを想像させる街に変化してきているのだろう。
ファッションといえば、表参道や原宿のイメージが強いが、「テイラースティッチ」が鎌倉という街を旗艦店の出店地として選んだ背景には、ファッションにとどまらず、ライフスタイルそのものを提案したいという意図があったのではないだろうか。
実際「SHIPS Days」や「B:MING LIFE STORE by BEAMS」など、ライフスタイルそのものを提案するアパレルショップが増えているように思う。
ファッションという切り口から、ライフスタイル全般にブランディングを波及させたり、顧客とのタッチポイントを増やしたりするやり方は、オムニチャネル戦略と近いものを感じる。
今後、オムニチャネルの波はさらに大きくなっていくだろう。低迷を続けているファッション業界にとって、IT技術を活かした画期的な購買体験の実現が、風穴を開ける一手となるかもしれない。
image:TAYLOR STITCH, SHIPS Days