これまでにないガソリンエンジン“SKYACTIV-X(スカイアクティブ-エックス)”の実用化に世界で初めて目処を付けたマツダ。2019年に市場投入予定のこの次世代エンジンは、今では同社の代名詞となったクリーンディーゼルエンジン“SKYACTIV-D”が登場した2012年に開発がスタート。世界のエンジン研究者たちが“究極の内燃機関”と位置づけながら、技術の壁に阻まれて実用化できずにきた“HCCI(予混合圧縮着火)”燃焼方式を、ついにカタチにしてみせた。

そんな夢のエンジンのプロトタイプをひと足先にドライブすることができたので、詳細や印象をレポートするとともに、現在クルマが置かれている現状などについても考察してしたい。

 

■厳格化するCO2排出量規制に内燃機関はどうアジャストするのか?

最近、一部メディア上では“EV(電気自動車)シフト”に関するヒステリックな記事が踊る。その背景にあるのは「2040年までにディーゼル車とガソリン車の販売を禁止する」という、イギリス、フランス両政府の発表だ。とはいえ、声を大にして言っておきたいのは、あたかもすべてのクルマが、ピュアEVになるわけではないということ。

EVシフトは発電、送電、給電とセットで考えなければ矛盾や混乱が生じる課題であり、クルマ単独で解決できるテーマではない。事実、英仏ともに、2040年以降もハイブリッドカーとプラグインハイブリッドは「容認」の姿勢であり、両国内に本拠を置く自動車メーカーが、他国でエンジン車を売ることに関しても規制はない。

そして、英仏両政府の発表以来、自動車メーカー、特にヨーロッパブランドが、自社製品の“電動化”を盛んにアピールし始めたが、例えばボルボのそれなどは、計画の大半がエンジンに簡易的なシステムをプラスしたマイルドハイブリッドに過ぎない。つまり内燃機関は、今後もハイブリッドカー、あるいはプラグインハイブリッドのコアユニットとして、まだまだ生き残っていく見通しだ。

そうはいっても、各メーカーは自社製品の燃費追求に対し、手を緩めるわけにはいかない状況にある。なぜならEU(欧州連合)で、2021年に新しいCO2(二酸化炭素)排出量規制が発効されるからだ。新規制は相当厳しい内容で、「1km走行当たりのCO2排出量を平均95g以下にすること」が求められ、万一、達成できない場合は、メーカーに罰金などのペナルティが科せられる。

このCO2排出量規制、実は燃費規制と言い換えることもできる。1km走行当たりの燃費が良くなれば、必然的に燃料の使用量が減り、CO2排出量も減少するからだ。ちなみに、CO2排出量95g/kmという値は、現在の日本の燃費測定方法“JC08燃費”に当てはめた場合、30.0km/L以上に相当する。つまり、従来型エンジンを軸に新規制をクリアしようとするなら、必然的に電動化は避けられないと見られてきた。そう、SKYACTIV-Xが登場するまでは……。

 

■驚異的なクリーン性能と低燃費を実現した「SKYACTIV-X」の原理

クルマ用の内燃機関は、空気とガソリンの混合気を圧縮し、スパークプラグの火花で着火・爆発させる一般的なガソリンエンジンと、圧縮した空気に軽油を噴射し、自ら着火・爆発させるディーゼルエンジンとに大別される。その点、HCCIは、燃料にガソリンを使い、圧縮着火というディーゼルエンジンの要素を採り入れた、ガソリンとディーゼルのいいとこ取りともいえる存在だ。

ではなぜ、そんな究極のエンジンを、これまで誰も実用化できなかったのか?

HCCIの原理は、押しつぶされた空気が熱を持つことに着目し、スパークプラグなしに全体を一気に圧縮着火させるというもの。一般的なガソリンエンジンのように、スパークプラグの部分点火を爆発のきっかけにしないため、約1対30という“理論空燃比”(最も燃焼効率が良いとされる空気と燃料の割合。通常のガソリンエンジンでは燃料1に対して空気14.7の割合)より薄い混合気でも、しっかり燃えて燃費が向上する。

つまりHCCIは、極めて薄い混合気の完全燃焼=スーパーリーンバーン(超希薄燃焼)を実現するための技術なのだ。

とはいえ、実用化するとなると、圧縮着火のタイミングを正確に制御することが求められる。圧縮着火方式を採るディーゼルエンジンは、燃料の噴射が圧縮着火のタイミングとなるためコントロールが容易だが、軽油よりも引火しやすいガソリンのHCCIは、気温や気圧、エンジンの温度、燃料の噴射量などによって着火のタイミングが激変するため、緻密にコントロールするのがとても難しいとされてきた。

そんな中で、マツダがSKYACTIV-X誕生のブレークスルーとしたのは、実は旧来から使われてきたスパークプラグ。マツダでは、SKYACTIV-Xの燃焼方式をHCCIではなく、“SPCCI(スパーク・コントロールド・コンプレッション・イグニッション/火花点火制御圧縮着火)”と呼んでいるが、それはプラグがシステムの重要なカギを握っているからだ。

他メーカーが開発中のHCCIエンジンでも、始動直後や低温時、高負荷時などは、実はスパークプラグで点火・爆発させている。そのスパークプラグを全域で活用したらどうなるのか? そんな発想の転換が、SKYACTIV-Xにおける発明の父になった。

SPCCIは、ガソリンと空気の薄い混合気を圧縮着火する直前まで圧縮し、そこへスパークプラグを点火。その際、プラグ周囲に生じた“火炎球”をもうひとつの“仮想ピストン”に見立て、シリンダー内を上方からも圧縮するかのような状態にして圧力を一気に高めることで、シリンダー全体での圧縮着火を生じさせる。この結果、圧縮着火のタイミングを完全制御できるようになった。

さらに、従来のリーンバーンエンジンは、燃焼温度が高く、NOx(窒素酸化物)の発生がたびたび問題視されてきたが、SPCCI の1:30というスーパーリーンバーン状態では燃焼温度自体が高くならないため、NOxの発生量そのものを抑制。さらに、ディーゼルエンジンのようなPM(粒子状物質)の発生も少ないなど、SKYACTIV-Xはクリーン性能も優れている。

 

■試乗して感じた「SKYACTIV-X」の可能性

今回マツダが用意した試乗車は、次期「アクセラ」の開発車両に、現行モデルのボディを被せたクルマ。SKYACTIV-Xの開発目標値は、2Lで最高出力190馬力、最大トルク230N・mとされている。同排気量のガソリンエンジン“SKYACTIV-G 2.0”は、それぞれ148馬力と192N・m、1.5Lのディーゼルエンジン“SKYACTIV-D 1.5”は同105馬力と270N・mだから、スペック上でもガソリンとディーゼルの美点を兼備している印象だ。

エンジンのスタートスイッチを押すと、SKYACTIV-Xはあっけなく回り始め、安定したアイドリングを始めた。HCCIの概念から予想していたよりもずっと静かで、ディーゼルエンジンのようなガラガラ音もない。長年のディーゼル車開発で培った知見を活かし、エンジンを樹脂パネルなどでカバーしてカプセル化したことも、不快な騒音を抑え込めている要因だろう。

走り始めると、低速域からトルクが厚く、スムーズかつ軽快に加速していく。SKYACTIV-Gと比べるとSKYACTIV-Xの方がより力強く感じるが、その要因はスーパーチャージャーの存在かもしれない。SKYACTIV–Xには “高応答エアー供給機”と呼ばれるスーパーチャージャーが採用されているが、それは本来のパワー&トルク向上を狙ったものではなく、安定した圧縮着火を実現させるため。HCCIではスーパーリーンバーンを実現するために、エンジンのシリンダー内に空気を大量に送り込む必要があるが、マツダはそのためのデバイスとして、低過給圧のスーパーチャージャーを搭載してきた。

そのわずかな過給が、主に低速域での厚いトルクにつながっているのは事実。発進時の力強さはもちろん、高速巡航中からアクセルペダルを踏み込んでいった際の力強い加速やスムーズな車速の伸びは、SKYACTIV-Gを明らかにしのぐ。SKYACTIV-G 2.0と比べ、全域で10%、部分的には30%のトルクアップを果たしたという開発陣の主張は、偽りないものだと実感した。

気になる燃費は、テストコースの一部区間を170km/h超で走行し、フルスロットルでの加速を試しながらという荒い乗り方でも、市街地で13.7km/L、高速道路を含めたトータルでは13.3km/Lをマーク。同条件で比較試乗したSKYACTIV-G 2.0のトータル燃費は11.5km/Lだったので、SKYACTIV-Xはおよそ、15~20%の燃費改善を期待できる。わずか1%の燃費向上のために、各メーカーの開発現場では気の遠くなる努力が重ねられている実態を考えれば、この数値は驚くべきものだろう。

 

■夢のエンジンが切り拓くクルマ業界の未来

端的に言って、従来型エンジンと比べてパワー&トルクが強力で、アクセルペダルを踏んだ時のエンジンレスポンスが良く、それでいて優れた燃費もマークするSKYACTIV-X。その実用化は、マツダの将来の舵取りを大きく変える可能性がある。少なく見積もっても、エンジン単体でのCO2規制クリアや、優れた省燃費性能を活かし、モーターやバッテリーの簡素化によるハイブリッドカーの低価格化などを期待できるからだ。

内燃機関の可能性をさらに広げ、クルマを取り巻く課題を可能な限り解決しようと考えるマツダ。夢のエンジンをカタチにした開発部門の方に「このエンジンを他社へ供給する考えはあるか?」と尋ねてみた。すると「まずはマツダの技術の象徴としてアピールすることが先決です」としながら、決して否定はしなかった。素晴らしい技術を自社だけで囲い込むつもりはないーー。その素振りから、マツダのSKYACTIV-Xに対する強い自信と、おぼろげながら、ビジネス面での明るい展望がうかがえた。