視聴者の「平均年齢58才」のCNNは、いかにしてミレニアル世代へリーチできる動画メディアを生み出したのか

動画元年と日本で叫ばれてから2年ほどが経つだろうか。

今回はそんな動画市場の成功ケースとして『Great Big Story(グレート・ビック・ストーリー)』というメディアを紹介したい。

2015年10月に誕生したソーシャル動画メディアである『Great Big Story』は、北米の大手ケーブルTV企業であるCNN傘下にある。

同メディアが配信するコンテンツの内容を平たく言えば、日本で馴染み深いTV番組「プロフェッショナル仕事の流儀」(NHK)が近しい。

『Great Big Story』がユニークな新興メディア足り得るのは、ソーシャル時代に合わせ、3~5分ほどの尺でコンテンツを配信していることだ。

北米TV広告市場は未だに大きな規模を保っているが、年々微減している。eMarketerのデータによれば、2014年時点では39.1%ほどのメディア広告専有率を誇っていたが、2020年には32.9%になると試算されている。

一方でデジタル広告は2014年時の28.3%から2020年には44.9%に到達する。奇しくも本年(2017年)、デジタル広告がTV広告市場を上回ると予測されているのだ。

こうしたデータから、既存のケーブルTV企業のデジタル移行が急務であると言える。

ここからは『Great Big Story』のターゲット戦略から今後のロードマップまでを考察していきたい。

『BuzzFeed』や『VICE』といかに差別化するか?ターゲットは「賢いミレニアルズ」

昨今、新興メディアの多くが「20-30代をターゲットに絞っている」と声高に叫んでいる。

動物から政治ネタまでを幅広く伝えている『BuzzFeed』はソーシャルメディアを牽引する代表格。そして、2015年にWalt Disney社が$200Mを投資した『VICE Media』も市場の最前線にいる。大麻や退廃政治、セックスなど社会の裏側を紹介して、『BuzzFeed』と同じくミレニアル世代にウケているメディアだ。

上記のような大規模メディアが次々に登場しているなか、新たなポジションを築くのは容易ではない。

そこで、『Great Big Story』はターゲットに「スマートなミレニアル世代」を掲げる(こちらの記事も参照)。先ほど言及したソーシャルメディアやバイラルコンテンツ、はたまた現状のTVに飽きている「賢いミレニアルズ」に照準を絞っているのだ。

こうした層はビジネスプロフェッショナル志向なオーディエンスで、新たなインスピレーションやアイデアを積極的に求める。

既存の大規模メディアがパイを広げる市場の中で発生する、ニッチなオーディエンスの心情をぐっと掴む戦法だと言えるだろう。

平均視聴年齢は27歳。CNNがミレニアル世代にリーチするきっかけに

実際、『Great Big Story』は立ち上げからどれほどの支持を獲得しているのだろうか。こちらの記事によれば、ローンチから4か月時点(2016年2月)でFacebookのファンが200万、YouTubeのフォロワーは14万人を有し、視聴者の平均年齢は25才だった。

2017年6月になるとFacebookのファンは430万に達し、YouTubeフォロワーは100万人に到達したと記事では述べられている

平均視聴者年齢も27歳と、未だに想定したターゲットからぶれていない。対照的に、運営母体であるCNNの平均視聴者年齢は58歳。つまりCNNはこれまでにリーチできていなかったミレニアル世代に、毎週3,000-6,000万リーチという規模感でコンテンツを届けていることになる。

このユニークなメディア戦略に対しては、日本企業であるANA(全日空)も初期の段階から賛同している。主にヨーロッパのミレニアル世代へ日本の魅力を届け、同社サービスを利用してもらうことを目的として、『Great Big Story』にコンテンツスポンサーとして参加した

老舗のふぐ料理店で45年間修行を積んできた日本人のふぐ職人を特集した2分間の動画で、200万視聴を超えている。

前述した『BuzzFeed』では専属のコメディアンが話すお笑い番組テイストであったり、ハリウッドセレブのゴシップネタなどで高視聴率を狙う。一方、日本人でも知らないようなマイナーな職業人の醍醐味に迫る点が、『Great Big Story』らしさであり、これまで知られていない生き方を知ることができる点でミレニアル世代を魅了している。

マルチスクリーンで24時間どこでも視聴可能に

動画メディア市場のなかで、自社コンテンツの立ち位置を確立した『Great Big Story』が次に目指すのは「ポスト・ケーブルTVの形」だ。

どんなシチュエーションでもコンテンツを消費できるマルチスクリーンの世界観、OTT (オーバー・ザ・トップ)市場への参入を目指している。例えば、YouTubeやNetflixがこの市場の代表プレイヤーとして挙げられるだろう。

アプリさえダウンロードしておけば、スマートTVやモバイル、タブレットなど、どんなデバイスでもコンテンツを視聴することができる。

CNNは今後2年間で、4,000万ドルの資金をコンテンツ強化につぎ込むとのことだ。これまでは1日に3~5本ペースでコンテンツ配信をしてきた編集体制から24時間コンテンツ配信をするソーシャル時代の「ポスト・ケーブルTV」を2018年から目指すと宣言している。

24時間体制への移行は、「長編番組としての力も持っているから」だという。この記事によれば、ある20分のYouTubeコンテンツでは視聴完了率が85%という高さを誇った。

また、Apple TVやRokuでの平均視聴時間は38分とのこと。Facebook動画の30秒視聴完了率が53.2%であるというデータからも、長編コンテンツにファンがついているのは、メディアとしての力強さの証左だろう。

OTT市場への本格的参入は同時に、DirectTVやSlingTV、最近登場してきたYouTube TVなどの競合と戦うことも意味する。市場規模は2015年時点で280億ドルあったものが2020年には620億ドルと2倍以上に膨らむのだから競争は過激だ。

「ポスト・ケーブルTV」に向けた3つの戦略

最後に『Great Big Story』の戦略をまとめると、下記の3つに集約されるだろう。

  1. 既存のケーブルTVはマスに対してのアプローチを採っていた。データを活用しながら圧倒的なコンテンツ数を武器に、世界を席巻したのが『BuzzFeed』であるが、今となってはその手法ではもう勝てない。自社でしか制作できない高品質な短尺コンテンツを地道に作成し続け、コンセプトをニッチなオーディエンスに理解してもらうことで差別化を図る。
    ローンチの初期段階においてリーチ数やフォロワー数をKPIに置いたとしても、正直あまり勝負にはならない。今ではFacebook広告に予算を投下することで、見かけ上のページファンを買うことができるため、単なる資金競争になってしまうからだ。
  2. 次のステップではFacebook広告などを用い、視聴者獲得のスケールをするフェーズになる。また、マルチスクリーンの時代であるがゆえ、モバイル、タブレット、スマートTV、時には駅や電車内に代表される公共施設で見られるような液晶型パネルなど、あらゆるシーンでコンテンツを視聴してもらうOTT市場へ参入をする
  3. こうして囲い込んだ数多くのオーディエンスの中から発生するコアファンのため、TV番組程度の長尺動画をさらに制作し、力強いミレニアル向けのコミュニティーを作っていく

単にマスにコンテンツを垂れ流すやり方は、競合ひしめくソーシャル動画メディア市場では通用しない時代になりつつある。ニッチなオーディエンスに向けて着実に良質なコンテンツを日々配信できるオペレーションを整えた後、急激なスケールを図る。

『Great Big Story』のこのモデルは、日本の動画メディア市場でも通用する戦略ではないだろうか。

img : Great Big Story, Andy Roberts, Steve Jurvetson, Esther Vargas

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