受験勉強で燃え尽きてしまったせいか、大学に入学してからの1,2年はただ何となくすごしてしまった。
「就活も近いし、流石にこのままではやばい。とにかく何かしなければ」と思った3年目の夏、全国的に有名なビジネスプランコンテスト(ビジコン)の決勝プレゼンテーションを観覧した。
参加チームの中から決勝まで勝ち残っているだけあって、プレゼン慣れしている上に、資料もしっかり作り込まれているチームが多かった。当時は同世代のパフォーマンスに圧倒されたのを覚えている。
個人的には学生向けのビジコンといえば、数日間で練り上げた事業の“アイデア”を競うイメージが強く実際に事業化されるものは少ない印象があった。
だが近年は事業会社やベンチャーキャピタル(VC)がサポートするプログラムも登場するなど多様化が進んでいる。実際にサービスを作ったり、優勝者には出資が行われたりなど“事業化”を前提とするものも目立つようになった。
この流れは何も日本だけの話ではない。
世界100カ国以上から5万人が参加、5,000件のアイデアが集まる「社会課題」へ挑むビジネスコンテスト
2009年に始まった社会起業家が競い合う「Hult Prize(ハルト・プライズ)」は、ここ数年で国際的に注目を集めるようになった学生向けビジネスコンテストの1つだ。
「難民問題」「食糧問題」のように毎年テーマとなる社会課題が発表され、参加者はその課題を解決するための事業プランを立案する。対象は大学生と大学院生のみ。2017年度には世界100ヶ国以上から約5万人が参加、5,000件のアイデアが集まった。
ハルトインターナショナルビジネススクールの卒業生であるAhmad Ashkar(アハマド・アシュカル)氏が立ち上げたこのコンテンストは、元アメリカ大統領のビル・クリントンやノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスなど多数の著名人が支援することでも知られる。
世界各国の大学や企業、国連などともタッグを組み、毎年その規模を拡大。海外メディアでは「学生版のノーベル賞」と紹介されるほど注目度は高い。
1年かけ人類規模の課題へ挑む。ビジコンの枠にとどまらない100万ドルをかけた本気の課題解決
なぜハルト・プライズはそこまで注目されるのか? それは本気で社会課題を解決する事業を立ち上げたいという若者にとって、刺激的な環境が整っているからと言えるだろう。
まず特徴的なのがプログラム期間の長さと濃密さだ。ハルト・プライズはその年のテーマとなる社会課題が発表されてから、優勝チームを決める決勝戦まで1年をかける。これは短いもので数日間、長いものでも長期休み中の1,2ヶ月が一般的な従来のビジネスコンテストとの根本的な違いだ。
1年の間には数種類の予選が行われ参加チームを絞っていくのだが、最初の予選をくぐり抜けた50チームは8週間かけて行われるアクセラレータープログラム(事業強化プログラム)に参加する。
この8週間はスタートアップを対象にした起業合宿のようなもので、メンターからのフィードバックを受けながら徹底的に事業を磨く期間だ。実際にGoogleやマイクロソフトなどもパートナーとしてサポートする。
このことからもわかるように、ハルト・プライズは単なるアイデアコンテストではない。決勝戦までに実際に事業を試し、その結果も踏まえて最後のプレゼンテーションに挑む。そもそも決勝戦に進めるのは50チームのうち、6チームのみ。解決する課題や、その解決策としての事業プランがしっかりとしていなければ決勝戦に進むことすらできない。
そのため、決勝戦で惜しくも優勝を逃したチームでもその後メディアなどで大きな注目を集めた事業も複数ある。そんな厳しい戦いをくぐり抜けた優勝チームには100万ドルの賞金が与えられる。
ちなみに、2018年度のハルトプライズの大まかなスケジュールは以下のようになっている。
- 9月16日 : テーマ発表
- 10月1日 : 応募開始
- 12月23日 : 応募締め切り
- 1月9日 : 地域ごとのファイナリスト決定
- 3月4日 : 地域ごとの代表者決定ラウンド開始
- 4月1日 : ワイルドカードラウンド開始
- 5月7日 : ワイルドカードの勝者決定
- 6〜8月 : 50チームがロンドンで行われる8週間のHult Castleを実施(アクセラレータープログラム)
- 9月 : 選ばれた6チームによる、決勝戦
巨大な課題へ挑み、現地の実情に合わせて応用していく
ハルト・プライズではこれまで貧困、環境、水、食糧、健康、教育と様々な人類が抱える課題をテーマにしてきた。それぞれの課題に対し毎年様々なアイデアが寄せられるが、例年優勝チームはユニークかつ事業として見込みのあるプランが多い。
たとえば「難民問題」をテーマにした2017年度に優勝したのは、ラトガース大学の学生が立ち上げた難民向けのライドシェアリングサービス「Roshni Rides」だ。
このチームが着目したのは、難民たちが抱えている「移動」に関する課題だ。
現在世界では日々の生活に欠かせない学校や病院、市場といった場所にアクセスできない人が約200万人いるという。この原因は信頼性があり、手軽な値段で利用できる公共の交通機関が整備されていないことにあると考えた結果、Roshni Ridesが生まれた。
Roshni Ridesはシャトルバスのようなシステムだ。病院や学校など複数の場所とパートナッシップを組み、これらの場所が「バス停」のような役割を果たす。それらの場所がハブとなって、難民たちは複数の場所を行きできるようになる。
料金を抑える工夫としてライドシェアリングの仕組みを導入。常駐のドライバーを活用するのではなく、Uberのように個人が空き時間を使ってドライバーになるため、乗客は手頃な料金で利用できる。また料金を固定性にすることで、安心して使えるような仕組みを整えた。プログラム期間中にパキスタンのオランギ・タウンでサービスをリリース。今後は東南アジアを中心に同様の課題を抱える地域への展開が期待されている。
「貧困問題」をテーマとした2016年に優勝した「Magic Bus」も、移動に関する課題を解決したアイデアだ。サービスの仕組みはシンプルで、携帯電話を使ってバスの予約を事前にできるというもの。
Magic Busのチームが目をつけたのは、ケニアのナイロビで起こっていた通勤バスの課題だった。ナイロビのスラム街に住む約250万人のうち70%が利用するという都市バスでは、2時間待ちなどが当たり前。単に苦痛なだけではなく、この待ち時間が原因で日雇い労働者は日給の半分を失う可能性もあるほど、深刻な問題となっていた。
そこでインターネット環境がなくても使える携帯電話のSMSを活用して、バスの事前予約や運賃の確認ができるMagic Busのアイデアを考案。テスト版をリリースしたところ、2,000人以上が利用し、合計で5,000件以上もの予約があったという。
このMagic Busは現在「BuuPass」へと名前を変え、新たなサービスとしてリリースされる予定だ。
ライドシェアリングやオンライン予約の仕組み自体は、すでに多くのスタートアップが取り組んでいて目新しいものではない。ただしそのようなモデルを、現地の社会課題や実情に合わせた形で提供しているのが特徴的だ。
Forbesの30 Under 30に選出された社会起業家も輩出
優勝チームのアイデアは毎年多くのメディアで紹介されているが、決して他のチームが注目されないというわけではない。ハルト・プライズの参加者からはForbesの「30 Under 30」に選ばれ、若き社会起業家として世界から注目を集めるチームも輩出されている。
2015年のファイナリストである「Tembo」の創業チームもまさにその1つだ。2016年に30 Under 30へ選出され、現在も事業を拡大している。
Temboが解決するのは、途上国における幼児教育の問題だ。幼児教育の重要性に関しては様々な研究結果が報じられているが、途上国では十分な環境が整っていない地域も多い。
近年はアプリを通じて幼児教育コンテンツを提供するスタートアップも増えているが、インターネットが使えない地域では利用できず、見過ごされている状態だった。そこでTemboではSMSを使い、15分でできるクイズコンテンツを配信するサービスを考案。携帯電話さえあれば自宅で良質な教育を受けられる仕組みを整備し、評価を受けた。
30 Under 30には2014年のファイナリストである「Sweet Bites」チームも選ばれている。このチームは歯に優しいキシリトールを100%使用したガムをスラム街付近の学校やショップで提供し、子どもたちの歯を守るというプロジェクトを立ち上げた。
虫歯や歯周病を放置しておくと、心臓病など命に関わる病気へ発展する原因にもなる。貧困が原因で十分な治療を受けることができないという事態を防ぐため、チューインガムを使って安価に歯の健康を保つというアイデアはユニークだ。
日本支部も誕生、世界で広がるハルト・プライズコミュニティ
今回紹介したアイデアはごく一部にすぎず、毎年ハルト・プライズを通じて多くのアイデアが実際に事業化されている。
特に8週間のアクセラレータープログラムを経て決勝戦に進むようなチームは、事業アイデアが練られているだけでなく、実際に事業のパイロット版を始めているところがほとんどだ。だからこそコンテスト終了後も事業を継続するチームが多いのだろう。
初年度はわずか1000人の参加者から始まったこのコンテストも、今では50倍もの学生が集う世界最大規模のプロジェクトとなった。2017年の6月には日本支部も誕生したため、今後日本の学生がハルト・プライズの場で活躍することもありえるかもしれない。
2018年度のテーマは「Harnessing the power of energy to transform the lives of 10 million people」、一言で言えば「エネルギー問題」に決まった。今年はハルト・プライズからどんな革新的な事業が生まれるのか、楽しみだ。
img: Hult Prize, Hult Prize Foundation, Roshni Rides, BuuPass, Tembo, Sweet Bites