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三軒茶屋にブルーボトルコーヒーがオープンする。
ブルーボトルコーヒーは、その土地の歴史や文化を引き継ぎつつ、店舗を展開してきた。効率の良いやり方ではないかもしれないが、“こだわり“を感じる。
これまでにない新しいアプローチで躍進を続けるブルーボトルコーヒー。その考えについて、ブルーボトルコーヒー Director VP of Experience / ブルーボトルコーヒージャパン 取締役 井川 沙紀氏に話を伺った。
出店する地域の文化や歴史を反映させる空間づくり
ブルーボトルコーヒーが国内7店舗目となる「ブルーボトルコーヒー 三軒茶屋カフェ」を10月27日(金)にオープンした。
同社は、サードウェーブコーヒーの旗手として、サンフランシスコで始まり、現在は世界で46店舗を運営。米国の次に日本に進出し、2015年2月に日本第一号店舗となる清澄白河店をオープンした。
ブルーボトルコーヒーは、2002年の創業から約15年で46店舗出店してきた。規模は広げつつも、急拡大を続けてきたわけではない。一つの店舗を出す際に、土地と建物の文脈を引き継ぎつつ、空間を作り上げることにこだわってきた。
創業者でチーフ プロダクト オフィサーのジェームス・フリーマン氏は、新しく出店する土地の文化や歴史を理解していく中で、インスピレーションを受け、テーマを決めるそうだ。
たとえば、中目黒の店舗は元は工場だった場所をリノベーションした。同店舗は「人を育てる」をテーマに、店内に本棚の設置やセミナーのための空間を設け、イベントの開催を行っている。バリスタやコーヒー好きのファンを育てる、そんなテーマで中目黒の店舗は運営しているという。
三軒茶屋に新しくオープンした店舗では、その土地の名前にもある「茶屋=休憩所」を彷彿とさせる空間を提案した。三軒茶屋栄通り商店街から、少し奥に入ったところに位置する。石畳を歩いていくと、ブルーボトルコーヒーのロゴが目に入ってくる。
50年前に建築されたという旧診療所跡地の建物をリノベーション。空間デザインは、日本のブルーボトルコーヒーの他店舗も手がけてきたスキーマ建築計画の長坂常氏が担当した。三軒茶屋の店舗は、ある音楽の一節をテーマに空間づくりが行われたそうだ。
井川「三軒茶屋の店舗は、その音楽が持つ『異質さ』をテーマにしました。店舗の内装デザインは、リノベーションしてキレイにした部分と、あえてそのまま残した部分があります。店舗の奥には庭があり、和の雰囲気と、アメリカ西海岸発祥のブルーボトルコーヒーというブランドのコントラストを描いています」
ブランドが新しく店舗展開する際に、店舗デザインを統一したほうがコストはかからない。だが、ブルーボトルコーヒーは、その地域の文化や歴史、価値観を反映させ、店舗ごとにこだわりを持って空間づくりを行う。それが結果的に、ユーザーに愛される店舗へとつながる。
井川「カフェを地元の人に使ってもらうためには、街や建物を理解して、その街に馴染むことが大事だと考えています。地元の人が常連となり、愛され続けるためには、まずはその街を理解する必要があります」
ブルーボトルコーヒーは、地域の人々が定期的に足を運んでくれるような空間づくりを目指しているという。店舗オープン当初は、メディアにも取り上げられ話題になる。多くの人がお店に訪れるかもしれないが、その人々が定着しなければお店を継続して運営することはできない。
井川「同じコーヒー豆を使用したりレシピは同じなので、店舗ごとにコーヒーの味が異なるわけではありません。ですが、ブルーボトルコーヒーのファンの方の中には、様々な店舗に足を運んでくれる方も出てきました。自分の行きつけのお店がありつつも、他の店舗の空間を楽しむ。『この店舗はどんなテーマなんだろう?』とブルーボトルコーヒーのことを考えて、愛してくれています」
ブルーボトルコーヒーが空間にテーマを付与することで、ユーザーが店舗ごとのテーマやデザインの意味を考えることを楽しむという余白を生み出している。
顧客体験全体を設計するために「エクスペリエンス」を重視
ブルーボトルコーヒーは、「空間づくり」にこだわり、お店に訪れてくれる人々の体験を大切にしてきた。マーケティングという言葉を用いず、「エクスペリエンス」という言葉で表現し、デザイン、PR、マーケティングなどの統括をして顧客体験全体を設計している。
井川「ブルーボトルコーヒーでは、マーケティングという言葉はあまり使いません。『マーケティング』という言葉には、製品や商品を顧客に売りに行くというイメージを持ちやすいからです。ブルーボトルコーヒーの場合は店舗に来てもらったお客様や、商品を買ってくれたお客様の体験をより良いものにしたい、そう考えて『エクスペリエンス』という言葉を用いています」
顧客体験を考えることは、これからの時代の「カフェ」の役割を考える上でも重要だと、井川氏は言葉を続ける。
井川「世の中が便利になり、効率化が進む中で、『カフェ』という空間が提供できる価値は何か。それは『体験』だと考えています。たとえば、人と交流することや、その場にいることで様々な感情が喚起されること。未来にも残り続けるブランドであるために、ブルーボトルコーヒーは空間にもこだわり、『体験』を提供していきます」
ブルーボトルコーヒーが顧客との接点を持つのは、カフェという場だけではない。同社が手がけるコールドブリューの缶コーヒーなども含めて、顧客の体験全体を設計することを重視しながら、サービスを磨いていく。
ブルーボトルコーヒーとしての理想を追求するための最良の選択
ブルーボトルコーヒーは、質を保ちながら、事業のさらなる拡大に挑戦する。国内だけでも、三軒茶屋に続いて、2018年春には京都への出店を計画している。京都を皮切りに、関西地域での出店強化や、他の地方での出店も計画しているという。
これまでも成長を目指してきた同社だが、これからの成長に向けた動きや体制が変わる。
ブルーボトルコーヒーは、2017年9月にネスレに買収され、大きな話題を呼んだ。
ブルーボトルコーヒーは、Google VenturesやU2のボノなどから出資を受けてきた。2015年6月にはシリーズCで7500万ドルの資金調達を行っていた。さらなる成長に向けた一手を模索する中で、新たな道へと進むことになった。
井川「次なる成長のために、シリーズDの資金調達の交渉を行う中で、ネスレから今回の話がありました。私たちは、追加の資金調達や、その先のIPOという選択肢と比較する中で、ネスレとのパートナーシップを次の選択肢として選びました」
資金調達を重ねてIPOを目指すか、企業による買収を選ぶか。ブルーボトルコーヒーは、自社が目指したい姿を追いかけるために、後者の選択を選んだ。
井川「資金調達をすると、次のラウンドに進むために、大きな結果を出し続けなければいけません。IPOをすれば、株主の期待に応え続ける必要があり、短期的な結果を求められやすくなります。そのような環境では、ブルーボトルコーヒーが目指したい姿にたどり着けないと考えました」
ブルーボトルコーヒーとして譲れないものを提示しながら、ネスレと交渉した結果、ブルーボトルコーヒーは“グループ入り“という選択を取った。ただ、ブランドは独立した形で残り、商品でのコラボも行わない。また、経営陣はこれまで通りで、ネスレから人が派遣されることもない、ということが条件だ。
井川「ネスレはブルーボトルコーヒーがこれまで取り組んできたこと、そしてこれからの成長を信じて、投資をしてくれました。ブルーボトルコーヒーとしての成長目標はありますが、ネスレは成長を見守ってくれるパートナーという立場です。完全に独立したブランドとして運営しつつ、資金面をサポートしてもらえる。長いスパンでブルーボトルコーヒーの目指す姿を考えた時に、今回の買収は最良の選択肢に思えました」
実は、ネスレによる買収発表と同時に、ブルーボトルコーヒーは独立したブランドとして継続的に運営されることが発表された。
だが、ネスレによる買収には、様々な反応があった。インディペンデントで、その地域の人々に愛されていたブランドが大手資本に買われると、反発する声も出てくる。「資本に屈したのか」と。
井川「ブルーボトルコーヒーとしても、様々な反応があることは予測していましたが、正直予想以上の反響でしたね。ただ、発表した際にも伝えさせていただいたとおり、今回のパートナーシップによりブルーボトルコーヒーは変わりません。むしろ、もともと目指していた理想により近づける環境になったと言えるはずです」
必ずしもネガティブな反応ばかりではなく、ブルーボトルコーヒーで働くバリスタの中には、「僕らが大事にしてきたコーヒーカルチャーが認められたってことですよね」と喜ぶ人もいたという。
“こだわり“と“成長“の両立にブルーボトルコーヒーは挑戦していく
ネスレによるブルーボトルコーヒー買収の3ヶ月前に、AmazonがWhole Foods Marketを買収していた。当時、ちょうど北米にいた井川氏は、人々がどんな反応をするのかを目撃していた。
井川「AmazonがWhole Foods Marketを買収した時も『もうWhole Foodsにはいかない』という声が一部ありました。ただ、蓋を開けてみると、ユーザーは離れずに、Whole Foods Marketを使い続けています」
ネガティブな反応には一時的なものもある。ブルーボトルコーヒーの買収だけではなく、他の買収事例を見ても、それがわかる。現時点で、ブルーボトルコーヒーはこれまでと同じようにこだわりをもってサービスを提供していこうとしている。その姿勢を目の当たりにすれば、ユーザーの反応もまた変わるだろう。
中には「大企業がその価値を壊してしまうのではないか」と懸念する人もいるだろう。ただ、大企業がブランドへの理解を示し始めていることも評価すべきではないだろうか。
井川「ネスレがブルーボトルコーヒーのブランド価値を評価したからこそ今回の買収に至りました。それが壊れてしまっては意味がありません」
このような大手資本による独立系ブランドの買収からは、企業が目指すべき成長のあり方が見えてくる。
井川「こだわりを持ち続け、質を追求することと、企業体としての成長を目指すことは今までは両立しないと思われてきたと思います。ただ、時代は変わり、今はこだわりを持ったまま、スケールを目指せる時代ではないかと思います。ブルーボトルコーヒーは、これまでは矛盾すると思われていたことを両立させることに挑戦していきます」
ブルーボトルコーヒーはサードウェーブコーヒーの旗手として、成長ストーリーを描けるのか、ネスレは、これからの時代の企業買収の理想の形を示すことはできるのか。
今はまだ答えは見えない。だが、数年スパンでブルーボトルコーヒーの成長を見守ることで、その2つの問いの答えは見えてくるだろう。
Photographer : Kazuyuki Koyama