プロスポーツ界にもテクノロジー、オープンイノベーションの波が押し寄せつつある。サッカーでは、スペインの名門クラブでリーガ・エスパニューラ2014-2015の覇者でもあるFCバルセロナが今年3月、スポーツ業界の未来を担う研究施設「Innovation Hub」の構想を発表。
野球では、アメリカ・メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースが同月、アクセラレータープログラム2期生の募集を開始。バスケットボールでは、アメリカ・NBAの76ersが4月、対象企業に無償で居住スペースやオフィスを提供するプログラム「Innovation Lab」をローンチした。
そして9月には、世界最高峰と言われるプロサッカーリーグ、イギリス・プレミアリーグに加盟し、ロンドンに本拠を置く強豪アーセナルも、今後のクラブのあり方をピッチ内外で変えるスタートアップを発掘すべく、ベンチャーキャピタル(VC)のLmarksと共同で「Arsenal Innovation Lab」という試みを開始した。
「Arsenal Innovation Lab」とは
Arsenal Innovation Labは10週間におよぶアクセラレータープログラム。スポーツ界に革新をもたらすことを夢見るスタートアップの成長を促すと同時に、彼らとアーセナルを結びつける場として誕生した。
ビジネス面のパートナーを務めるLmarksはロンドンを拠点に活動するVCで、大手企業とスタートアップのコラボレーションのプロデュースを得意とする。同社は過去に人材サービスやゲーム、CMSなど、幅広い分野のスタートアップに投資してきた。
このプログラムでは、9月のローンチから10月12日まで参加企業を募集し、書類選考を通過した企業は11月21日に予定されているアーセナルの幹部へのプレゼンを経て、晴れて来年1月から始まるプログラムに参加できる。
プログラム参加企業は、アーセナルやLmarksの関係者、外部メンターからの指導を受けられ、「実際の試合中に」プロジェクトをデモ・検証できるほか、将来有望なスタートアップには資金調達のチャンスも与えられる。
強豪クラブが注目する「5つの分野」
アーセナルはInnovation Labを通じて、以下5つの角度からクラブを変革するパートナーとなりうるスタートアップを探している。
1. 試合当日の体験(Improving Matchday Experience)
2. ファンのエンゲージメント(Engaging fans globally)
3. パートナーシップ・スポンサーシップ(Transforming partner offerings)
4. 小売展開(Building a Retail Operation for the Future)
5. ワイルドカード(Wildcard)
1. 試合当日の体験
アーセナルの本拠地であるエミレーツ・スタジアムに足を運ぶファンの体験をどのように変えられるかがこのカテゴリーの焦点。
ファンの体験は必ずしもスタジアムに到着してから始まるわけではなく、家を出発してから会場に向かうまで、また試合後に帰宅するまでをカバーする多様なプロダクトが誕生する可能性がある。次世代のサポーターを生み出す仕組みづくりも、アーセナルにとっては大きな課題のひとつだ。
2. ファンのエンゲージメント
イギリス国内だけでなく世界中にファンを持つアーセナル。スクリーン上でしかプレイヤーの活躍を目にすることができないファンに向け、今後彼らはいかに魅力的なコンテンツを届けられるだろうか。
2016年の夏季オリンピックでは、NBCやBBCなどのテレビ局がオリンピック中継としては初めてVRヘッドセットに対応した番組を放映するなど、これまでとは違う没入感の高いコンテンツにスポーツ界でも注目が集まっている。このカテゴリーでも特にVR・AR関連企業の活躍が期待される。
ちなみに日本ではJリーグが今年の6月、新規ファン開拓や既存ファンとの関係深化、AR・VR技術を活用した新しいエンターテイメント体験などを目的にNTTグループとパートナー契約を締結した。
3. パートナーシップ・スポンサーシップ
サッカークラブにとっての大きな収益源の一つが企業とのパートナーシップ。
広告の舞台がオフラインからオンラインへと移る中、さまざまな角度からファンのデータを分析し、スポンサーのメッセージを効率的に伝えられるようなプロダクトを開発する企業に目が向けられる可能性が高い。
また、スタジアム名やユニフォーム上のロゴといった従来の広告商品に加え、サッカーファン向けのイベント「UEFA Champions Festival」で顧客情報の収集にRFIDが使われていたように、新たなプロダクトが生まれる可能性もある。
4. 小売展開
オンライン・オフライン両面でアーセナルをサポートする企業の登場に期待が集まる。
Adidasは今年に入ってから新しい3Dプリントスニーカーを発表しており、今後この分野の技術が高度化すれば、ファンは店頭で自分だけのスパイクやスニーカーをプリントできるようになるかもしれない。さらにアパレル製品がグッズの中心であることから、ファッション分野への展開を視野に入れた企業の参加も考えられる。
また、ファンとの直接的な接点だけでなく、オンラインショップでスマートな商品提案ができるテクノロジーを開発する企業がプログラムに参加する可能性も。
5. ワイルドカード
最後に、こちらは上記の4カテゴリーに含まれないアイデアを受けつける「何でも枠」。
プレイヤーのトレーニングやクラブの経営、さらにはスタジアムの運営など、先述の4カテゴリーにとらわれないアイデアを、このカテゴリーでは募集する。誰も発想したことのないプロダクト、まったくの異業種からの参加など意外性への期待大だ。
スポーツ☓テクノロジー=コミュニティ?
アメリカのテクノロジー界では、サンフランシスコのベイエリアとニューヨークが2大スタートアップ拠点として知られている。しかし単に両地域にスタートアップや投資家が集中しているというわけではなく、西海岸は個人・法人向けのソフトウェアビジネスが盛んな一方、東海岸は金融や広告ビジネスのメッカとして知られるなど、各地域がそれぞれの得意分野ですみ分けされているのだ。
ハーバード大学ビジネススクールで教鞭をとるMaxwell Wessel氏も指摘している通り、企業は拠点を置く地域の強みを見極め(逆に言えば、地域の強みに根ざした事業アイデアを発想し)、できるかぎり多くのパブリックへの露出機会を得ることがスタートアップの成長の原動力となりえる。
その点スポーツは地域性が強く、各地域の住民とスポーツチームの間にはすでに心理的な関係性が構築されている。そのコミュニティに、Innovatino Labのような仕組みを通じてテクノロジー企業が加わることで、これまでスタートアップの街としては知られていなかったところに新しいエコシステムが誕生する可能性も考えられる。
今はまだ無名の企業にとっては、自社のプロダクトが名門クラブのアーセナルに採用されれば、他のクラブやサッカー以外のスポーツにも展開することも期待できるだろう。
Arsenal Innovation Labでは海外からの応募も受けつけている。日本のスタートアップにも挑戦して欲しい。プログラムの概要はこちらから。
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