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オンラインショッピングは生活に欠かせないインフラとして浸透してきている。米国ではECサイトで買い物を経験した人の割合が2000年の22%から2016年には79%にまで増加。Amazonを筆頭としたECサイトの隆盛により、実店舗を中心とした従来型の小売店は不利な状況に置かれてきた。
しかし、小売店も現状に甘んじることなく、対抗するための施策を重ねている。とくにAmazonの対抗馬として語られるのが、米国の大手小売チェーン「Walmart(ウォルマート)」だ。Walmartはデロイト トーマツ コンサルティング合同会社の発表する「世界の小売業ランキング2017」で10年以上1位の座をキープする小売界の覇者。
オンラインに強みを持つAmazonと、全米4900店舗を構えるWalmartは、互いの得意な領域を行き来しながら競争を繰り広げている。今回は両者の戦績から「次世代の買い物体験」のヒントを探ろう。
ECでトップを独走するAmazon、追い上げを狙うWalmart
EC事業においてはAmazonが他社と圧倒的な差をつけているのが現状だ。同社は2016年にEC事業でおよそ947億ドルを売り上げ、2位Appleの194億円を大きく引き離しており、米国のオンラインショッピングの売上額全体の43%をAmazonが占めているという。同社は先述の「世界の小売業ランキング2017」において、今年初めてトップ10にランクインも果たした。
もちろん、Walmartも指をくわえてみているだけではない。Walmartは2000年にオンラインストア「Walmart.com」を開設。2016年の売上はおよそ144億ドルで、Amazon、Appleに次いで3位につけた。同社は先日、オンラインショッピングでの売上が60%増の成長を遂げたと発表。米国内におけるEC事業が順調に伸びていると強調した。
WalmartがEC事業の伸長に向けて注力したのが、他サイトの買収による商品ラインナップの強化だ。2016年にはオンラインショッピングサイト「Jet.com」を買収。女性向けのアパレル商品を扱う「ModCloth」やアウトドア製品の「Moosejaw」など、特定のジャンルに特化したサイトを買収してきた。同社がサイト上で扱う商品の数は前年5月の3500万点から5000万点に増加している。
ECの最先端、音声ショッピングにおける戦い
Walmartは音声を介したショッピングの領域でも、Amazonの背中を追いかけている。
Amazonが開発するAI「Alexa」を搭載したスマートスピーカー「Echo」と「Echo dot」は、2015年後半の販売開始から昨年末の間に1100万台を売り上げた。eMarketerの調査によると、スピーカー型デバイスにおいてEcho製品は70.6%のシェアを誇り、2位Google Homeの23.8%に大きく差をつける。
Echo一強な状況の中、先日WalmartはGoogleとの提携を発表した。Googleの即日宅配サービス「Google Express」上にWalmartの商品ラインナップが加わるだけでなく、Google HomeからもWalmartの製品を注文できるようになるという。WalmartでEC事業の責任者を務めるMarc Lore氏は、来年に向けて「音声によるショッピング体験を実現していく」と意欲を見せた。
また、Google ExpressにはWalmartのアカウントが引き継がれるため、Walmart上の購入履歴を元に商品のレコメンドなども行われる。Googleはコストコやターゲットといった大手小売店とも提携しているが、アカウント情報まで共有したのはWalmartが初めてだという。
配送網に投資を行うAmazon、実店舗の活用に積極的なWalmart
AmazonはEC事業だけでなくクラウドサービス事業でも収益を得ている。安定した収益の見込めるクラウドサービス事業は、物流拠点の増設やドローン配送、航空輸送など、盤石な物流ネットワークへの投資の源になってきた。
物流コンサルティング会社MWPVLの調査によると、2017年9月現在Amazonが米国内に構える物流拠点は258箇所。自社貨物航空機「Amazon One」やドローン配送システム「Amazon Prime Air」によって空輸網も築きつつある。
物流におけるWalmartの強みは4700箇所にも上る実店舗だ。アメリカでは人口の90%がWalmartから10マイルの距離に住んでいると言われる。そのため同社は近隣店舗で商品を受け取る顧客に割引を行うなど積極的な利用を促してきた。
100万人以上の従業員(Walmartではアソシエイトと呼ぶ)も貴重なリソースだ。アソシエイト配達と呼ばれる制度では、従業員が仕事帰りに店舗のトラックを用いて商品を届けている。制度への参加は強制ではなく、従業員は配送を行うと追加で報酬を受け取れる。2016年からはUberやLyftのドライバーによる日用品の配達も実施。すでに国内4つの都市でサービスを展開している。
また、Amazonと同様に空の物流網にも徐々に着手し始めた。今年6月にはブロックチェーンを用いたドローン配送システム、8月には配送用ドローンについて特許を申請した。

United States Patent and Trademark Officeに提出されたドローンの図
進化の渦中にあるリアル店舗。新たな買い物体験を創るのはどちらか
Amazonは近年、リアル店舗を通じて新たなショッピング体験を創出しようと試みている。例えば、一切レジを通らずに買い物ができる「Amazon Go」を2016年より従業員向けにオープン。画像認識やセンサー技術を用いた次世代のショッピング体験だと話題を呼んだ。
Walmartもレジ無しで買い物が完了する「Walmart Scan & Go」を24の店舗で導入している。同サービスはAmazon Goとは異なり、顧客がアプリで商品のバーコードをスキャンして決済を行う。店を出る前には店舗スタッフにアプリに表示されるレシートを提示するだけでレジを介す必要はない。
ドライブスルーの分野でも両者の取り組みは進む。2017年3月にはドライブスルー型の食料品店「AmazonFresh Pickup」をオープン。オンラインで注文すると最短15分で商品を受け取れる仕組みだ。現在はシアトル州内1箇所で展開しており、Amazonプライム会員のみが利用できる。
今年6月には自然食材やオーガニック食品を扱う「Whole Foods Market」を137億ドルで買収、ミレニアル世代や富裕層に向けた実店舗販売を強化する狙いがあるとみられている。

AmazonFresh Pickupの受け取り拠点
一方、WalmartもAmazonに先駆け、実験的な取り組みを進めてきた。2014年9月より開始した「Walmart Online Grocery Pickup」では、アプリで事前に商品を注文、希望する時間帯と受け取り拠点を指定する。受け取り拠点に車で向かうと、スタッフが商品の積み込みを行ってくれるため、顧客は車を降りずに買い物を完了できる。今年9月には受け取り拠点が1000ヶ所を超えたと発表した。
商品受け取りは最短4時間後から選択でき、Amazon Fresh Pickupの掲げる15分には劣る。
オンラインとオフラインの垣根を超えて、両者の成長と買い物の未来
ECや物流、実店舗など、互いの得意領域を侵食し合う構図は人材においても同様だ。角井亮一氏の著書『物流大激突 アマゾンに挑む宅配ネット通販』によると、AmazonのCEOであるJeff Bezos氏はWalmartの物流戦略を徹底的に研究し、多くの社員を引き抜いてきたという。
そして現在は、Amazonの元社員でJet.com設立者のMarc Lore氏が、WalmartのEC事業における責任者を務めている。次はAmazonのノウハウをWalmartが取り入れる番なのかもしれない。
今後もオンラインとオフラインの境界を超えて繰り広げられる戦いからは、次世代の買い物体験を考える上でのヒントが得られるはずだ。
img:Walmart , Amazon , United States Patent and Trademark Office