スマホが普及するとともに、身の回りのモノから、クルマや家、果ては街に至るまで、あらゆるものがインターネットと連携し、スマート化しようとしている。ビジネスパーソンの強い味方であるスーツケースも例外ではない。日本の大手メーカー、エースが展開する日本製トラベルバッグブランド「プロテカ」がIoTスマートラゲージ市場に参入したのだ。パートナーにソフトバンク「+Style」と「nendo」を迎えてのコラボレーションというだけに、その実力のほどが期待される。

本職のスーツケースメーカーが手掛ける意味

「キャスターの開発以来、もう50年くらい、スーツケースの大きなイノベーションはありませんでした。ところが、2014年10月、クラウドファンディングにより、スマートラゲージというスーツケースの新しい可能性が開けました」

このように話すのは、日本のスーツケースの大手メーカー、エースでスマートラゲージのプロジェクトを統括する野間敬輔氏。プロテカでスマートラゲージ「MAXPASS SMART(マックスパス スマート)」の開発をスタートした当時をそう振り返る。さらに、次のように続ける。

「スタートアップ企業はスーツケースのメーカーではありません。そこで、一過性のガジェットで終わらせるのはもったいないと考え、日本初のスマートラゲージを作るためのプロジェクトチームを立ち上げました」

すでに海外ではスマートラゲージの数々が発売され話題となっているが、これらはスタートアップ企業、いわゆるITベンチャーによるもの。本職のスーツケースメーカーによるIoTスマートラゲージとなると、否が応にも期待が高まる。実際にデザインを手掛けた同社の柘植正紀氏は、スーツケースのスマート化についてこう語る。

「まずは、なにをもって“スマート”とするか。ターゲット層のビジネスユーザーにとってうれしい機能とは何か。そうやって絞り込んでいったのが『スマホ充電機能の搭載』、『コードリールユニットの採用』、トラッキング機能である『TrackR』への対応という3つの機能だったわけです。スマートロックや重量表示など、それ以外の機能も検討するにはしたんですけど、最終的には採用しませんでした」

IoTを詰め込むことがスマート化ではなく、+αの便利機能をワンアクションで行えることを“スマート”と捉えて開発。カバンに搭載された機能を使うために、いちいちスマホのアプリを立ち上げたり、面倒な設定が必要だったりするのは、スマートではないと話す。

左/エース株式会社 スマートラゲージ開発プロジェクト 統括 野間敬輔氏。右/エース株式会社 デザイナー 柘植正紀氏

このプロジェクトは三つ巴のコラボレーションで進められた。そのパートナーは、プロテカのリブランディングを手掛けたデザインオフィスのnendoと、ソフトバンクが運営する消費者参加型のモノ作りプラットフォームである+Styleだ。前者からは、カスタマーからの商品の見え方や商品が持つメッセージ性といったコンセプトが、後者からは他のIoTにおけるユーザーエクスペリエンスなどの知見やマーケティング情報が提供される。

“スマートラゲージ”のコンセプトと機能さえ決定すれば、あとは本業であるスーツケースとしてのデザインとなる。本当に必要なスマート機能のみに絞り込んだ理由のひとつは、スーツケースの基本性能である収納力と軽量さを損なわないためでもあった。そのあたりの実用的な設計は、いかにも専門メーカーらしい。

スマホ充電用コードリールユニットを採用

外装に充電ケーブルを搭載

最初に目を惹くのが、メス側のUSB端子を装備しているだけのスマートラゲージが多いなか、最大100㎝のマイクロUSBケーブルをコードリールユニットとともに搭載していることだ。

「ケーブルを探すためにスーツケースの中身をかき回すのではスマートとは言えません。スーツケースを閉じたまま、必要なときにケーブルを引き出せて、使わない時には手軽に収納できるようにコードリールユニットを搭載しました」(柘植氏)

充電しながらスマホを操作可能

機内持ち込み容量として最大級のサイズだが、預け入れをするときにも便利なように、バッテリーをフロントポケットに収納するなど、ほかにもユーザー目線に立った使い勝手の良い設計が随所に見られる。さらに、こんなちょっとした配慮が、とても実践的に機能することも。

「スーツケースと向き合うシーンといえば出発ロビーでの搭乗待ち。そんなときにスマホを立てかけて見られるようにスタンド機能を装備しています」(柘植氏)

キャリーバーを収納する箇所のくぼみがスマホスタンドに

バッテリーは取り出しやすいようフロントポケットに収納

スマホとラゲージ双方の紛失を防ぐ『TrackR』

もうひとつ、スマートラゲージの未来を語る上で忘れてならないのがトラッキング機能。Bluetoothトラッカーの『TrackR』を内蔵、というよりも、500円玉サイズのユニットのため内ポケットに収納されている。スマホとラゲージが30m以上離れるとアラートが鳴る仕組みだ。

「実際、私もスマホを紛失したことがありまして……。荷物の紛失だけなく、スマホの置忘れなども知らせてくれる便利さは、身をもって痛感しますね(笑)」(野間氏)

500円玉サイズのTrackRユニット

このTrackRで注目すべきなのは、クラウドロケート機能を備えているところ。Bluetooth機能の通信範囲を超えていても、タグのついた荷物のそばに別のTrackRユーザーがいれば、そのロケーションを教えてくれるのだ。例えば、成田空港に帰国した際、荷物が手違いでアフリカに到着していた場合も、他のユーザーが検知すればラゲージの位置情報を知らせてくれるというわけ。ユーザー数が増加するほど利便性が上がるシステムだけに、今後の普及にも期待が寄せられる。

一定距離より離れるとアラートが鳴る。またアプリから位置情報もわかる

ともあれ、まだまだ黎明期かもしれないが、専門メーカーが本気で実用的なスマートラゲージを作ったことで、野間氏の言う「一過性のガジェット」で終わることはなさそうだ。

むしろ、これから他社が本格参入し、さまざまなアプローチでスマート化していく可能性があるのも興味を惹くところ。たとえば、リモワが展開している、荷物のチェックインを自宅などでできる『RIMOWA Electronic Tag』。提携航空会社が広がれば、近未来的な旅行スタイルのイメージも現実味を帯びてくるだろう。また実用性はともかく、ペットよろしく持ち主を自動的に追跡するロボティクススーツケースなるものも存在する。

柘植氏ではないが、スーツケースにおけるスマートさとは何か。そんな命題も含め、まだまだ面白そうなモノが登場しそうなジャンルである。

 

img:Takashi Akiyama,ACE