覆面をした人物が夜中にこっそり廃墟に忍び込み、スプレー缶片手に壁に絵を描くーー「ストリートアーティスト」に対するイメージの多くはこのようなものだろう。

かつて「違法」で「街の景観の破壊者」と行政からみなされていたストリートアートが、いま新たに街のカルチャーシーンや経済を活気づける鍵となっているケースがある。

ストリートアートシーンが盛り上がり始めた1990年代から現在に至るまで、ストリートアートは街をどのように変容させてきたのか、なぜ一部の街がストリートアーティストたちを惹きつけているのか。

ストリートアートがもたらす「価値」の見直しとともに、積極的にストリートアーティストを活用しようと試みる企業や、彼らの露出を支援する活動も生まれている。

ノルウェーの「オイル産業の街」に、ストリートアートがあふれる理由

ノルウェー南西部のスタヴァンゲル。国外からはさほど知られていない人口25万人の街は、ノルウェー経済を支える石油経済産業の中心地として1970年代から栄えてきた。

石油関連の企業の社員が多くを占めるこの街は、もう一つの顔をもつ。ストリートアートが街中にあふれる「ストリートアートの街」なのだ。市内を歩けば、至るところでさまざまなアーティストが描いた作品と出会うことができる。

その多くは、国家や地域が直面する社会の問題について観るものに問いかけるメッセージ性の強いものだ。たとえばこの作品では、自転車に乗った二人の人物が描かれている。左の標識には「ホーム」と「No way(行き止まり)」と書かれている。

ノルウェーに住んでいれば、多くのひとがこの隠喩を理解できるだろう。2015年の秋から冬にかけて、欧州にシリア人などの難民が大量に押し寄せたとき、ロシアの国境を自転車で越えてノルウェーにわたる難民が大量に発生した。

「車輪のついた乗り物でのみ国境を越えることができる」という法律をうまくハックして、自転車を調達して国境越えをする難民が相次ぎ、ノルウェー国内では大きなニュースになったという。

「ホーム」からやってきた彼らが目指す方向は「No Way」つまり行き止まりなのか。もしくは「NORWAY(ノルウェー)」に留まることができるのか。標識が問いかける。

この作品のように、難民危機、ブレグジットや各地の右傾化によって問われる欧州連合の方向性など、欧州そしてノルウェーが直面する問題を問いかける作品は他にもいくつか見かけられた。

この作品もその一つ。EUのマークの中に書かれる、ノルウェーという文字は一部かすれながら、「NO WAY」つまり「ありえない」とも読み取れる。欧州にありながらもEUには加盟していないノルウェーの立ち位置を問う作品だ。

ローカルのコンテキストを描いたものもある。たとえば、この作品は数年前の石油価格の下落によって大きなレイオフが行われた地元の石油業界をテーマに描かれたものだ。石油価格下落によってスタヴァンゲルは大きな打撃を受け、外資系企業を中心に撤退した企業も多く、多くの業界関係者が街を離れた。

2016年にこの作品を描いたオーストラリア出身のストリートアーティストであるFintan Magee氏は、この街が直面している産業の変化について知り、「ポストオイル経済」についての議論が増えている状況を反映したいと考えたという。

彼はオイルワーカーの写真を撮って、それを元にタンクに絵を描いた。右側は、石油価格の下落とともにオイルワーカーが街から姿を消しつつある状況を表したものだ。

「ローカルな例を使いながら、グローバルな問題や労働者階級が直面するシビアな状況について問いかけたかった」とFintan Magee氏はいう。

「アートが根付いていない場所だからこそ、アートが必要だった」

再開発や地元経済の盛衰によって、多くの場所が変容していく。取り壊される予定の家や建物にアートが描かれることによって、時代の流れとともに変化する場所や存在に新たな意味が付随される。その場所は観る者に問いかける。

観る者によって解釈や感想は異なるだろう。だからこそ、議論が生まれるきっかけとなり、公共のものとなる。自分も表現しようと思うきっかけにもなる。

石油産業経済に支えられてきたスタヴァンゲルでは、決してストリートアーティストの活動を支援する環境が整っていたわけではない。むしろ、安定した企業に勤めて、会社と自宅を往復するような日常を送る市民が多い場所だ。

「だからこそ、アートを通して人々をエンゲージメントしたかったのだ」と語るのは、スタヴァンゲルのストリートアートシーンが生まれるきっかけとなった、ストリートアートフェスティバルであるNuArt Festivalを立ち上げたマーティン・リード氏だ。

今年17回目を迎えるNuArt Festivalは、2001年にエレクトロニクスミュージックフェスティバルのサブイベントとしてスタートし、2005年からはストリートアーティストに特化したフェスティバルとして毎年開催されるようになった。

それだけ「ストリートアートへの関心が高く、参加者の反応がポジティブなものだった」と彼はいう。当初は市の芸術評議会に資金を申請したものの、却下され、銀行から融資を受けて資金を集めた。その後、参加者や市民の評判の高さに押される形で市のお墨付きももらえるようになった。

毎年、フェスティバルの開催前に十数名のストリートアーティストを国内外から招き、市内各地の廃墟やビルの壁などの「キャンバス」に作品を描いてもらう。フェスティバル中にそれらの作品が披露され、関連するワークショップやディベート、イベントが開催される。「職場と自宅の往復という日常から離れて、作品に向き合って、お互いに話をする場が必要だと思った」とリード氏はいう。

こうしてスタヴァンゲル市内にはストリートアートの作品が徐々に蓄積されるようになった。フェスティバルが開催される時期には国外からの来訪者も増える。毎週土曜日には、ストリートアートツアーも開催される。こうした展示、教育を通じて、ローカルな問題も広がりをもっていく。

ストリートアーティストを惹きつける街、ベルリン

スタヴァンゲルに限らず、ストリートアーティストを惹きつける街は他にもある。スタヴァンゲルではNuArt Festivalというキュレーター主催のフェスティバルがストリートアーティストシーンの盛り上がりを牽引しているとしたら、自然な形でそのシーンが盛り上がっていった都市がベルリンだろう。

なぜベルリンでストリートアートシーンが盛り上がったのか。その経緯は、ベルリンという街が経てきた波乱万丈の歴史と切り離せないものだ。ストリートアートシーンが盛り上がった背景には、当然ながら多くのアーティストを惹きつけてきたという歴史がある。

アーティストがベルリンに集まった背景として、ベルリンを東西に分断していた壁が1989年に崩壊し、東ベルリン体制の崩壊とともに東側には廃墟があふれたことが影響を与えている。

増えた空き家や廃墟、人口流出による家賃の低下、行政による管理が移行期であったために緩かった、という条件が重なって、低い家賃、自由な創作活動ができる広い場所を求める国内外のアーティストたちが自然にベルリンへと集まっていった。無断で廃墟を占拠し、創作活動を行う「スクワット」は東ベルリン各地で起きた。アーティストは街全体をキャンバスにメッセージ性の強い作品を描いていった。

ストリートアートシーンは、その注目の高まりと共に次第に「クール」とみなされるようになった。すると、今度は不動産物件のオーナーや企業がアーティストに依頼をして、壁に作品を描いてもらうケースも出てきた。有名な作品が描かれていれば、注目が集まるからだ。かつて違法な作品がほとんどを占めていたストリートアートも、徐々にグレーゾーン、合法なものへと変容していった。

企業に依頼されて描くストリートアートなど本物じゃないーーそう声をあげるアーティストや観客もいるだろう。一方で、そうした需要の高まりをチャンスと捉えて活動を広げるアーティストたちもいる。

ストリートアーティストと企業をマッチングし、新たな機会を提供

ベルリンのスタートアップ「Book a Street Artist」は、ストリートアーティストと企業や個人をマッチングするオンラインプラットフォームを開発。アーティストたちに新たな機会を提供している。彼らはストリートアーティストたちと社会をより積極的につなげる仕組みをつくっている。

2012年、ポルトガルの首都リスボンでストリートアーティストの活動についてリサーチをしていたドイツ人女性のCharlotte Specht(シャーロッテ・シュペヒト)氏は、友人とともにストリートアーティストの活動について話をする中で、彼らのビジネスを支援することが必要であるという結論にいたる。

シュペヒトはストリートで活動するアーティストたちに直接話しかけ、彼らの活動や彼らが直面する課題について理解を深めていった。何人ものアーティストに話を聞いたのちに、気づいた共通の悩みは「自分の作品をどうプロモーションすればいいのか分からない」というものだった。

彼らはまずアーティストのポートフォリオサイトの作成を手伝うことからスタートし、後にリスボンよりもスタートアップシーンが大きいベルリンに拠点を移して、アーティストと彼らを必要とする企業や個人をマッチングするオンラインプラットフォームを立ち上げる。現在、200名のアーティストがプラットフォームに登録され、毎日約一件のペースでマッチングが行われている。

たとえば、ポルトガルの大手エネルギー企業からは社員向けにグラフィティワークショップを開催してほしいという依頼があり、6名のグラフィティアーティストが現場に派遣された。

企業が依頼した理由は「チームビルディング」。「楽しい」そして「インタラクティブ」な方法でチームビルディングをする方法を模索していたときに、Book a Street Artistの活動について知り、問い合わせをした。当日はエネルギー企業であることにかけて「#iamnewenergy(私は新しいエネルギー)」というハッシュタグをつくって、数十名の社員がグラフィティづくりに参加した。

モバイルバンクを開発するベルリンのスタートアップN26は、オフィスを改装する際、壁にグラフィティを描いてほしいと Book a Street Artistに依頼した。理由は「エッジの効いたオフィスにしたいから」。

新しいプロダクトを開発するN26にとって、既存の価値観を破るような荒々しさと創造性、エネルギーに満ちたグラフィティは、まさに自分たちの姿勢を表現するものであるだろう。

新しいアイデアで新たな事業を急成長させていくスタートアップと、既存の芸術の型を破って表現活動をするストリートアーティストとは特に相性が良い。まさに、新しいものを生み出したいというエネルギーがクロスした事例である。

変化に直面する社会で「ストリートアート」が対話を促進する

ノルウェーのスタヴァンゲル、ベルリンにおけるストリートアートの事例を見ると、共通するキーワードは「変化」だ。

石油価格の下落に伴って既存の産業構造の変化に直面するスタヴァンゲル、冷戦後の街の変化や昨今の新しい産業の成長を経験するベルリン。ストリートアートは、変化に直面する社会において、対話を促すきっかけとなったり、変化を表現する媒体となる。

テクノロジーの力によって新たに飛躍する産業、古い体質を脱却して新たなエネルギーを取り込みたい企業、そして変化に直面する都市……変化の激しい時代において、ストリートアートが有する創造性やエネルギーが必要とされる機会は今後さらに増えていくだろう。

img : Book a Street Artist

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