映画やドラマ見放題、音楽聞き放題など、サブスクリプション型のサービスやアプリは、ここ数年ですっかり私たちの日常の一部になった。スマートフォンやパソコンからいつ、どこにいてもコンテンツを楽しめる便利さを享受している。

一方で、月額25ドルでコンサートに参加し放題の「Jukely」や、提携先のあらゆるフィットネススタジオで一定回数レッスンを受け放題の「ClassPass」など、オフラインのアクティビティーに関するサービスも話題を呼んでいる。

月額制の映画館通い放題サービス「MoviePass」とは?

MoviePass」も新たなサブスクリプション型サービスの一つだ。2011年に開始した同サービスは月額料金を支払うと、1日1本まで2D映画を提携先の映画館で観られる。ユーザーはアプリで作品を事前に予約し、MoviePass専用のカードで決済を行う仕組みだ。

2011年にサブスクリプションを開始した当初は映画館チェーンからの協力はゼロだったが、地道にサービスの改良を重ねた結果、現在では米国にある映画館の9割がMoviePassに対応している。

同サービスの創業者は、音楽・映画業界出身の実業家Stacy Spikes氏と、実業家兼投資家として複数の事業に携わるHamet Watt氏だ。Spikes氏はホームビデオやケーブル放送がサブスクリプション型サービスに取って代わられる様子をみて同サービスの着想に至ったそうだ。MoviePassを「映画好きによる、映画好きのための」サービスと形容している。

MoviePassの共同創業者、現チェアマンのStacy Spikes氏

2016年にはNetflixの共同創業者であるMitch Lowe氏がCEOに就任。以前からLowe氏はMoviePassにアドバイザーとして携わってきた。

自宅で映画やドラマをイッキ観する文化を生んだNetflixから、映画館での鑑賞体験を提供するMoviePassへと、ベクトルの大きく異なるサービスに移った理由はどこにあったのだろうか。

同氏はCBSのインタビューに対し「クリエイターは小さいスクリーンで視聴されると期待して映画を制作しているわけではない」と答えている。Netflixが普及した現在でも「映画を観る上で最適な場所は映画館」なのだという。

さらに、Lowe氏はサブスクリプションサービスにおける収益の安定性を挙げ、特別な試写会イベントなど、ユーザーに特典を提供していきたいと展望を語っている。

元NetflixのCEOがミレニアル世代を映画館に呼び戻す?

MoviePassのユーザーは75%がミレニアル世代、Netflixのヘビーユーザー層であり、映画館に足を運ばないといわれる世代だ。米国では18歳から39歳のチケット売り上げが5年連続で下降傾向にある。Lowe氏は「ミレニアル世代はサブスクリプション型を好む」ため、MoviePassが映画館に足を運ぶきっかけを提供できると自信を覗かせる。

「彼らは一つ一つの映画が良いかどうかをその都度判断したりしません。そのためサブスクリプション型が最適なのです。本来なら観る気のしない作品もとりあえず観てみようかと思えるからです」

MoviePassの元CEO、Mitch Lowe氏

Lowe氏と同様にNetflixのCEOであるReed Hastings氏も、今年6月に開かれたカンファレンスにて「共通体験として友人と映画館に映画を観に行く意義は変わらないだろう」と述べていた。Netflixを筆頭に、定額制の動画配信サービスに良質なコンテンツが溢れる昨今、誰かと映画館に行く行為そのものの価値は今後より高まっていくだろう。

思い切った値下げに反発する映画業界、急増するユーザー数

先日MoviePassはこれまで14.95〜50ドルの間で提供していた同サービスを、月額9.95ドル(およそ1,070円)に値下げすると発表。値下げに伴い、データ分析を専門とする企業「Helios and Matheson Analytics」に株式の大半を売却した。

National Association of Theatre Ownersが実施した調査によると、米国の平均映画チケット価格は8.65ドル、MoviePassの月額料金はチケット一枚分とほとんど大差がない。また、月1回以上映画館を訪れる人は全人口のうち11%程度にとどまっている。

Lowe氏は「映画館を訪れたい人にはチケット代が壁になっている」と指摘し、価格が手頃になれば入場者は着実に増加すると料金を下げた意図を語った

対して、大手映画館チェーンの「AMC Theatres」は値下げに対して非難を表明。MoviePassの利用停止に向けて協議を進めている。同社は非難の理由として、サービスの収益性が見込めずサービス停止の恐れがある点、チケットの低価格化が映画館とクリエイターへの利益を脅やかしうる点を挙げた。

一方で、値下げの影響は観客数へ如実に反映されている。同社は値下げの発表後にユーザー数が15万人を突破、昨年12月の2万人を大きく上回った。さらに、値下げ発表から5日間では、提携先のとある映画館チェーンではMoviePassユーザーの入場者が203人から4,137人にまで増加したという。

広告、販売、データ活用。MoviePassが想定する未来

「AMC Theatres」が懸念している利益については、2013年のインタビューでCEOのStacy Spikes氏が複数の可能性を示唆していた。たとえば、『ハリー・ポッター』シリーズを観た観客に、原作の書籍やDVDを提供するなど、鑑賞傾向に合わせてサービス上での購買を促すなども想定している。

当時のSpikes氏が特に強調していたのはデータの活用だ。通常の映画館では、誰が、いつ、どの映画のチケットを購入したか、データはほとんど記録されていない。MoviePassではGoogleがウェブサイトのアナリティクスツールを提供するように、映画館側が入場者を分析するための仕組みを提供していく予定だ。

今回の発表を受けて、Helios and Matheson Analyticsのチーフ・エグゼクティブ・オフィサーであるTed Farnsworth氏もターゲティング広告に言及し、「ファンを理解すれば、より適切にターゲットを定められる」と語った。収集した視聴データをコンテンツ制作やレコメンド機能に活用したNetflixのように、ユーザーから得た情報を元に良質な映画館体験を実現していくのかもしれない。

Lowe氏はNetflixでの経験をもとに「誰もいない市場に進出する重要性」を挙げている。また、Netflixがサブスクリプションサービスを始めた頃は誰も成功を信じなかったと述べ、現在のMoviePassも同じ状態にあると話した。

オフラインにおいてもNetflixのように多大な影響力をもつサブスクリプション型サービスが普及していくのか。MoviePassが既存業界との関係構築やデータの活用をどのように進めていくのかは、一つの大きな指針となるはずだ。

img:MoviePass

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