日本の四国ほどの大きさの中東国に、intelやMicrosoft、IBMやシーメンスなどのグローバルカンパニーが拠点を置いている。テクノロジー業界で、世界の注目を浴び続けている国、イスラエルのことだ。そんな同国のスタートアップと日本の企業や投資家とをマッチングするAniwo社のCOO(最高執行責任者)・植野力さんに、イスラエルがイノベーションを起こし続ける理由をうかがった。
植野氏は、大学時代の友人2人とAniwo社を起ち上げるため、2014年にイスラエルの地に渡った。その後、1年を同国の経済拠点であるテルアビブで暮らし、今も1年の数カ月をイスラエルで過ごしている。
Aniwo社は、日本の企業や投資家と、イスラエルのスタートアップとをマッチングするオンラインプラットフォーム「Million Times」を開発・運営している
とにかくやってみよう! という姿勢が国民全体に浸透しています
「実際にイスラエルに行ってみて感じたことは、“パワー”が溢れているということです。何かを起ち上げると、瞬時にグローバルに展開する。そうしたパワー、熱量の強さをひしひしと感じます」
日本には技術力の高い名だたる企業がひしめいているにも関わらず、世界的なイノベーションを起こし続けることができずにいる。一方のイスラエルは小国にも関わらず、イノベーションを起こし続けている。その違いは物事を推し進める力、つまり“推進力”の違いが大きいのではないかと植野氏は語る。
「国民性と言えると思いますが、“とにかくやってみよう”という姿勢が、国民全体に浸透しています。
ヘブライ語には“フツパー”という言葉があります。これは、時には無礼と思われるくらいに勇敢というような意味合いです。普通の人であればためらってしまうようなことも平気でやる」
“とにかくやってみよう”という国民性だからこそ、新たな領域に果敢にトライすることができるのだろう。例えば日本人でも“とにかくやってみよう”と、即座に行動に移せる人は少なくない。だが、それも若い世代に限定されている印象がある。イスラエルでは、それが国民性となっているのだという。
「スタートアップが多いと言われているイスラエルですが、若くから起業する人は多くありません。起業家の多くが30代後半から40代で、中には50代の人たちもいるんです。
専門性のある技術を確保してから起業する、という人が多いんです」
イスラエルは、そもそも徴兵制が敷かれている国。さらに、徴兵から解放された後には世界を旅する若者も多い。となると、イスラエルでは大学を卒業するのが24〜25歳というのが一般的なのだ。それから就職し、専門性を磨き上げてから起業する。
だが、日本であれば30歳の後半ともなれば、社内で一定の評価とポジションを得ているはず。家族もいるし、後はこのまま定年まで安定した生活を維持していこうと考え始める頃だろう。そんな40歳前後で会社を飛び出し起業するモチベーションは、どこから起きるのか?
「イスラエルの人たちは、より人生を充実させるためには、リスクを取ってでも挑戦するべきと、考える人が多いです。リスクがあったとしても、リターンへの期待の方が大きいのです。
また、1度起業に成功した後でも、より楽しそうなことが思いつけば、リスクがあっても、どんどん次の新しいことをやります」
“安定”を求めがちな日本の国民性とは対照的なのが印象的。だが、これがイスラエルの人々から感じる、“パワー”と“推進力”の根底にある、ものの考え方なのだろう。
「Israel is super super super OK for failure.」
圧倒的な推進力やパワーを持つ国民性、“とにかくやってみよう”の先には、数々の“失敗”は避けられない。そうした“失敗”をあまりネガティブに捉えない、失敗に寛容な風土がイスラエルにはあるという。
「イスラエルの起業家や投資家などに、なぜイノベーションがたくさん起きているのかを尋ねたことがあります。そのときに、印象的な言葉が返ってきたのが忘れません。
“Israel is super super super OK for failure.”
(イスラエルでは、とても とても とぉっても 失敗が許される)
失敗に対して、すごく寛容な国なのです。
アントレプレナー(起業家)として成功している人には、失敗している人が多いです。たとえ失敗しても、それで終わらず、2回目、3回目のチャレンジでもしっかり投資家からお金を集められますし、ブラックリストに載るようなこともありません。
“8,000万円集めたけど、開発で全部お金がなくなって、今また新しいことをやっているよ”と笑って話せる国民性があるんですよ。
アイデアさえあれば、誰もが何度でもチャレンジできる環境がある。……と言っても、許されるのは8回までといった話もありますが(笑)」
そもそもイノベーションとは、難易度の高い挑戦であるはず。そうした挑戦には、多くの失敗が付き物と言える。イスラエルでは、むしろ失敗という経験こそに、かけがえのない可能性を感じることができる投資家が多いのだ。
イスラエルの高い技術の源泉
イスラエルが高い技術力を備えていることに異論はないだろう。最近のトピックから例をとれば、日本を含む多くの自動車メーカーが採用する自動運転技術は、イスラエル発のものである。サイバーセキュリティ関連についても、突出した技術を誇る。
こうした技術力の背景には、レバノン、シリア、ヨルダン、エジプトといった国々に囲まれ、常に周辺諸国からの脅威にさらされていることにある。同時に、徴兵制により、最先端のテクノロジーに接する機会が多いことが、技術力を高められる要因だと、植野氏は語る。
「イスラエルでは、男性も女性も全員が軍隊を経験します。軍隊の中にもさまざまなユニット(部隊)があり、国境周辺で侵入者を見張って銃弾を撃つといったこともあれば、コンピューターサイエンスに触れる人たちもいます。後者のような技術をもっと深めたいと思えば、兵役後も軍に残って、職業としてお金を稼ぐこともできます。
また、イスラエルは人口(約868万人……2017年5月イスラエル中央統計局のデータによる)が少ない割に、周りが敵だらけです。周辺国から常にハッキング攻撃を受けるため、サイバーセキュリティ技術が発達しています。それ以外にも、医療、ナノテクノロジー、画像処理、センシング、などの研究開発も進んでいます。
自分たちの技術が劣れば、国や国民を守れないという緊張感があります。自分の国を守るため、軍需産業の分野でのイノベーションは欠かせないのです」
軍隊の中には、技術研究開発チームも当然ある。兵役義務を通して高度な技術に触れ、ノウハウや技術を身に付けた後は、大学に進学したり、就職の道を選んだりする。そうして専門技術の知識を蓄積していき、前述の通り、30代後半から40代で起業を考えるという。
「軍隊という緊張感のある組織の中で、多くの若者が高度な技術を取り扱う体験をする、という背景があります。そして、さらに専門性を蓄積してから起業します」
重要なのは、そうした起業家たちをサポートする環境が整っている点だ。
「Google、Apple、Facebook といった海外の大手企業が、イスラエルの会社を買収したり、技術を取り込むためにイスラエル国内に拠点を置いています。スタートアップ時の企業を、支援するアクセラレーターもたくさんいますし、世界中から資金を集めやすく、成長しやすい。
イスラエルでは、起業家をサポートする環境が整っているのです。そうした環境は、自然と出来上がってきた側面もありますが、1990年代からは、政府が主導して環境づくりをしてきました」
国民性と地政学的リスク、加えて政府による環境整備。これらが一体となって、イスラエルでの連続的なイノベーションを可能にしているのだ。
イノベーション大国として日本が復権できるか?
「日本がイスラエルのことをよく知らない、というのは非常に“もったいない”ことだと感じています」
イスラエルとは環境が大きく異なり、人々の考え方も国民性も違う日本でも、イノベーションを連続的に起こせるのか。核心に迫るべく、植野氏に尋ねてみた。
「イスラエルの経済省が1990年代に“ヨズマ・プログラム”と呼ばれる、民間のベンチャーキャピタルを支援してスタートアップの産業を盛り立てるという政策を始めました。同プログラムは、イスラエルでは効果的に機能しました。これと同様のプログラムを、日本の経済産業省が数年前から導入しています。
日本もスタートアップへの支援を真剣に考え始めたと言えるでしょう。世の中のトレンドと、霞が関との動きが一致してきました。今後は、日本も変わってくると思います」
植野氏は、企業の研究開発部門の担当者と話す機会も多い。そうした担当者と会話する中で感じるのは「日本は、もったいない」ということ。
「日本の研究開発者の方々と話すと、すごく情熱を持って研究しています。優秀な方々がたくさんいる。それなのに、会社の業績を気にするなどして、新しいイノベーションを起こせないでいます。
そういった優秀な人たちが起業したり、スタートアップの界隈に人材として流れやすくしたり、といった仕組みが構築されれば、日本も強くなるはずです」
例えばSonyは、AppleがiPhoneを世に問う以前に、スマートフォンの先駆けとなるべきモデルを作っていた。だが、結局は世に出すことなく終わってしまった。優秀な技術を持っているにも関わらず、その凄さや可能性を認識できずにビジネスチャンスを逃す。これまでの日本は“もったいない”ケースが多すぎるという。
「ノウハウ、技術を持っていれば、イスラエルの人は積極的にアピールしますし、必ずと言っていいほど起業します」
植野氏は、日本人、特に研究開発部門の人たちは「内気な人が多い」とも感じている。日本のイノベーションに最も必要なのは、“一歩踏み出す勇気”なのかもしれない。
「失敗を恐れない起業家のマインドも含めて、イスラエルから学べることは多いです。また優れた技術力がイスラエルにはあります。そうしたイスラエルが、日本では認知度が低いのは残念なこと。必要とする技術がイスラエルにあるにも関わらず、知らない、または躊躇しているうちに、国内外の大企業はどんどんイスラエルに進出しています。
例えばイスラエルのソフトウェア企業と日本のハードウェア企業が組めば、グローバルでも競争力のあるものが生み出せるはずです」
日本人の安定志向の強い国民性を変えるのは難しいだろう。だが、日本には無いかコストが高く、イスラエルにはある技術を取り込むことは出来るだろう。まずは、よりイスラエルという国に注目し、分析することで、日本という国の総合力も高められるはず。イノベーション大国を目指す手がかりが、イスラエルにあるのかもしれない。