「顧客の問題を発見すること」ネスレ日本・高岡浩三CEOが語る“イノベーションの起こし方”

高岡浩三氏は、2011年11月に、日本人初のネスレ日本株式会社の代表取締役社長兼CEOに就任した。それまでにもキットカット事業を伸長させ、CEO就任後には、様々なイノベーションを起こし、同社の業績はもちろんプレゼンスやブランド力を成長させ続けている。

当然、高岡氏の発言は多くのビジネスパーソンが注目するところ。そこで、2017年下半期に向けた事業戦略発表会において同氏が語った言葉の中から、イノベーションやマーケティングに関する部分をピックアップした。

ネスレ日本株式会社代表取締役社長兼CEO高岡浩三氏

 

イノベーションを起こすために大事なのは“顧客の問題を発見すること”

近年、同社が事業の柱の1つとしているのが“抹茶”。同社と抹茶との関わりは、2004年に期間限定でキットカット「宇治抹茶味」をリリースした時にまで遡れる。その後、「ネスカフェ ドルチェ グスト」では2011年に宇治抹茶ラテを、2016年からは宇治抹茶をラインナップしている。今年の春からは、身体に不足している栄養成分を抹茶に加えた「ネスカフェ ドルチェ グスト」用のカプセルを届ける「ネスレ ウェルネス アンバサダー」のサービスを展開し始めた。

同社の抹茶事業の展開。2017年上半期の事業戦略発表会の資料より

同社によれば、こうした抹茶関連の商品はいずれも好調な販売。「ネスカフェ ドルチェ グスト」用の宇治抹茶は、既に主力のレギュラーブレンドと同じ規模に成長。「ネスレ ウェルネス アンバサダー」については、サービスの全国展開後の1カ月で1万人の応募があったという。

「私どもは、イノベーションを起こすために、あるいはビジネスを成功させるために一番大事なのは“顧客の問題を発見すること”だと考えています。これが実は一番難しいことなんです」

顧客の問題を洗い出し、自分たちが解決できるのかを考える。例えば「ネスカフェ アンバサダー」は、“オフィスで簡単に美味しいコーヒーを安く手頃な値段で飲むことができない”、という顧客の問題を同社が解決したものだとする。

「それまでは、カフェに行って数百円のコーヒーを買ったり、コンビニや自動販売機で買ったりしなきゃいけなかった。でもオフィスでボタンを押すだけで、数十円で美味しく飲めるコーヒーがあったら、そちらで飲むはず。

それは諦めているか気が付いていない問題だった。それを僕らが発見し、解決したから『ネスカフェ アンバサダー』は成功したんです」

表層に現れている問題はもちろん、顧客自身も気が付いていない問題までを、考え抜いて見つけ出す。

「ネスカフェ ドルチェ グスト」の宇治抹茶カプセルについても同じです。自宅で抹茶を美味しく点てるのは難しい。美味しい抹茶は、誰もが甘味処あるいは高級旅館などでしか飲めないものと考えていたはず。

“飲みたいけど、飲めない”

だけど、飲めないのが当たり前だと思っているから、みんな諦めている。だから、マーケットは小さいんですけど、その問題を解決して1杯50円で飲めるようにすれば、マーケットはバケるわけです。

だから……市場が小さいからというよりは、その顧客の問題を誰も解決できてない点に注目すべきです。その問題を解決できたから、市場は今の5倍10倍に拡大するんじゃないかと思っています」

ネスカフェ ドルチェグストでは本格的な抹茶が入れられるという

大きなマーケットにブルーオーシャンはない

同社の分析によれば、本格抹茶の市場は急成長している。2012年の抹茶の購買金額を100とすると、昨年は150、今年の予想は250。上乗せされた部分のほとんどが、「ネスカフェ ドルチェ グスト」の抹茶カプセルが貢献したものとする。だが、抹茶市場に参入した当初は「どうしてそんな小さなマーケットに参入するのか?」と聞かれることも多かったという。それに対して高岡氏は次のように語っていた。

「本格抹茶」市場の伸びと、ネスレ日本のシェア。2017年上半期の事業戦略発表会の資料より

「私のマーケティングの考え方で言えば全く逆で、小さいからやるんです。大きいところにブルーオーシャンはない……むしろレッドオーシャン。そこでボリュームは取れるかもわかりませんが、利益は取れません」

誰もがビジネスの可能性を感じて参入すれば、必然的に厳しい競争にさらされる。そうした市場では、品質はもちろんコストパフォーマンスも求められる。

「(その成熟したマーケットで)どれだけの差別化ができますか?」

ということになるわけだ。例えばスーパーには様々な袋詰のレギュラーコーヒーが売っている。そうした中で、かつてマーケットのカテゴリーとしてはなかったポーションタイプを同社は他社に先駆けて販売した。

そして、袋詰のレギュラーコーヒーのマーケットは縮小傾向にある一方で、ポーションタイプの市場は30〜40%へと成長しているという。

「現在、カプセルのセグメントで、我々の市場占有率は95%以上です。どっちが儲かるんですか? という話です。

今はまだ(抹茶の市場は)小さいと思っているかもしれませんが、この1年でマーケットを2倍にすることができました。最初のマーケットが小さいですから、2020年にはおそらく今の3倍4倍にすることは可能だと考えています。そうした市場で、今年の末までには我々のシェアを70%に持っていき、来年までには80%〜90%にする自信があります」

ネスレ日本は「抹茶」を事業の柱の1つに掲げる

ネスレが抹茶をグローバル戦略の柱に据えることはない

日本で大きな可能性を示している抹茶。これまでの発表会でも、キットカットの宇治抹茶味は、インバウンド需要が業績に大きく貢献していると語られてきた。さらに今回は、キットカットをアジア諸国で販売していく戦略が発表された。当然、抹茶事業をグローバルに展開するのではと、ある記者から質問があった。それに対する高岡氏の答えは……。

「抹茶が世界戦略となることはありえません。食品は国ごとの文化や気候などによって異なります。ある地域で受け入れられる味だとかコンセプトなどを、そのまま世界戦略として広げるということはありません」

キットカットやネスカフェのレシピや値段は、提供される国によって全て異なるのだと続ける。また、例えば「ネスカフェ アンバサダー」というシステムは、日本で起こったイノベーションだが、それは“オフィスで簡単に美味しいコーヒーを手頃な値段で飲めなかった”という、かつての日本人顧客の問題だった。

「そうした問題が他の国にもあるのか? という問いかけはあります。

ネスレ日本が起こしたインターネットを使った、『ネスカフェ アンバサダー』というビジネスモデルが、そのまま他の国でも成功するかと言えば、そうは思わない」

例えばフィリピンの労働コストは日本の1/10。そうした国では「ネスカフェアンバサダー」を使わなくても、オフィスグリコ形式なのか、あるいはヤクルトレディ方式などのやり方の方が適しているかもしれないという。

ネスレ日本での成功は、ヒントにはなるけれど、そのまま世界戦略として成功するとは思わないと語る。

高岡氏は過去に「ネスレ日本は、新しい現実が連れてくる、顧客の新しい問題をいかに解決していくかに、常に集中している」と語っていた。顧客の問題は時代、時間によって変わるという意味だろう。当然、時間だけでなく場所や環境によっても、顧客の問題を見極める必要があるということだ。

アジア各国に「キットカット フラッグシップ」ストアが展開される予定

顧客の問題を“製品”で解決できる時代は終わった

高岡氏は、同社の基本戦略として商品を改良することで、今後も企業を成長させていくのは難しいともいう。

「21世紀型の、商品によって顧客の問題を解決するというのは、ほとんど限界なんです。それが証拠に世界の時価総額トップ5社というのはみんなインターネット関連じゃないですか。

20世紀には電気と石油が発見されて第2次産業が起こって、ありとあらゆる商品ができて、あらゆる顧客の問題を解決してきた時代です。その商品がどんどんどんどん改良されて、もう解決されるような問題もほんの少ししかない。その問題をみんなで切磋琢磨してやって、そして日本の家電メーカーも、食品メーカーも、他の産業も疲弊していき、それで最後にみんな持って行っちゃったのがシリコンバレーから出てきたインターネット関連企業なんです。

この21世紀はインターネットで解決しなきゃいけない時代なんだ、ということです。それができているからネスレ日本は成功している。実はコーヒーやチョコレートの味とは、全く関係ないところで成功しているわけですね」

高岡氏は、イノベーションを起こすためには、顧客が抱える問題を見つけ出し解決することだと繰り返し語る

高岡氏は繰り返す。

「イノベーションを起こすために、どういう新しい顧客の問題を解決するんですか? ということです」

そして、ウーバーは20世紀のタクシー業界が解決できなかった問題を解決した……これまで旅館が解決できなかった問題をAirbnbが解決した……スティーブ・ジョブズがやったことも、技術的なイノベーションではないと続ける。

「そのように、今まで20世紀に解決できなかった、どんな問題を、我々はインターネットを使って解決できるのか? それが我々の目指すべきこれからの戦略になるはずです」

img:Nestle

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