今のVR(=仮想現実)へのトレンドは、2012年8月に当時19歳のパルマー・ラッキーが開発した、Oculus Riftがクラウドファンディング「Kicksterter」で出資を募り始めた時から本格化した。その2年後にはOculus VR社はFacebook社に買収され、開発スピードを加速。HTCやSCE(現:SIE)などがVR機器の市場に参入するとともに、その他のメーカーもこれまでに多くのVR機器をリリースしてきている。

今のVRトレンドのトリガーとなったOculus Riftに、2012年の段階で可能性を感じ300ドルを出資した日本人は、そう多くない。その中の1人が、今回お話をうかがった近藤義仁さんだ。近藤さんは、翌年に送られてきたOculus Riftの開発者キットを手にした時に、「これだ!」と思ったという。すぐに知り合いのツテを辿って、当時のOculus VR社にコンタクトを取って渡米。2014年には、Oculusジャパンチームの設立メンバーとなった。

VRコンテンツを開発するXVI(エクシヴィ)の代表・近藤義仁さん。Oculusジャパンチームの設立メンバーの1人

「Oculus Riftは本当に“コロンブスの卵”のようなものだったんです。外観はプラスチックで、中には液晶パネルが入っています。プラスチックレンズを使っていましたが、歪みが補正された自然な映像が見られました。

日本のメーカーに限らず、これまでのメーカーであれば、この歪みを光学技術でどうにかしようとしたはず。結果、価格を抑えることができずにいたはずです。Oculusは、それをコンピューターリソースで解決しました。それで安価なVRゴーグルが作れたんです」

もちろんレンズだけではない、内蔵されている液晶パネルや、頭の動きを検知するジャイロセンサーなどのセンサー類が、急速に単価を下げていたためでもある。これらの価格下落は、昨今の急速なスマートフォン需要の拡大による恩恵だ。

「VRの原型は1960年代からユタ大学で作られているんです。でもなかなか実現できませんでした。また1990年代にもVRブームがありました。この時にはセガが体感ゲームを作ったり、産業系でも活用が試みられたりしました」

いずれにしてもVRは定着することなく終わった。それらの時代は小型化するのが難しく、開発コストも非常に高かったからだ。ジャイロセンサーも映像パネルも高価。CGを作るのにも数千万円するようなワークステーションが必要だったのだ。

「一般的には、新しいテクノロジーやソリューションを導入するのは、時間が短縮できたり、コストが縮小できたりするからです。でも、この頃のVR導入には、そうした優位性がなく、シュリンクしていくことになります」

そこで登場したのが、前述したOculus Riftだ。開発者キットとはいえ、300ドルでVRゴーグルが手に入った。ハイスペックなPCが必要だが、データ通信の格安プランも用意されていなかった初代iPhoneの4GBモデルが499ドルで発売されたことを考えれば、“安い”と言える価格だ。

 

VRとは何か? 今後、どうなるか?

VRゴーグルは今後も小さく装着しやすくなり、安くなっていくだろう。だが、それだけでは普及するはずがない。スマートフォンがそうだったように、多くの人が便利さを実感できた時に、はじめて普及期に入るのだ。

「今はゲームなどのエンターテインメントが主流ですが、それだけで普及するのには限界があります。まずはエンタメから入っていって、どんどん生活を変えていくものになります。

AppleのiPhoneなどはそうですけど、最初は『なんだこれ?』と思う人も多かったですよね。それがジワジワと生活の中に入り込んで、今はスマートフォンがないと死んじゃう、ってなってます。その便利さを手放させなくしていくんです」

VRがどう進化し使われていくかを考える時に、Facebookの「Spaces」が参考になる。VRを使って空間を共有し、その中で写真や動画をシェアし、会話などができる。遠隔地にいる友だちと、まるで隣にいるかのようなコミュニケーションが取れる。

Facebook Spaces

「FacebookのSpacesが流行るかは疑問が残りますが、こうしたVRの世界が広がっていったら、その世界の中でだけの新しい経済活動が生まれるかもしれません。例えば漫画を描いて売るなど、デジタル化できるものは全て売り買いできます。取り引きはビットコインのような、その世界だけで通用する電子マネーを使う。それで、VRの世界の中では億万長者になれるかもしれない」

Kindleやdマガジン、Netflix、Spotifyがそうであるように、本や新聞、雑誌、映画、TVドラマ、音楽など、すでに多くのコンテンツはデジタル化されて実態はない。そうしたものがVRの世界で売買されるというのだ。そして、コンテンツもVRの中で作っていくことになる。

「特に立体的なアートを創るのには、2軸でしか表示できない液晶ディスプレイを見ながらよりも、VR空間の方がやりやすいはずです。VR空間でなら、無重力空間にアートを書くこともできますからね。

それこそ歴史を紐解けば、例えば昔は楽器の弾けない音楽家なんて考えられなかった。でもパソコンが登場してからは、楽器が弾けなくたってDTMがある。コンピューターに打ち込んでいけば、音楽は作れるんです」

同じように、絵の具を持っていなくてもPCのイラストレーターがあれば描けるし、必ずしも執筆家が原稿用紙と鉛筆を使う必要はなくなっている。PCが生活を変えていき、新たな職業を生み出したように、VRが浸透していけば、また違った形で新たな職業が生まれるはずだと言う。

そう語る近藤さんが、VRの中で可能性を感じているのが、「VRの中で使うためのツール」だ。少しイメージしづらいが、PCで言えば、ワープロソフトや表計算ソフトのようなもの。そうしたツールが揃ってきたことでPCは便利になり、普及していった。同じように、イラストレーターやフォトショップなどのVR版が必要とされるという。


Google「Tilt Brush」

Oculus「Medium」

「ゆくゆくはクライアントが、VR空間に来て何かの設計図やデザインを確認したり修正を指示したりするかもしれません。ディレクターとアーティストとのやりとりが時空を超えてコラボできるようになる」

その他にもVRは、プレビュー(事前確認)できるのが良いのだという。没入感が高いこともあり、脳を実際に近い状態にした上で、あらかじめ失敗を体験できる。

このプレビュー機能は、家を買う時や建てる時にも有用だ。例えば家を建てる時に建築家と図面を見ながらやりとりしても、想像できるものは限定的だ。どれだけ部屋が広いか、ソファを置いたらどうなるか、階段は急過ぎないか、などがVRであれば誰でもイメージしやすい。

「今、家やマンションを買ってる人ってCDで言えばジャケ買いみたいな人が多いじゃないですか。人生で一番高い買い物をするのに、2軸のイメージ図で見ただけで、数千万円も出せるとか信じられないですよね。

だけど2020年頃には、クライアントに企画書を提出する時に、『おい! VRは作ってないのか? こんな図面じゃ分かるわけないだろ。そんなんじゃコンペに勝てねぇよ!』って言われるのが当たり前になるかもしれません」

 

AppleとGoogleがAR市場でぶつかり合い、主導権争いを繰り広げる、激しく摩擦が起きる、ということは、進化していくということ

一方で、VR(=仮想現実)と同じ文脈で語られることも多いAR(拡張現実)はどうか? 既に体験したことがある人数では、VRを遥かに超えるのがARだろう。それは、VRゴーグルのようなデバイスがなくても、今持っているスマートフォンですぐに体験できるからという理由もある。

例えば世界で最もダウンロードされているゲームアプリの一つも、AR機能を搭載している。言うまでもなく「ポケモンGO」だ。 ARモードを選択すれば、現実世界の街中にポケモンがオーバーラップする。また「Snow」や「Snapchat」など、カメラアプリのフィルター機能でも活用され、ARと意識することなく使われている。

実用的なアプリとしても、2009年には既に「セカイカメラ」がリリースされた。街中でスマートフォンをかざすと、建物や看板などに、関連する文字や画像が浮かび上がるアプリだった。

その他にも、 Sonyは2011年に「SmartAR」の開発発表を行い2014年にはウェアラブルメガネ型デバイス「SmartEyeglass」を開発者向けに発売している。また2013年には「Google Glass」が話題になり、2016年には「Microsoft HoloLens」が開発者向けに発売されるなど、毎年のようにAR界隈では大きなニュースが報じられている。

「ARに関しては『ARToolKit』というのが10年くらい前に出てきました。僕も趣味で作ったりしましたが、これによって比較的に簡単にARコンテンツを作れるようになってたんです。

でもさらに注目すべきなのが、今年、 Appleが『ARKit』を提供したことです。今後、iOS端末向けのARアプリが作りやすい環境になります。これは、Appleが本気でARに取り組むということです。Appleがサポートしたことで、ARの可能性はものすごく高まっていますね」

「ARKit」がプレゼンされた時に、その一例として「ポケモンGO」が対応することもアナウンスされた。これまでは単に現実世界を背景にして、ポケモンが現れるだけだったが、近い将来には、道路などを認識した上でポケモンが動き回るようになりそうだ

 

ARで仕事の進め方は変わり、出勤しなくてもよくなる

「僕が考えるARは、視界に情報というレイヤーを増やしていくものです。日常生活のリアルに、情報と言うレイヤーを上に重ねていく。情報の足し算ですよね。

例えば『食べログ』のレイヤーを重ねていく。今まではスマホで『食べログ』にアクセスして調べなきゃいけなかったけど、ARメガネをかけていれば美味しい店とかが歩いていればすぐに分かる。アクティブに情報を取りに行く必要があったのが、ARメガネだったらパッシブに視界に情報が入ってくる。

『食べログ』だったり『乗換案内』だったり、今までのウェブサービスが全部視界の中に入ってくるイメージです」

ARで情報を増やせるのと同時に、ノイズキャンセリングヘッドホンのようにミュートできるかもしれないという。自分にとって不快な現実は塗りつぶせる。例えば子供がARメガネを掛けたら、街中にあるアダルト的なものは消えていき、見えなくすることもできるだろう(教育上、それが良いことかどうかは別だが……)。

さらに Microsoft HoloLens に代表されるMR(複合現実)にも、大きな将来性を感じる。MRとは、現実の状況をスキャンしたその上に、情報を重ねていくというもの。現実と仮想がミックスされ、それぞれが影響を与えながら情報が更新されていく。

Microsoft「HoloLens」

「MRまで行くと、仕事の仕方が変わってくるでしょうね。今までは机の上のPCを開いて仕事をしていましたが、MRなら好きなところ空間、壁などにディスプレイを表示させ仕事ができるようになります。

従業員がオフィスに集まって働くっていうことも、あまり意味がなくなるでしょうね。HoloLensをつけていれば、同僚が視界の中に出てきて、リモートワークもできてコラボだって簡単にできますから」

近藤さんは、HoloLensの開発責任者、アレックス・キップマンの講演で話していたことが印象的だったと続ける。

「今まではコンピューターと言うのはパーソナルなものだったけれど、これからはコラボティブコンピューティングになると言っていました。

今までも、Facebook MessengerやGoogleドキュメントなどでコラボレーションもできました。でも、そうした共同作業が、視界を含めてできるじゃないかと言っています」

これまで人は郵便制度や電話から、メール、チャットなど様々なのコミュニケーションツールを発明してきた。あらゆるツールを使えば、今や実際に人と人とが会わなくても、仕事は進められるほど。それでも人は、リアルな空間で会いたがる。

「結局なんで会って話をしなければいけないのかと言うと、情報の帯域の問題だと思います。目を見たり、相槌をうったり、表情筋が動いたりなどを確認しながら話をしたい。特に初めてお会いする方は、パーソナリティーが分からないから、プロトコルを合わせる必要があるんじゃないでしょうか。

笑ってるとか今の話はつまらなそうだったとか、人は単に声帯をふるわせてコミニケーションするのではない。だから人間は会うんだろうなぁと思います。だから慣れてくれば、別に会う必要はないだろうと思います。FacebookのMessengerで“いいね”って送るだけで、やりとりは成立できる。

でも、まだそれだけでは足りなくて、実在感とかプレゼンスとかを、テクノロジーで補完しようとしている」

そして、それを補完できるのが、今後進化していったARなのかもしれない。

 

ゆくゆくVRとARは融合し、スマホに置き換わるデバイスに

VRとAR、それぞれの今後を近藤さんに語ってもらった。だが、近藤さんが考えが考えるARとVRは、それぞれが別個に進化していくものではないようだ。

「今はARとVRは分かれていますが、いずれ2つは融合していくと思います。日常的に、スマートフォンのように常時手放せなくなるレベルで、使わられるようになる」

ARとVRが融合する。常に人はVRゴーグルやARメガネのようなものを掛けるようになるという。そして、外界をシャットアウトしたい時には、またはそうできる時にはVRモードに切り替え、現実世界での情報を得たい場合にはARモードにスイッチする。

「逆に言うとスマートフォンを、使わなくなっていくんじゃないかと思います。“歩きスマホ禁止”とか言ってますけど、もうスマートフォンを持ち歩かなくてもよくなるかもしれません」

だが、これまで世に出てきたデバイスを基準に考えると、ARメガネは良いとしても、VRゴーグルを日常的に掛け続けるというのは想像できない。ほかの人から見た時にも異様に感じそうだ。

「でも傍から見た時の違和感は、ウォークマンの時もあったと思うんですよね。大きなヘッドホンを耳に付けて街中を歩いている姿も、最初は異様だったのでは? でも今は若い女性が、ヘッドホンを頭に付けても誰も何とも思いません。

VRゴーグルも女子高生とかが使い始めて、『えぇ! 持ってないの!? キモい!!」みたいな感じになるかもしれない。要は、認知していない少数のモノを気持ち悪いというだけ。それがマジョリティにまで浸透したら、持っていない方が、同調圧力で不安になっていくと思いますよ。今はスマートフォンがマジョリティになったから、ガラケーを使っている人は少し恥ずかしいと思いながら使っているんじゃないでしょうか? 同じことがVRゴーグルでも、ありえるかもしれません」

Googleのスマートフォン「Pixel」用のVRゴーグル「DayDream View」。ファブリック素材を採用した外観は、これまでのVRゴーグルとは一線を画する

むしろVR/ARゴーグルが“クール”とか“モテる”ためのアイテムになるかもしれない。例として、ルイ・ヴィトンやディズニーがVRとかARグラスを出したら、イメージはがらりと変わるはずだという。

そうした存在にVR/ARゴーグルがなるためにも、エンターテインメントだけではなく、便利なもの、手放せなくなるコンテンツが必要だろう。そして、現時点でどんなコンテンツが必要なのかも分かってきた。あとはVR/ARの世界に、できるだけ多くのユーザーやプレイヤーが飛び込んでいくことが必要なのだ。