「目の前の患者を毎日10人助けるだけでは、限界がありそうだと薄々みんな感じつつある」——医療ITスタートアップ・株式会社メドレー執行役員で、医師の島佑介氏は医療の現状を語る。

同社は現在、オンライン医療事典『MEDLEY』、オンライン診療アプリ『CLINICS(クリニクス)』、医療介護の求人サイト『ジョブメドレー』、口コミで探せる介護施設の検索サイト『介護のほんね』といった医療ITサービスを展開。代表取締役医師と代表取締役社長の共同代表制で、社内にも臨床医療経験をもつ医師を擁するなど医療分野に深い知見と造詣をもつITスタートアップだ。

既存産業へどのようにテクノロジーを入れ、課題解決へ導くか。無論、正解への方程式が確立されているわけではないが、共通項は存在するはずだ。医療の抱える課題に対して、テクノロジーを用いてメドレーはどのように挑んでいるのか。島氏、同社でテクノロジー面をリードするCTOの平山宗介氏に話を伺った。

平山宗介
株式会社メドレー取締役CTO。2005年日立ソフトウェアエンジニアリング株式会社入社。未踏ソフトウェア創造事業に採択され、グリー株式会社に転職。その後フリーランスなどを経て、株式会社リブセンス入社。CTOとして組織拡大やサービス開発の責任者を務める。2015年より株式会社メドレーに参加。

島佑介
株式会社メドレー執行役員/医師。2009年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院での初期臨床研修を経て、日本赤十字社医療センターで消化器内科を専攻。その後ボストンコンサルティンググループに入社し、製薬企業における製品戦略の立案や、病院を含めたヘルスケア領域における経営改善などのコンサルティングを経験。2016年より株式会社メドレーに参加。

テクノロジーを活用して課題解決に取り組む産業たち

「2011年度にアメリカの小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」

米ニューヨーク市立大学大学院センター教授のキャシー・デビッドソン氏が2011年に語った言葉だ。テクノロジーの進歩は我々が「仕事」と認識しているものを次々と変えていっている。それは新しい産業を生むこともそうであり、既存産業を消し去ることも同様だ。

次々と新しい産業が生まれる一方、課題を抱え苦心する既存産業が数多存在する。農業、教育、介護、保育など…。ライフラインのごとく当たり前に接する産業も、数十年先の未来のためには、それぞれ抱える課題を解決していかなければならない。

現在、課題解決の手段となり得るのはテクノロジーだ。しかし、長く続く当たり前に接している産業ほどテクノロジーを取り入れることに苦労している。各産業独自の慣習や商習慣などがテクノロジーを導入する障壁になっている。

各産業は、いかにしてテクノロジーを取り入れ課題解決に挑めるかをそれぞれ模索している。農業なら各種センサーを導入して勘に頼らないデータに基づく農業を。教育であれば、アダプティブラーニングの導入による個別最適化された教育の提供など。

医療においても同様の動きがみられる。メドレーは、医療においてテクノロジーを駆使した課題解決に取り組むプレイヤーだ。医師である島氏は、一体どのような経緯で同社に参画したのだろうか。

医療現場に生じるひずみと現実

「このままの医療では、長続きしないのではないか」

数年前まで大学病院で臨床に従事していた島氏は、医療現場に携わる中である日、こんな疑問を抱いた。こうした疑問を抱く人は島氏に限らず、同時多発的に医療現場に携わる人々が抱いている疑問だ。

株式会社メドレー執行役員/医師・島佑介氏

「『医療はこのままでいいのか?』という問いに素直にYesと言えない人が増えてきています。現在の医療は医師の偏在・不足や膨張する医療費など、さまざまな問題を抱えている。今の医療従事者は多かれ少なかれこのひずみを感じながら働いています」

現状の医療に対する疑問は、医療に携わる人間のキャリアという形で表出している。実際に、医学部を卒業し臨床の現場を経験した後、コンサルや起業といった選択を通し、医療自体が抱える課題に挑もうとする人も増えてきているという。

島氏自身、そのひとりだ。医学部を卒業後、大学病院での研修を経て、日赤医療センターへ勤務。その後大学病院へ再度移り臨床の現場を経験してきた。いくつかの病院での勤務のなかで島氏は、医療業界の課題を目の当たりにする。

「私が特に危機感を感じたのが、医師のリソースマネジメントです。各方面で医師不足が叫ばれているにも関わらず、病院によっては医師が適切に配置されていないところが多々存在する。たとえば、医師が診療以外の雑用に追われることが多いなど、医師や医療従事者を上手く使えずにいる現状を目の当たりにしました」

臨床から経営へと立場を変えて医療と向き合う

本来、社員の最適な配置がなされない経営を行っていれば、収支は破綻しかねない。しかし、この非効率を変革しようという意識は少なく、度を超える残業の常態化などを医師が受け入れることにより、かろうじて今の医療は成立していると島氏は指摘する。

危機感を感じた島氏は医療機関の経営支援に知見のあるコンサルティング会社へ転職。臨床の現場では得られない経営視点から医療を見る経験をする。

「外から医療を見るなかで、システムを使いこなせていないことが医療のさまざまな課題の根源にあると気づきました。便利な技術や効率化する手法は世の中の企業には多数存在するのに、それを医療へ落とし込むフレームワークがなかったり、使いこなせていないのです」

医療界における非効率性を分析していく中、島氏は大学の同級生で同じく医療の道からビジネスの世界へ飛び込んだ経験を持つ、メドレー代表取締役医師の豊田剛一郎氏にこう声をかけられる。

「市場に先駆け、オンライン診療を支援するサービスを立ち上げようとしている。確実に日本の医療を大きく変え、新たな価値を生み出すサービスになる。手伝ってもらえないか?」

メドレーが新たにリリースするオンライン診療アプリ『CLINICS』の立ち上げに力を貸して欲しいという話だった。

「正直、当時はまだコンサルを辞めるつもりはありませんでした。ただオンライン診療のインパクトは臨床を経験した身から考えても大きいのは明らかでした」

当時感じていたシステム面への課題、そしてオンライン診療という医療へ大きな影響を及ぼすであろうサービスにいち早く携われる機会。この2つを顧みた島氏は、いまこそ行動するべきタイミングだろうと考え、メドレーへと参画する。

「医療の仕組みを変えるシステムを生み出し普及させていくことは、今後の医療に対し重要な役割となってきます。メドレーであれば、その重要な役割をスピード感をもって担っていけるだろうと考えました」

島氏のように現場を見た上で、現場ではなく外から医療の抱える課題へ挑むプレイヤーの視点は代えがたい価値を持つ。特に医療のように仕組みや慣習、商習慣が複雑、かつ専門性の高い業界はなおさらだ。

メドレーには共同代表として、代表取締役医師というポジションが設置されている。このことからも、会社の重要なポジションに「医療に精通した人物」を配することに力を入れていることが伺える。

だが、現場を経験し、業界に精通している人材だけで、歴史ある業界に変化をもたらすことは難しい。テクノロジーに精通した人材との協働が不可欠だった。

「オフライン」にインターネットの力を行き届かせたい

「医療のIT活用は、知見も実態も社会から完全に遅れています」

そう語るのは、メドレーでCTOを務める平山氏だ。

株式会社メドレー取締役CTO・平山宗介氏

平山「例えば、医療では電子カルテすら導入率は半数にも満たず、クラウドサービスはパフォーマンスが出ないといった話をしている人もいる。一方、世間一般ではスマホの普及率は6割を超え、秒間100万リクエストをさばくソーシャルゲームは珍しくない。いまだ実態とかけ離れたところで議論をしているのです」

そう語る平山氏は、医療業界での経験はない。彼は大手SIer、グリー、リブセンスCTOなどを経てメドレーに参画した、プロダクト開発のプロフェッショナルだ。平山氏は島氏が入社する半年前、2015年にメドレーへ参画した。同氏はメドレーを含め、あるミッションのもと仕事を選んできたという。

それは「インターネットの力を行き届かせること」。エンジニアである平山氏から見れば、医療ITは解決すべき課題が随所に存在していた。

平山「私はグリーで働いたことで、SNSやソーシャルゲームなどを通しインターネットがもつ力を目の当たりにしました。コードを書くことで世界が動く。コードを通して自分は世界に何を残したいのか。その答えが『インターネットの力を行き届かせること』でした」

業界を変える意思を持つ起業家との出会い

前職のリブセンスを退職後、平山氏は起業を含め自身のキャリアを考えていた。次に、コードでどの領域にコミットするべきなのか。そう考えていた平山氏の目に止まったのは、「オフラインの場」だった。

平山「これまで、私はオンラインで完結するサービスを手がけていました。視野を広げて社会を見てみると、医療はもちろん、農業、教育など、課題はオフラインの場にこそ存在する。これまで携わらなかった分野ということもあり、次に挑む領域を私はオフラインの場に求めました」

オフラインを次の挑戦の場と定めた平山氏が出会ったのが、メドレー代表取締役の瀧口浩平氏だった。オフラインの中でも、医療に絞って活動することを決めていなかった平山氏が、医療をフィールドに選んだ理由は、瀧口氏の存在が大きい。

平山「自分自身起業することも考えていた中で、瀧口からは業界を変える強い意思を感じたんです。『世の中を変える』なんて、言うだけなら誰でもできますが、彼となら本当に医療体験を変えるプロダクトを産み出せる。そう思えたから医療を選びました」

課題が山積みとなった業界において、新たなことに挑戦しながら課題を解決していくのは並大抵のことではない。その過程には、乗り越えるべきハードルがいくつも立ちはだかる。共に苦難を乗り越えていくことになるパートナー選びは、重要なことだった。

平山氏は、これまで何人もの起業家と仕事をしてきた。瀧口氏に、起業家としての意思の強さ、やりきる力を見た平山氏は「彼となら医療を変えられる」と直感した。ここから、平山氏のコードで医療を変える挑戦が始まった。

医師は優秀ゆえにシステムが普及しない

平山氏は、医療×ITが遅れている原因は、大きく2つあると考えている。

1つは、医療情報というセンシティブな個人情報を扱う必要があること。これが懸念となり、クラウドサービスの導入に不安を抱く病院は少なくない。2つ目は、医療に携わる人間ではないからこそ気づく、医師の特性だった。

平山「医師は良くも悪くも優秀な人が多く、自分のことは自分でやれてしまうし、これまでも自分なりの方法でそれぞれが乗り切れた。そのため、皆が簡単に使える便利な仕組みやシステムが生まれてこなかったのかもしれません」

高い能力を持つ個が活躍してきた業界だったため、負担を下げるシステムが生まれにくいのでは、と平山氏は仮説を立てた。そこで、医師の特性はエンジニアの特性と対極にあると気づく。

平山「エンジニアの美徳は『怠惰・短気・傲慢』と言われています。つまり、エンジニアは基本怠けていて、同じことを繰り返すのはめんどくさいと思う。一方、医師は頑張れるので、めんどくさいと思わない。ただITを用いて課題解決するに当たってはエンジニアの持つ美徳は大切な要素になってくる。同じことを繰り返したくない、面倒なことはしたくないと考えることで、シンプルでユーザーが使いやすいプロダクトが生まれるからです」

エンジニアの価値観、美徳はプロダクトの価値に直結する。テクノロジーを用いて課題解決する場合、エンジニア的思考は良いプロダクトを生み出す上では欠かせない。

多様なバックグラウンドを持つメンバーが協働する

メドレー社内には平山氏のようなエンジニアや島氏のような医師など多様なバックグラウンドを持った人々が働いている。メドレーに至るまでのキャリアにおいて、マインドもカルチャーも異なっていた彼らは、どのようにチームとして成立しているのか。

平山氏は多様なバッググラウンドを持つプロフェッショナルが協働するためには、視座を上げることが欠かせないと語る。

平山「まずはエンジニアでも、医師でも、お互いがその道のプロであると敬意を持ち合うことが大切です。その上で、自分の職種に求められることだけを見るのではなく、どうあるべきなのかまでも視座を上げる。その先に見えるのは、会社のミッションです。同じ目標に向けてお互いが得意とすることを活かし合う。尊敬し合う文化と視座の高さがあれば、バックグラウンドが異なることは問題になりません」

現在、医師出身者はビジネスサイドにいる人が多く、自身の臨床経験から医療現場の実態を深く理解した上で、クライアントと対峙している。一方、プロダクトを作るエンジニアはプロダクトのあるべき姿を常に考え続けている。両者が並び立っているのがメドレーの特徴であり、それはポジションにも現れている。

平山「メドレーは事業部長とプロダクトマネージャーがツートップ体制でプロダクトをみています。つまり今の売り上げをミッションとする人間と、数年後の売り上げのためにプロダクトのあるべき姿を追う人間が別に存在する。CLINICSでは島が事業部長、私がプロダクトマネージャーとして、CLINICSの未来を共に作っています」

事業におけるツートップ体制は、ビジネスサイドとプロダクト開発サイドが良い関係を築けていたからこそ生まれたと平山氏は語る。いまの数字と将来の数字は時に相反する。相互に尊敬し合い議論する文化がなければこの体制は成立しない。

平山「医療のように成熟した業界をITの力で変えるには、この文化は必須です。一般的なインターネットサービスであれば、エンジニアとデザイナー、マーケターがいれば成立するでしょう。しかし医療は、アナログな部分が残る複雑な医療現場を知る人間がいなければ、絶対に成立しない。逆に医療関係者は、インターネットに関する深い知見を持つ人はまだ少ない。お互いにそれを理解した上で医療を変えるという共通の想いをもつからこそ、我々は戦えるのです」

視座をあげ互いに敬意を持ちながら事業を進めるべきはエンジニアと医師だけでない。すべての職種に対して、高い視座を持つ姿勢は求められる。

平山「よいプロダクトを生むためには、プロダクトがハブとなり、さまざまな職種が対等に議論を重ねなければいけません。そのプロダクトの進むべき方向を全員が向けていれば、それぞれの職種の強みを活かしながら、対等に議論ができる。プロダクトに関わるメンバー全てがそうあるべきではないでしょうか」

パラダイムシフトに近しい変化を

島氏や平山氏が語るように、医療において、テクノロジーは欠かせないパートナーとなっていく。これは、いまだテクノロジーの普及が進んでいない既存産業においても同様だ。医療以外の「インターネットが行き届いていない領域」においても着実に変化が起こり始めている。

平山「われわれのようなプレイヤーが求められるのは医療だけではありません。農業も教育も、インターネットの力が行き届いていない領域は数多存在します。そして、そのそれぞれが異なる課題を抱えている。私は代表の瀧口と出会ったことで医療という領域に注力していますが、『インターネットの力を行き届かせること』は他領域においても間違いなく必要でしょう。そしてそれらの領域には、大きな変化を起こせるチャンスが眠っていると思っています」

平山氏の言葉に対し、「だからこそ、ドラスティックな変化を起こせる面白さがある」と島氏が言葉を重ねる。

「パラダイムシフトに近しい変化を起こせるほど、世の中に大きなインパクトを与えられる仕事に取り組める機会は多くありません。いまの医療ではそれができる。無論チャレンジングですし、正解のない難題です。ただそれを面白いと思えるなら、またとない機会がこの領域には眠っています」

島氏のようにその産業に精通した人物、そして平山氏の語る美徳を持ったエンジニアの存在。双方がそろった上で、相互に敬意を持ち視座を高く持つことがメドレーが医療へ挑む上での鍵となる。同社のカルチャーは、他の業界で変革に取り組むプレイヤーにとっても参考になるはずだ。

「行き届いていない領域」において変化を起こすことは容易ではない。それでも「挑まなければ」と考え、まっすぐに課題と向き合う。この姿勢を持ち高めあえるチームこそが大きな課題を解決できるのではないだろうか。