昨今、AI分野における技術革新がニュースになる際、「人間の仕事を代替するテクノロジー」といった側面がクローズアップされやすい。しかし、AIは仕事を奪うばかりではない。人間の仕事を支え、新たな価値を創造する担い手としても活躍の幅を広げている。

金沢工業大学とIBMによる「コグニティブキャンパス」プロジェクトもその一つだ。昨年11月に発表した同プロジェクトは、多様化する学生のニーズへの対応、自己成長に向けた的確な支援を、IBMが有するAIの「IBM Watson」によって実現する取り組み。

先日は、プロジェクトの第一弾として、大学での学びや生活、課外活動など、キャンパスライフ全般のアドバイザーとなる「KITコグ」システムを発表した。

学生のキャンパスライフを支える「KITコグ」

8月から期間限定で試験導入されるKITコグでは、学生の成績や性格診断結果など、約40の項目にもとづいて、類似する卒業生を抽出する。ユーザーが最も自分に近いと思える卒業生を選択すると、その卒業生の学習履歴データから、勉強や課外活動、生活に関するアドバイスが表示される仕組みだ。

同システムの開発にあたりWatsonは100万件を超える卒業生のデータを学習。学生の進路先や成績情報、図書の貸し出し冊数、学習センターの利用状況など、インプットした情報は多岐に渡る。

同システムは学生が気軽に質問を投稿できるチャットボット機能も搭載。学生と日常的にコミュニケーションを図り、日々の学習状況や生活の状態に関するデータも収集していく予定だ。

AIによって学生の隠れたニーズの発掘が可能になる

金沢工業大学は「自ら考え行動する技術者」の育成を掲げ、アクティブラーニングや課題解決型のプロジェクト授業にも積極的に取り組んでいる。なかでも徹底されているのが、個々の学生に合わせた学習相談や就職のサポートだ。

KITポートフォリオシステム」のもと、学生は自己目標を設定し、1週間ごとに進捗と改善計画を記録。クラス担任が内容を確認して、学生にアドバイスを送る。

同大学は10年前からこのポートフォリオシステムを導入し、学習や課外活動に関する学生のデータを大量に保有している。学生のポートフォリオは、入学年や所属学科、出身といった基礎的情報だけではなく、学生が記入した進捗や目標の文章データも含む。

今年の「IBM Watson Summit」に登壇した同大学法人本部次長の泉屋利明氏は、こうした文章をWatsonで解析すれば、「『とりあえず』という言葉を頻繁に使う学生の成績は相対的に低い、といった相関性も見つけられる」と語っていた。

金沢工業大学のように、AIによる学生支援の最適化を目指す事例は海外にも存在する。米国のSouthern Connecticut State Universityでは、数百万人を超える学生のアンケートをWatsonに分析させ、キャンパスで得られる体験と中退の可能性が大いに関連していることを明らかにした

同大学は分析によって得られた知見をもとに、コーチングを取り入れた新たな学習支援プログラムを実施。学習相談に訪れる学生の数は6倍に増加したという。

IBMの導入事例ページには“変化に耐えうる生徒中心の教育文化を構築”とある

膨大なデータから最適解を導くのが得意なAIは、人間が見落としてしまうようなデータをすくい上げ、新たな洞察を示してくれる。Watsonが患者の遺伝子情報から特殊な白血病を発見したのも顕著な例だ。

データにもとづく的確な判断が求められるのは教育や医療だけではない。顧客ニーズの把握が必要となるすべての領域において、AIの持つポテンシャルは無視できなくなっていくだろう。たとえばアウトドアブランド大手の「THE NORTH FACE」はECサイトにWatsonを導入し、ユーザーとの質疑応答から最適な商品を提案するシステムを採り入れている

「AIが奪う仕事ランキング」に一喜一憂する前に、自分の属する業界でAIをどのように活躍させられるかを考えておくほうが、未来につながるインスピレーションを得られるはずだ。

img:金沢工業大学Southern Connecticut State University