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大人になると、気にしなければいけないことが増える。
「保険」だって、考えるようになるのは大人になってからだ。なんとなく大事なものだというのはわかる。けれど、その内容はよく知らない。
よく知らないけれど、せっかくなら、自分が納得する形で保険を選びたい。なんとなく皆が入っている保険や、保険会社に勤めた友人が勧める保険を、商品の特性もよくわからないまま加入する。大事なものであるはずなのに、そんな選び方で良いのだろうか。
これまでの保険との関わり方はこうだった。けれど、保険に起きている変化が僕たちと保険の関わり方を変えてくれるかもしれない。
テクノロジーが人と保険の関係性をリデザインする
いま、テクノロジーが保険のあり方を大きく変えようとしている。その領域は「InsurTech」と呼ばれ、スタートアップや従来の保険会社が新しいサービスの提供に取り組む。
日本では、東京海上日動火災保険と保証書のクラウド管理アプリを運営するWarranteeが提携し、1日19円から加入できるオンデマンド保険をリリースした。健康管理サービスのFiNCは、SBI生命保険と提携し、アプリで収集されたデータを保険加入者の保険料に反映していくことも検討している。
海外に視野を広げると、保険の領域で様々なプレイヤーが登場している。例えば、保険をかけたい対象物の写真を撮るだけで保険料の見積ができる「Cover」や、保険をかけたいモノの品番をあらかじめ登録することで、スマホ上でそのモノに分単位から保険をかけることができるオンデマンド保険「Trov」などだ。
これらのサービスからは、これからの時代に求められる保険の姿が見えてくる。ニューヨーク発の保険サービス「Lemonade」を例に、従来の保険との違いを見ていこう。
月5ドルから、90秒で加入できる家財保険「Lemonade」
Lemonadeは賃貸人や物件オーナー向けに家財保険を提供するサービスだ。2015年にニューヨークで創業し、2016年9月から住宅が密集している同都市でサービス提供が開始された。
現在は、サンフランシスコ、ロサンゼルス、シカゴなどの地域にも拡大している。提供開始から8ヶ月の時点で、その契約数は約1.5万件を超えた。契約者全体の78パーセントが25〜45歳の層だという。今後もアメリカ全土にサービスを展開していく予定だ。
保険への加入方法はシンプルだ。保険に加入したいユーザーがアプリを開くと、Mayaというパーソナル保険アシスタントからの質問にチャット形式で答えを入力していく。友人とチャットするような感覚で住所や家財の状況に関する質問に答えていくと、自身に合った保険のプランを紹介してくれる。
最近では、入力にハードルを感じてしまうような情報を、チャットUIを用いることでユーザーに負担をかけずに入力してもらう動きがある。LemonadeもチャットUIを採用し、ユーザーの利用ハードルを下げている。
保険のプランを選んだら、クレジットカードを登録すると、保険に加入できる。申込みの所要時間は90秒とかからない。これまでたった90秒の手続きで加入できる保険があっただろうか。
保険加入手続きを短時間化できた背景には、家財保険が生命保険などの保険と比べて非常にシンプルな商品という理由もある。そのシンプルさゆえに、保険の基本プランも月額5ドルの賃貸保険、月額35ドルの家財保険の2種類しかない。もちろん、オプションで別の保険を追加することもできる。
請求した保険料の支払いも、迅速に行われる。一般的な家財保険では、家財の破損部分を建築士などの専門家が確認し、破損度合いをチェックする。その結果をもとに、保険金が振り込まれるため、請求から支払いまでのタイムラグが発生してしまう。
Lemonadeでは損害の確認を専門家が行わず、サービス上でチャットとウェブカメラを利用し、その状況をLemonadeに報告するだけ。すぐにオンラインで支払いが完了する仕組みになっている。
保険の加入以外の損害状況の確認、保険金の支払いなど、ユーザーとのタッチポイントもチャットだ。対面で専門のスタッフに会う必要もなければ、書類を記入する必要もない。
全てがアプリ内で完結する上に、チャットUIのため、やり取りがシンプル。「保険」という複雑な印象を持たれやすい商品だからこそ、ユーザーとのタッチポイントはわかりやすく、洗練することが大切だ。
シェアリングエコノミーの考え方を保険に持ち込む「ソーシャルインシュランス」
Lemonadeが優れているのは、洗練されたユーザーインターフェイスだけではない。Lemonadeを支えているのが、「ソーシャルインシュランス」という仕組みだ。ソーシャルインシュランスとは、個人間の信頼関係をベースにした保険のことを指す。
従来の保険では、加入者からの保険料を保険会社が一括で管理していた。積立式の貯蓄型保険の場合は該当しないものの、加入者からの請求がなかった保険の余剰金は、保険会社の利益となる仕組みであった。
一般に保険の加入者にとっては、できるだけ支払った保険金を回収したいと考える。対して、保険会社はできる限り保険料の支払いを少なくし、会社としての収益を上げたい。ここに、両者の利益相反が起きる。
ソーシャルインシュランスの場合、加入者同士によるグループをつくり、そのグループ内で保険の加入者が支払った保険料をプールしておける。グループ内のメンバーから保険の請求があった場合は、そのグループ内から保険料の支払いが行われる。
保険の請求額がグループ内にプールされた額を超えた場合は、外部の保険会社から支払いが行われる。このように、ユーザー同士でグループを作るなどのソーシャル性が高い保険を「ソーシャルインシュランス」と呼ぶ。
Lemonadeの場合、ユーザーが支払う保険料の20%を手数料として受け取るというビジネスモデルを構築したことで、利益相反が起こらないような工夫がなされている。
ソーシャルインシュランスが、保険をあるべき姿に引き戻す
「ソーシャルインシュランス」の仕組み自体、実は新しいものではない。「保険」が生まれた起源を遡ると、その目的は「相互扶助」だったことがわかる。仲間内でお金を出し合うことで、その中の誰かが事故や災害などに巻き込まれたら、プールしておいたお金からその損害を補填するという考え方だ。もし拠出金が余った場合は、原則として元の持ち主に返金される。
資本主義の発展とともに、保険はその本来の目的であった「相互扶助」の考え方をどこかに置き忘れてきた。資本主義社会において、企業には利益を追求し、経済を活性化することが求められる。保険会社も例外ではない。
とりわけ戦後の日本では経済成長とともに、新しい保険のニーズも様々なものが登場。お互いに助け合うことを目的として生まれた「保険」は巨大なビジネスとなった。世界の損害保険の市場規模は、2015年の世界147国と地域の合計で約244兆円だ。米国は約92.4兆円と、全体の約38%を占める損害保険大国だ。
保険の原則である「相互扶助」の考え方に立ち戻ったサービス、それが「Lemonade」なのだ。
共感する社会課題へのアプローチに、保険の余剰金を寄付できる
ソーシャルインシュランスにおいて重要になるのが、どのようにしてグループを組めば、グループ内での保険の請求額が、そのグループにプールされている金額を超えないかだ。
Lemonadeでは、サービスに加入する際に、自身が関心のある社会課題を選ぶ。社会課題の中には支援や病児支援などが存在する。その社会課題に基づいてグループ分けが行われ、グループ内で請求されなかった保険の余剰金は、その社会課題の解決に取り組む団体に寄付されるという仕組みだ。
サービス上で、同じテーマを選んだ人同士でグループが作られ、社会課題になるべく多くの保険の余剰金を寄付できるよう、お互いに保険の請求が発生しないように振る舞うインセンティブ設計がなされている。
Lemonadeは、優れたユーザーインターフェイス設計を行うこと、従来の保険のビジネスモデルに立ち返ること、社会への貢献意識を刺激すること(ソーシャルグッドであること)、この3つが組み合わさることで、高度に複雑化した「保険」を解きほぐし、ミレニアル世代を魅了したように思える。
ユーザーにとって馴染みがなかったり、複雑だと思われていたりするものをユーザーに届けることは難しい。サービスがユーザーに受け入れられるためには、サービスの仕組みそのものをシンプルに設計することや、ユーザーとのタッチポイントを洗練する工夫が必要になるだろう。
ただ、シンプルにして、使いやすいUIにするだけでは十分ではない。サービスの裏側にはどのような思想があり、それに対して自身は共感できるのかを、ミレニアル世代は重視する。
「支払った保険の余剰金を社会課題の解決に使いたい」
創業者たちがサービスに込めた思いがユーザーに届くことで、Lemonadeはより広く使われるものに進化を遂げた。これは、保険だけに限らない。ユーザーが納得してそのサービスを使えるということは、長く愛されながら使ってもらう上で、今後益々重要になってくるだろう。
img : Lemonade