ウェアラブルから「ヒアラブル」へ。音声技術と共に急成長する新たなデバイス市場

人工知能を搭載したOSと恋をする世界ーー。これだけ技術の進歩が早ければ、スパイク・ジョーンズが映画『her』で描いた世界は、そう遠くない未来に実現するのかもしれない。

同作品の中で、主人公のセオドアは人工知能OSサマンサと、耳と声を使ってコミュニケーションする。シーンに何度も映り込むのが、セオドアが耳に装着したデバイスだ。2人は、このデバイスでつながっていた。

耳に装着したデバイスでコミュニケーションすることで、セオドアは手と目がコンピュータに奪われることなく、身体を使って感情を表現する。手と目をコンピュータから開放し、耳と口を活かすことで私たちはより感情豊かになれるのではないだろうか。

成長が期待される「ヒアラブルデバイス」市場

2016年後半からウェアラブルの次を担うトレンドとして、headphoneとwearableを組み合わせた造語「ヒアラブル」が注目を集めている。

ヒアラブルデバイスは耳に装着できる小型デバイスを指す。英リサーチ会社のWiFore Wireless Consultingのレポートによれば、2020年にはヒアラブルデバイスの市場規模が5兆円、現在の4倍近くにまで拡大するという。

昨年の調査でウェアラブルデバイスの市場規模が2020年までに4.5兆円に拡大すると言われているのと比較しても、ヒアラブルの数字も無視できない可能性を持っている。

ヒアラブルトレンドを広げた小型イヤホンの登場とイヤホンジャックの廃止

「ヒアラブルデバイス」との呼称からは、まるで未知の最新デバイスが登場したような印象を受けるかもしれない。しかし、言葉の定義である「耳に装着できる小型デバイス」という意味で考えてみると、イヤホンやヘッドホンさえヒアラブルデバイスの一種となる。デバイスとしては、決して目新しいものではない。

近年注目を集めているのは、ヒアラブルデバイスの中でも「TWS(True Wireless Stereo)」と呼ばれる左右分離型の小型イヤホンが主となる。「ヒアラブル」がトレンドとして注目を集めるようになった背景には、大きく3つのポイントがある。

1つ目は、純粋な技術進歩だ。デバイスの小型化や低消費電力化、低コスト化がなければこのムーブメントは成立しない。半導体技術向上を示すムーアの法則は限界に近づいているという声があるが、従来の倍々での増加こそなくなったとしても、技術が進歩し続けることは疑う余地はない。より低コストで小型・低消費電力のデバイスを入手できることは新たな小型プロダクトの開発を後押しする。

1つ目の動きを受けて登場したのが、2つ目の左右分離型の小型イヤホン「TWS(True Wireless Stereo)」の登場だ。2014年にKickstarterでクラウドファンディングを実施し、1.8億円近くの出資を集めたスウェーデン発の「Earin」がTWSの普及に火をつけた。

Earin

一般的に、これまでのウェアラブルデバイスは時計やブレスレットなどのアクセサリーを模し、身につけることに違和感がないように設計されてきた。TWSも同様にケーブルの煩わしさを解消し、身につけることの違和感を最小限に抑えたデバイスだ。

3つ目はiPhone7以降のイヤホンジャックの廃止にある。イヤホンジャックの廃止に伴い、ユーザーはBluetoothをはじめとしたワイヤレスイヤホンの利用を余儀なくされる。iPhone7はスマートフォン本体からヘッドホンを解放するという大きな役割を担ったといえる。スマートフォンユーザーの約18%が利用するiPhoneの方針転換により、ヒアラブルの機運が高まるのも自然な流れだ。

ヒアラブルデバイスの主戦場は「音声アシスタント」

ヒアラブルデバイスが価値を発揮するためにはスマートフォンの存在が欠かせない。わかりやすい例は、iPhone7とともにリリースされた「AirPods」だろう。

AirPodsはイヤホン内部に、マイクや小型コンピュータを内蔵する。iPhoneと連携することで、音声アシスタントSiri経由でさまざまな操作をAirPods上から行うことができる。

同様のデバイスではMakuakeで国内向けにクラウドファンディングを行ったCrazybabyの 「Air」がある。同デバイスもAirPodsと同様のTWSだが、SiriのほかGoogle AssistantやMicrosoftのCortanaにも対応。Apple経済圏外の人も幅広く使えるヒアラブルデバイスとなっている。

Crazybaby 『Air』

AirPods、Airに内蔵された機能は音声アシスタントの機能とイコールだ。スマートフォンを用いてSiriやGoogle Assistantでおこなってきたことはすべて、ヒアラブルデバイスを用いて実現できる。これまでは目と手で行っていたことも、これからは口と耳が代替してくれる。

Siriをはじめ、Google Assistant、Microsoft Cortana、Amazon Alexsaなど、音声アシスタントの存在はヒアラブルデバイスにとっては大きな影響をもたらす。音声アシスタントの役割を拡張することは、ヒアラブルデバイスの役割を拡張することと、ほぼ同義だからだ。

ここ数年、各音声アシスタントともその性能を向上し、パートナーを増やしながら役割を拡張し続けている。

中でも頭一つ抜けて成長するのはAlexsaだ。Alexsaはサードパーティ製品と連携して操作できる機能数(=スキル数)を加速度的に増加させている。2016年1月に130から2016年11月に5,000、2017年2月に10,000、 2017年7月には15,000を突破した。Alexsaは天気からトップニュースの確認、エアコンの調整や車のエンジンスタートなど多様な機能に対応し、音声アシスタントとしてその地位を着実に築いてきている。

Appleも2017年の6月にSiriを搭載したスマートスピーカー「Home Pod」を発表。家庭用音声アシスタント分野へと注力する姿勢を明らかにしている。どちらもホームユースのデバイスで、内蔵するマイクに話しかけて操作するものだが、ヒアラブルデバイスと接続できれば家のどこからでも操作することもできるようになる。

ヒアラブルデバイスにおいて、音声アシスタントの能力向上は今後の普及に向けて重要なキーとなってくるだろう。

ヒアラブルが実現する「耳というインターフェース」

ヒアラブルデバイスと音声アシスタントの組み合わせは、大きな可能性を感じる。だが、それはその先に広がる可能性の入り口にすぎない。「耳をインターフェースとして用いたときに何ができるか」と考えると、ヒアラブルデバイスの可能性はさらに拡張されていく。

その一例が「通訳」だ。Waverly Labsが昨年Indiegogoでクラウドファンディングを実施した「Pilot」は、通訳に特化したヒアラブルデバイスだ。マイクで相手の声を収集しスマートフォンアプリ上で翻訳、音声に変換しデバイス上で再生する。会話する双方がPilotを装着すれば、お互い母語を話しながら、自然に会話することが可能だ。

耳を「音声を聞く」以外に活用する可能性も探られている。NECでは2018年の事業化を目指し独自のヒアラブルデバイスを開発している。同デバイスには、特徴的な機能を3つ有している。

1つ目は個人認証。同社が保有する耳音響認証技術により、指紋認証のような個人認証を行えるという。

2つ目は、屋内でのユーザー位置情報の取得。デバイス内に加速度センサやジャイロセンサ、地磁気センサを搭載し、GPSで位置情報を拾いづらいエリアでの位置情報取得を実現するという。

3つ目は、活動状態をはじめとしたユーザデータの取得。他のウェアラブルデバイスを身につける手首や首といった部位に比べ、耳は動きにノイズが少なく活動状態や姿勢、ユーザーの顔の向きといったユーザ情報を正確に取得できるという。

NECが開発中のヒアラブルデバイス

まだ基礎技術の域を出ない段階ではあるものの、ヒアラブルの価値が音以外にも拡張する可能性は否定できない。

スマートグラスの「JINS MEME」は眉間という体の中で特に安定した場所にセンサを設置することで正確な生体データを取得できるという強みを持つ。スマートグラスも本来は視覚を拡張するデバイスだが、「目」という部位の再解釈によって提供する価値を拡張した。

ヒアラブルデバイスも、「耳」の再解釈によって価値を拡張する可能性を秘めている。

耳と口で、コンピュータとの関係性を構築する

スマートフォンやPCによって手と目をインターフェースとして常時利用するユーザーにとって、耳は新たなインターフェースとして期待を集めている。

情報摂取のインターフェースとして耳を使うーーAmazon傘下のAudibleや、オトバンクが提供するオーディオブック、Podcastなどもその1つだろう。

手も目も口も耳も。隅から隅まで酷使して機械を操作しなければいけないほど現代人は生産性を高めることが求められている。

他方で、ヒアラブルデバイスでは、耳と口という人が本来コミュニケーションを取るために存在するインターフェースを用いてコンピュータと関わることとなる。コンピュータが単なる操作対象という範疇を超え、人との関係性を構築するーー。ヒアラブルデバイスはそんな未来への入り口かもしれない。

img : Apple, Earin, Crazybaby, NEC

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