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昔、横浜の高台にあるアパートに住んでいたことがある。その高台にはコンビニやスーパーがなく、食料品を買うためには”下山”しなければいけなかった。
同じアパートには、昔からその地域に住んでいると思われる老夫婦が何組か住んでいて、買い物にいくのが大変なんじゃないか、とずっと気になっていた。
「お店が自分たちを迎えに来てくれればいいのに」ーー年齢の若い自分ですら、そう思ったことは一度だけではない。移動が大変な高齢者の方なら、なおさらそうだろう。
現代は、ネットで実に様々なものが注文できるようになった。だが、人はいつでも注文したいものが決まっているわけじゃない。陳列された商品を見ながら、買うものを考えたりしたいときだって、意外に多い。
なんともわがままな考えだ、と思いつつ、そんなニーズすらも満たすサービスが現れようとしている。
自律式の無人スーパーマーケット「Moby Mart」
スウェーデンの企業Wheelysと中国の合肥工業大学は共同で、自律式の無人モバイルスーパマーケット「Moby Mart」を開発した。
同スーパーは自律走行が可能なため、運転手なしで自動で販売拠点の移動ができるほか、商品在庫が少なくなれば倉庫に戻り、在庫を補充して営業を再開するといったことができる。
Moby Martには、運転手だけではなく、店舗スタッフもいない。その代わり、AIのバーチャルアシスタント店員「Hol」が接客を行う。来店者の要望に応じて、在庫の少ない商品の注文やレシピの提案を行ってくれる。
店舗内での買い物は、全てスマホ用のアプリを利用して行うことができる。店舗に入店するためには会員登録が必要で、アプリで認証しなければ入店できない。
買い物をする際には、買いたい商品をショッピングカートに入れつつ、アプリでスキャンする。事前にオンラインで注文済みの商品なども自動でショッピングカートに追加されていて、店舗を出る際に登録済みのクレジットカードで自動精算される。これは、レジ不要の無人コンビニ「Amazon Go」とも近い仕組みだ。
Moby Martで販売されているのは、ミルクや薬などのスーパーマーケットやコンビニエンスストアで売られているような生活必需品がメインとなっている。時期によっては、その季節特有の商品を売ることも視野に入れているという。
店舗のデザインも非常に特徴的だ。店舗の片面には、自動販売機やATMが取り付けられている。その逆側には400インチの画面が搭載され、広告や映像を流せる仕組みになっている。
店舗への電力供給や、空気のフィルタリングに必要なエネルギーは全てソーラーシステムで賄われており、充電せずに営業を続けることができる。
Moby Martを開発したWheelysは、これまでに自転車型の移動式カフェを開発してきた企業だ。過去に販売した「Wheelys 4」でも、ソーラーシステムで空気のフィルタリングや店舗運営に必要な電力を賄っており、Moby Martにもその技術を応用したと考えられる。
移動式店舗は、買い物難民を救えるか
なぜWheelysは自律式の無人スーパーマーケットの開発に乗り出したのだろうか。Wheelysの共同創業者Tomas Mazetti氏は「自身が育ったスウェーデン北部の田舎での体験が開発のきっかけになった」と、FastCompanyに語っている。
「1980年代に住んでいた町の商店が閉店してしまい、住人は買い出しのために1時間ほど離れた町まで出かけなければいけなくなったんです。結果として、その村はなくなってしまいました」
買い物に不自由が生じると、その地域の存続自体が危ぶまれる。実際に自身が体験したことが、このソリューションを生み出す原動力となった。
Moby Martは現在、中国・上海でベータテストを実施中。中国にて市場投入に向けた準備が進んでおり、販売価格は10万ドル以下になる見込みだ。
Moby Martがスーパーマーケットやコンビ二エンスストアなどの商店がない地域を定期的に巡回すれば、その地域に住む人々が買い物に困らなくなる。
買い物難民を救う手立てとして、移動式スーパーへの注目は高まっている。日本では、2016年にオイシックスが買収した移動式スーパー「とくし丸」が、近くにスーパーがない地方のシニア層向けにサービスを展開している。
課題として考えられるのは元々店舗が存在していた地域であっても、閉店してしまっていることだ。そもそもの需要が少ないエリアである場合、小売自体を成立させるのが難しい可能性が高い。地域で展開する場合、広域をカバーできれば、こうした需要が少ないという課題はクリアできるかもしれない。
また、Moby Martの利点は、ドライバーやスタッフがいなくても24時間走り続け、在庫がなくなれば拠点に戻って補充も自動で行われる点にある。Moby Mart自体の管理・運営費のコストが下がる必要もあるが、人の手がかからずに稼働できる時間が増えれば、人件費が下がり、ずっと移動を続けながら様々な地域を訪れることが可能になると考えられる。
もちろん、地域に限らず都市部においても、Moby Martは活躍する余地がある。買い物難民が生まれているのは、地域に限った話ではない。農林水産政策研究所の発表によると、2025年には買い物難民の数は全国で598万人に達するという。
さらに、その半数以上の349万人は、店が多く便利だと思われがちな三大都市圏や地方都市在住だと言われている。移動式であれば、スーパー自体が人々に歩み寄ることもできる。都市部においても、買い物難民の支援につながる可能性は高い。
NTTドコモは携帯電話ネットワークのしくみを使用して「モバイル空間統計」というサービスを提供している。移動予測や商圏分析が可能なこうしたデータと組み合わさると、より効率の良い移動販売も可能になりそうだ。
配送センターと自宅の中間地点へ“お届け”
自律型の移動式店舗の可能性は、「買い物難民」の支援だけに留まらない。
いまAmazonを筆頭にインターネット通販の市場規模が拡大する中で、エンドユーザーとの商品受け渡しに必要なドライバーの人手不足が深刻な課題になっている。
様々なソリューションが登場しており、デリバリーロボット「Starship」のように物流の「ラストワンマイル」の解決を目指すスタートアップも登場している。
・配送問題はロボットが解決する。路上デリバリーロボットの可能性
Moby Martのような移動型店舗ならば、全ての商品をユーザーの家まで届ける必要はなくなる。配送センターと自宅の中間地点で商品の受け渡しが可能だ。移動可能ということは、需要に合わせてさまざまな中間地点に向かうことができる。
中間地点まで商品を届けるというMoby Martの機能に注目すると、今後のMoby Martの戦略も見えてくる。
Wheelysが公開している画像には、Moby Martの上空を飛ぶドローンが写っている。ドローンによって店舗で販売している商品をユーザーの自宅に配送する仕組みの導入を検討していると考えられる。ドローン配送の中間地点としても、Moby Martは活用できる可能性を持つ。誰もがより買い物しやすい社会を目指して、Moby Martは進んでいく。
自動運転車の普及によって生まれる新たな市場を「パッセンジャーエコノミー」とIntelは呼び、その経済規模は2050年に7兆ドルを超えると予測している。Amazonによる自動制御ドローンを使った配達なども市場を構成するひとつの要素として含まれる。
・自動運転は2050年に”7兆ドル超え”の経済効果に――Intelが「パッセンジャーエコノミー(乗客経済)」を発表
自律式の移動店舗による食料品や日用品の販売、位置情報に基づいた広告の表示、自律型ドローンでの店舗からの配送などのサービスも、このパッセンジャーエコノミーに含まれる。
自動運転によって、どのようなサービスが実現可能になっていくのか、今後も注目する必要がありそうだ。