金融ビジネス分野における革新的テクノロジーを意味するFinTech。近年よく耳にするようになった言葉だが、世界を代表するFinTech企業を選出する「FinTech100」に、日本で唯一選ばれたベンチャー企業があるのをご存知だろうか。サンフランシスコ、ロンドン、福岡を拠点に活動するドレミング(Doreming)だ。

FinTech100」は、世界4大会計事務所(Big4)のひとつであるKPMGと、オーストラリアのFinTech専門投資ファームH2ベンチャーズが共同で、世界のFinTechをリードする企業50社 (Leading 50)と、同分野で将来有望な企業50社 (Emerging Stars)を選出するものだ。

ドレミングが自らのビジネスを海外のコンベンションで初めてアピールしたのは2015年の秋。そこからわずか1年あまりで、同社は2016年度のEmerging Starsの一席を占めるに至った。

それに先立つ2016年3月には、英国のFinTech業界のコンソーシアム「イノベート・ファイナンス」に日本企業として初めて入会が許され、ロンドンの著名なFinTech関連インキュベート施設「レベル39」にも入居が認められている。同社は、ヨーロッパで最も知られる日本のFinTechスタートアップのひとつであると言ってよいだろう。

Doreming Payとはなにか

ドレミングの主なサービスは「Doreming Pay」だ。これは簡単に言えば、労働者に賃金を前払いするシステムだ。通常なら給料日にしか受け取れない賃金を、働いた分を上限に、好きなときに使うことができる。

その日までに働いた賃金の残高は、同社が雇用先に提供する勤怠管理システムによって、クラウドのデータベースに記録される。労働者はその残高を限度に、決済用のカードかスマートフォンのアプリを使って、加盟店で利用した分の代金をキャッシュレスで支払う。給料日までに使った金額は自動的に集計され、給与から天引きされて精算される仕組みだ。

賃金の前払いサービスはほかにもたくさんあるが、たいていは現金の払い戻しサービスである。そして労動者は利用に際して高額の手数料を払うか、もしくは、サービスを導入した雇用先企業が相応の利用料をベンダーに支払うのが普通だ。

そういったサービスと比較して、Doreming Payは、労働者からも雇用先企業からも一切手数料を取らない点がユニークだ。サービス提供の収益は加盟店が支払う決済手数料であり、クレジットカードやデビットカードと同じモデルである。これは、Doreming Payが現金を払い戻すのではなく、決済手段の提供をサービスの核としているからこそ成り立つモデルだと言える。

では、ドレミングは、なぜこのようなサービスモデルに至ったのだろうか?

金融難民の抱える問題

「もしも自分が銀行口座を持っていないとしたら、どんな生活になるか想像できますか?」

Doreming Payの発案者であり、サンフランシスコとロンドンの海外拠点を率いる高崎将紘氏は言う。

「世界人口74億人のうち、銀行口座を持つのに適当な年齢の人口はおよそ30億人と言われています。しかし、このうち20億人近くが銀行口座を持っていません。いわゆる金融難民です。日本で暮らしているとピンとこないかもしれませんが、こうした人たちはローンも組めないし、クレジットカードはおろか、あらゆる金融サービスを受けることができません」

高崎氏は続ける。

「銀行口座を持たない人たちは、貧困層に属する人が多いんです。貯蓄がないから急な出費に対応できません。バイクが壊れても修理できないために会社にいけない。子どもが病気になっても、給料日まで薬を買うことすらできない。お金を借りるにしても、日本では信じられないような高金利がまかりとおっています。

たとえば、アメリカの低所得者向けのペイデイローンなどは、実質的な年利が300%を超えるケースも珍しくありません。わたしたちの事業のテーマは、こうした人たちに提供できる金融サービスをいかに構築していくか、ということです。労働者から利用料を取るモデルでは、問題の解決にはなりません」

キーワードは「キャッシュレス」

ドレミングのビジネスを考える際、「キャッシュレス」は重要なポイントだ。

「技術的には現金での払い戻しも可能ですが、残念ながら現金という存在自体がデメリットになりうる場合があります。Doreming Payの市場として注目しているインドでは、かつてから賄賂などのブラックマネーが問題になっていて、高額紙幣を中心とした現金経済がそれを許していました。その根絶を目指して、昨年の11月に高額紙幣の500ルピーと1,000ルピーが廃止されました。80%以上のキャッシュサーキュレーション(現金の流通)がなくなった感じですが、モディ首相のこの政策は支持されているようです」

インドで起きた大きな動きについて触れながら、高崎氏はキャッシュレスに於ける予想について続ける。

「これからの社会では、現金でない方がメリットを生む可能性が高いということでしょう。こうなると、同じような問題を抱える周辺国もキャッシュレスに向かっていくはずです。現金を電子化して携帯電話で決済するなど、個人でも収入・支出をキャッシュレスで管理できる仕組みが必要だと思っています」

高崎氏の言うとおり、キャッシュレスにして金銭を電子的に管理すれば、不適切な支出もマネー・ロンダリングも防げる。カードやアプリによる決済であればレストランで食事はできても、麻薬を買うことはできない。これは多くの貧困層にとって、生活環境の改善につながるはずだ。

「キャッシュレス決済、すなわちオンライン・ペイメントやオンライン・バンキングは、FinTechの中でも主流分野になっています。とくにモバイル・ペイメントは、FinTech先進国では最も大きな分野になりつつあり、要注目です。問題は、モバイル・ペイメントの仕組みだけを提供する会社が多いこと。わたしたちは、そこに割って入って同じことをするのではなく、新たな価値を持ち込むつもりです。モバイル・ペイメントとはなんなのかという、価値の再定義をしたいと考えています」

データベースが金融難民を救う

モバイル・ペイメントに関して、自分が日々仕事をした見返りとして好きなタイミングで給与を使えるというだけでも、大きな価値である。だが、ドレミングが目指すところは、さらに先にある。

「労働者が仕事をして10,000円稼いだとする。今日これを全額モバイル・ペイメントで利用すると10,000円のインボイスが自動生成されます。次の日も10,000円稼いで今度は5,000円使った場合、5,000円のインボイスが自動生成されます。そして、給料日に15,000円が天引きされて加盟店に支払われます。

このインボイスを集計すれば、労動者個人の給料日までのクレジットヒストリーを作ることができます。これにプラスして着目しているのは労働履歴です。Doreming Payは当社の提供する勤怠管理システムを基盤にしているので、たとえば、この人は会社にオンタイムで出社し、無断欠勤がない。3年分の給与推移をみると40%増えていて3回昇進している、というようなデータも蓄積されます」

収入と支出の履歴は、個人の消費性向を端的に示すものである。この履歴はキャッシュレスがゆえにほぼすべて捕捉でき、稼いだお金を有益に使ったのか浪費してしまったのかが一目瞭然になる。また、労動履歴は仕事に関する行動履歴そのものであり、消費性向と合わせて分析すれば、その人の生活状態や行動特性さえも推測できるはずだ。

こう考えると、Doreming Payを単なる決済手段だと呼ぶことはできない。まさに、労働者のライフログを収集・蓄積するデータベースでありインフラになりうるサービスだと言ってよいだろう。

「データベースに蓄積された個々の労働者の情報を、まず、信用情報として金融機関などに提供しようと考えています。銀行口座を持っていなくてもDoreming Payの記録をみれば、金融機関はどれくらいの金額なら貸せるか判断できるはずです。また、この情報は保険や年金などほかの金融サービスにも応用でき、すでに保険会社と意見交換を始めています。

現状では、給与履歴や勤怠履歴などのデータは会社だけが保有していて、労働者が有効に利用することはできません。わたしたちはこうした履歴を個人の情報資産だと考えていて、そのデータを活用することで働いた個人にインセンティブが入ってくる仕組みを作りたいと思っているのです」

金融サービスに縁がない金融難民には、金融機関と付き合うためのエビデンスがそもそも存在しない。彼らの唯一のエビデンスは働いたという事実であり、ドレミングはそれをあらゆる金融サービスに連結しようとしているのだ。

高崎氏の話を聞いていると、ドレミングの視線が常に労働者に寄り添い、彼らにとって有益なサービスを提供しようという真摯な思いが伝わってくる。富裕層をターゲットにしたビジネスばかりが喧伝される昨今、これは非常に珍しいことだと思う。ドレミングのこうしたビジネス哲学はどこから生まれ、どこに向かおうとしているのだろうか。

奔走する父の姿

ドレミングは高崎将紘氏の父、義一氏が代表を務める「キズナジャパン」の社内プロジェクトとして始まった。

義一氏はもともと神戸で居酒屋やモスバーガーのフランチャイズ店を経営していたが、1995年の阪神大震災で被災し、それを機にキズナジャパンを起業する。同社の事業は勤怠から給与計算・振込まで自動化できるネットワーク型勤怠管理システム「Daim」の提供だ。

「大震災でモスバーガーの店も潰れ、ロイヤルカスタマーも失ってしまいました。わたしもたまにヘルプとして店を手伝っていたので、本当にショックでした。慣れた事業の立て直しでさえ大変な時期に、いきなり畑違いのIT分野に進出するというので、家族や友人は大反対でした。

しかし、銀行も被災して給与の計算や支払いもままならない状況に、父は相当フラストレーションを感じていたようです。わたしはまだ小学生でしたが、働く人たちにとって価値のある仕組みを作ろうと奔走する父の姿は、強く記憶に残っています」

その後キズナジャパンの事業は軌道に乗り、安定経営の続いていた2008年9月、リーマンショックが発生する。

「リーマンショックによる景気低迷で、ネットカフェ難民の問題が発生しました。Daimのエンドユーザーにも“難民”になってしまった方が何人もいて、ヒアリングしてみると給料日まで待てないという声が多かった。ならば給料日を待たずに給与にアクセスし、いつでも振込めるようにしよう。そう考えて、『My給』サービスができたんです」

「My給」はキズナジャパンが日本国内で展開する給与の前払いサービスだ。Daimで取得している情報をもとに、労働者は働いた分の賃金をいつでもキャッシュで引き出せる。Doreming Payは、この「My給」をエンジンとして利用し、キャッシュレスの支払手段と組み合わせることで実現したものだ。

システムのベースとなるソフトウェア資産をあらかじめ保有していたわけだから、その後の海外展開は有利にスタートできたのではないかと問うと、高崎氏はこう言った。

「システムという面では確かに有利でしたが、最初に進出した米国のスタートアップ事情は知っていたので、そんなに楽観視はしていませんでした。わたしは日本で高校を卒業したあと、米国オレゴン州のポートランド・ステート・ユニバーシティ(ポートランド州立大学)に進学しました。

米国の企業で少し勤務した後、帰国してアーンスト・アンド・ヤング(ロンドンを拠点とする世界4大会計事務所(Big4)のひとつ)という外資系コンサルティングファームに入社しました。仕事はとてもやりがいがあるし、キャリアパス的にも安定していたんです。そんなときに父から、海外進出を任せる人材を探しているという相談を受けました」

米国でのビジネス経験があるからこそ、スタートアップの困難さもよく分かっている。同じような境遇であれば二の足を踏む人がほとんどだろう。しかし、高崎氏は会社を辞め、米国でのスタートアップを行うことを決断した。

「父からの相談に対して、自分がやると答えました。人間って居心地の良い場所にいるときは、そこから出るのを躊躇しますよね。そして、いつの間にかやってきたチャンスに気づかず、見過ごしてしまう。チャンスはみつけたらすぐに掴まないといけない。いちばん大切なことは“Get out of comfort zone”。自分のやりたいことならば、今の給与や待遇に固執せず、それを選択したほうがいい。これは絶対的な真理だと思います」

スピード感のある海外展開

2015年4月、高崎氏はキズナジャパンに参加した。

2ヶ月後の2015年6月には、福岡市にシステム開発拠点としてドレミング株式会社を設立。キズナジャパンの社員だった桑原広充氏に同社の代表を任せると、自身は早々にビジネスの海外展開に着手した。現在、高崎氏はサンフランシスコとロンドンの現地法人代表を務め、日本に帰国するのは年に2度ほど。最近ではJETROなどの支援も受けつつ、シンガポールなどASEAN地域への進出も念頭に置いて、活発に動いている。

また、日本国内ではセブン銀行と提携し、この秋からセブンイレブンなどのATMを使った給与前払いサービスを開始することが発表された。国内外で多くのアワードを受賞し、最近は報道にも取り上げられることが多い同社だが、実際のサービスはまだローンチしていない。現状と今後の見通しを聞いた。

「現時点でのビジネスは、最初に進出したサンフランシスコよりもロンドンでのほうが進んでいて、すでに2人のチームメンバーが活動中です。今年の3月17日には、レベル39で『The UK Japan FinTech Initiative Event』というカンファレンスを主催しました。われわれが目指す、世界の貧困と格差をFinTechによって解決する事業のスタートイベントです。

ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス博士(バングラデシュの経済学者で、貧困層を対象とした融資機関グラミン銀行の創設者)にビデオメッセージをいただいたほか、財務省(HM Treasury)、対投資省(DIT)、CDCグループ(政府系投資機関)など英国の政府関係者にスピーチに立っていただきました。日本企業では大手SIer(システムインテグレーションを行う企業)や情報・通信企業の幹部の方々にお越しいただき、合計で70名くらいのお客様が集まりました」

参加者からの評判は上々で、投資や業務提携の具体的な話が多く寄せられているという。高崎氏はDreming Payの本格的なスタート時期について「Doreming Payは英国で2018年初頭にサービスインする予定で、現在、準備を進めているところです」と話した。

注目すべき英国のエコシステム

いよいよスタートするDoreming Payだが、日本のスタートアップがロンドンでスタートアップするのは非常に珍しいケースだ。

「ロンドンへの進出は、当初から意図していたわけではないんです。『Tech Crunch Disrupt 2015』に出展したあと、福岡の本社に駐日英国大使館からアプローチがありました。英国では難民への対応が重要な政策課題であり、われわれの事業に興味を持ってくれたんです。そこで、一度英国に視察にきて欲しいというオファーをいただきました。視察にいったあと、2016年2月にまず現地法人を作り、4月の『GLOBAL SUMMIT 2016』で欧州市場にプレゼンしたところ、反響が大きかったので本腰を入れたという経緯です」

米国でのスタートアップに関する情報は比較的多いが、同じ英語圏である英国については情報が少ない。高崎氏は、これを非常にもったいない状況だと言う。

「現地にいっていちばん驚いたのは、政府のバックアップが強力だったこと。政府と金融庁がFinTechを支援していて、法整備も進んでいますし、必要な人的コネクションにも繋いでくれます。『イノベート・ファイナンス』のメンバーと人脈が繋がったのも、英国政府の取り計らいです。それにもうひとつ注目すべきは、メディアの動きです。

おもしろいスタートアップがあればすぐに取り上げて、英語で世界中に発信する。すると記事を読んで興味を持った企業や投資家からアプローチが返ってきます。スタートアップ・ベンチャーにとって、こうした立ち位置の違う人たちとの、いわば縦のつながりを作れる環境はとてもありがたい。英国への進出直後は銀行口座の開設に苦労するなどの障害はありましたが、この国にはそれを補って余りあるメリットがあります。起業のためのエコシステムは世界一かもしれません」

ドレミングの目指すビジネスモデル

前編で指摘したように、Doreming Payの核心は、ライフログ収集のインフラとして機能する点にある。集まったデータの活用分野として、労働者に信用情報を付与するというアイデアをすでに紹介したが、これ以外にも利用価値は高い。

「自分たちの最大の資産はまさにデータです。利用できる領域はいろいろありますが、マーケティングとの連結もそのひとつです。たとえば映画館の人に話を聞くと、水曜日の午前中などはお客様がとても少ないそうです。一方、ブルーカラー労働者には平日が休みの人も多く、蓄積されたデータをみれば水曜日に映画をみることのできる人がどれくらいいるか分かります。

そこをマッチングさせてクーポンなどを配布すれば、映画館も売上が増え、労働者も安く映画をみることができます」

また保険や年金などの金融商品も、有力な応用分野だ。

「建設会社の現場で働く人とオフィスで働く人を比べた場合、現状では性別と年齢が同じだと損害保険の料率は同じです。ここに人事データを繋ぎ込む。危険が伴う仕事なのか否か、自動車通勤か電車通勤か、また通勤時間はどれくらいなのか。こうした違いで保険料率を下げられる可能性があります。また、年金分野でも利用価値は大きい。

金融難民の方は貯金をするのが難しいので、Doreming Payを使って買いものをするたびに年金を貯められればいいと思っているんです。たとえばコンビニエンスストアでは、弁当の廃棄が問題になっています。まだ食べられるにもかかわらず、期限がくると自動的に廃棄されてしまう。こうしたわけあり商品を捨てずに販売し、代金の一部を購入者の年金原資としてプールする機能で特許を取得しました」

ドレミングの目指すビジネスモデルは、勤怠管理や決済のシステムを、その中だけで完結させるものではない。取得したデータをほかのサービスに繋ぎ込むことで、付加的に発生した利益を労働者に還流させる仕組みなのだ。

哲学によるビジネス

高崎氏に競争相手を訪ねたところ、「解決したい課題が共通するという点においてですが」と前置きしてから、「ペイアクティブ」「アクティブアワーズ」「イーブン」というサンフランシスコ周辺の3社をあげた。

ペイアクティブとアクティブアワーズはいずれも給与の前払いサービスで、イーブンはオーバードラフト・フィー(口座残高を超えてクレジットなどを使った際に銀行から請求される手数料)を肩代わりするサービスだ。ペイアクティブは企業が福利厚生の一環として導入するモデルを目指し、アクティブアワーズはチップ制を導入することで利用者を増やしている。

説明のあとで、高崎氏はこう続けた。

「彼らとは、解決課題は同じでもアプローチが違います。そういう意味では、思い当たる競争相手はありません」

多くの給与前払いサービスが労働者や導入企業から高いフィーを取るのに対し、前編で説明したようにDoreming Payは労働者からも導入企業からもフィーを取ることはない。

高崎氏の話に首尾一貫しているのは、常に労働者に寄り添って発想する姿勢である。事業の社会貢献性を最上位の価値とし、それを土台にして収益モデルを構築するビジネス哲学だと言ってもいい。英国で政府や投資家から信頼を勝ち得たのも、高崎氏の“哲学”が高く評価されたからだ。そしてこれは、父である義一氏から受け継いだDNAにほかならないだろう。

はたして高崎氏の哲学は、リアル・マーケットを舞台にどう結実するのか。半年先のローンチが待ち遠しくてならない。