本は読むものではなく“聴く”もの——書籍を音声化した「オーディオブック」の普及により、既存の価値観に変化が生じ始めている。“オーディオブック先進国”と言われる米国においては、オーディオブックの市場規模は2,300億円(2016年当時)を突破。世界最高峰の音楽賞「グラミー賞」には、オーディオブック部門が存在するほどだ。
一方の日本は、1980年代にオーディオブックの元祖とも言うべき「カセットブック」の普及を試みたが、あえなく失敗……。一時は「オーディオブックは日本で流行らない」という声も聞こえてきたが、スマートフォンの普及ととともに、少しずつ日本でも浸透。満員電車で、なかなか本を読めずにいるビジネスパーソンを中心に使われ始めている。
米国、日本含め成長著しいオーディオブック市場で、面白い動きがあった。世界最大手のオーディオブック配信事業者である、米Amazon(アマゾン)傘下の「Audible(オーディブル)」が、新人の脚本家や劇作家を対象に5億円規模のファンドを組成する計画を明らかにした。
若い劇作家や脚本家の創作活動を支援
同ファンドは、若い劇作家や脚本家の創作活動を支援し、新たな作品を世に生み出していくことを目指し、助成を行う。ただし、全ての人が助成金をもらえるわけではなく、選ばれた脚本家や劇作家のみに限るようだ。
助成の対象となる脚本家や劇作家を選ぶ人物たちが、また面白い。ピューリッツァー賞を受賞した舞台作家のリン・ノッテージ、イギリスの劇作家・映画脚本家のトム・ストッパード、アメリカの劇作家・台本作家のデビッド・ヘンリー・ファン、演劇団体「パブリックシアター」の芸術監督を務めるオスカー・ユースティスなどが選考委員として選ばれている。彼らが審査員を務め、年内には1〜2つほどの作品を輩出する予定だという。
オーディオブック配信事業者であるAudibleが、若い劇作家や脚本家の創作活動を支援し、良質なコンテンツがオーディオブック業界に増加すれば、ユーザーも増える。業界を盛り上げていきたいと考えているのであれば、自然な動きと言える。
だが、今回のAudibleの動きに関しては、単なるクリエイター支援では終わらない。Audibleの親会社である、Amazonが提供する「Amazon Prime Video」では、オリジナル作品に注力するなど、独自のコンテンツづくりも強化している。
コンテンツのプラットフォーマーは、独自のコンテンツの開発にも着手するケースは珍しいことではない。今回の助成プログラムも、オリジナルのオーディオブックを提供するための第一歩となる取り組みになるのかもしれない。
“音声”領域にますます力を入れるAmazon
Amazonは近年“音声”の領域にご執心だ。AIアシスタント「Alexa(アレクサ)を搭載した、スピーカー型音声アシスタント「Amazon Echo」の開発・販売を行うほか、Amazonショッピングアプリにも「音声検索機能」を新たに搭載している。
ハードウェア、ソフトウェア、そしてコンテンツ。音声におけるユーザーとの接点を抑えようとしているAmazonにとって、コンテンツも自ら開発していくことができるとすると、さらに自由度が高まる。
音声でオーダーする傍ら、コンテンツを聞くことができればユーザーにとっても良い体験だと考えられる。コンテンツを作るクリエイターにとっても、自然とユーザーにコンテンツに触れてもらいやすくなる。
「地球最大の本屋をつくりたい」——ジェフ・ベゾスの強い思いから、オンラインの本屋として事業をスタートし、現在の規模まで成長を続けてきたAmazon。そんな同社が”音”の領域において、どのような挑戦をしていこうとしているのか、今後の展開が楽しみだ。