なぜ、何のために、どう働くか。
手段や目的にとらわれず、本当に自分やりたいこと、やるべきことを整理すれば自ずと答えは見えてくる。
本来、シンプルな話のはずなのだが、なかなかそれを貫ける人は少ない。取りうる選択肢の数が膨大にある社会において、どう自分なりの働き方を見つけていけばいいのだろうか。向き合い続けることでしか答えにはたどり着かない。
一人、これからの働き方を考えていく上で紹介したい人がいる。面白法人カヤック、リクルートホールディングスといった大企業で活躍したのち、スタートアップでCOOのポジションに就いた夏目和樹氏だ。
2016年にリクルートを退職した後、単身アフリカへ渡り1年後にはドローン向けソフトウェアの開発を行う株式会社CLUEのCOOとしてジョインした夏目氏。大企業を辞めアフリカへ。アフリカから帰国した後スタートアップの経営職へ。アフリカを契機に夏目氏は大きく歩み方を変えはじめている。なぜアフリカへ渡ったか、なぜスタートアップの経営か。カヤック、リクルートを経て、COOとして見据えるものは。
夏目和樹
株式会社CLUE・取締役COO。面白法人カヤック、リクルート、アフリカを経て2017年より現職。
アフリカへ、事業の種を見つけるために
アフリカは、2010年には人口が10億を超え、2030年には15億人を超えると予測される(野村総合研究所調べ)。同時期の中国やインドをしのぐ勢いの人口増加率で、経済成長率も平均5%前後で成長を続けている。土地も広く開発余地もかなり残っていることから、近い将来巨大経済圏が構築されると見られる「最後のフロンティア」だ。
夏目氏がアフリカへ渡ったのは2016年。アフリカに渡るきっかけとなったのは「アフリカで事業の種を見つけてくる」という株式会社DMMのプログラムだった。
夏目「前職のリクルートを退職した後、僕はアフリカに渡りました。当時はDMMが『100万円渡すから、アフリカで事業の種を見つけてこい』というプログラムをやっていて、その初期メンバーとして向かいました。ぼくが訪れたのは、ナイジェリア、南アフリカ、ウガンダの3カ国です」
夏目氏は思いつく限り、さまざまな事業の種をアフリカで試していった。人件費の差を活かしたオフショア開発や、日本のものをアフリカで販売したり、アフリカのものを日本で販売する商社的なビジネスなど、試すことは色々あった。
半年のプログラム期間を終え、夏目氏は日本に帰国。だが、彼の胸のうちにはひっかかるものがあったという。
夏目「せっかくアフリカまで行って、いくつも課題を見つけ、それを解決すればビジネスになることも見えていた。にもかかわらず『これをやった』と言えるものが特にない状態での帰国は中途半端だと思ったんです。であれば、しっかりとやりきろうと考え、再びアフリカに渡ることにしました」
アフリカでのビジネスは”現地の人とのつながり”が鍵
再び、アフリカの大地に降り立った夏目氏。彼には、「アフリカでもやれる」という手応えがあった。その裏付けとなっていたのは、現地の人と信頼関係を築きはじめていたことだ。
「ちゃんとビジネススキルを持ち、現地の人とのつながりをもてれば、仕事はどこでもできる」−−そう語る夏目氏はカルチャーも全く異なる環境でどのように信頼関係を築いていったのか。
彼から返ってきたのは、とてもシンプルだが、普遍的な答えだった。
夏目「僕がアフリカで意識していたのは『先にやる』こと。なんでもいいんです。先に挨拶するとか、先にありがとうを言うとか、先にプレゼントを渡すとか、そういうこと。ギブアンドテイクで、“先に”ギブする。すると、アフリカの人はみんないい人なので必ず返してくれるんです。当たり前のことかもしれませんが、これは外国の人を見ていた時に反面教師的に学んだこと。現地にいる外国の人は日本人も含めてちょっと偉そうなんですよね。そういった態度ではいずれ嫌われると思って、相手を信じてまずこちらが行動することを心がけました」
相手への信頼がなければ、先に行動を起こすことは難しい。怪しいのでは、だまされるのでは、と疑うほうが簡単だ。未知の世界に足を踏み入れるならなおのこと、慎重になるのは仕方が無い。夏目氏は、その恐れを乗り越え、信頼を持って行動した。
先にコミュニケーションをとっていく、「なんだそれだけか」と思う人もいるかもしれない。だが、彼がこの行動を実践したのは、アフリカだ。コミュニケーションをとることも容易なわけではない。夏目氏が渡った先は、幸い英語が通じる国ではあったが、彼自身は決して英語が得意なわけではなかった。
夏目「言語の苦労がなかったというと嘘になりますが、あまり言語は重要視していませんでした。言語が得意でないとビジネスが上手くいかないのであれば、通訳の人が一番ビジネスができることになる。そうではないですよね。結局、何を言うか次第なんです。
大事な打ち合わせはお金払って通訳をお願いしますし、通訳がいないときもしっかりと準備をしました。資料を作り込んだり、喋る内容のスクリプトを作ったり、問答集を用意したり。何を話すかを考え、準備ができていれば、言語は障壁にはなりません。アフリカの場合、言葉よりもはるかに信頼関係の方が大事な役割になると思います」
ドローンのソフトウェア企業を探して出会った「CLUE」
アフリカでの事業を検討し始めて約1年が経ったころ、夏目氏は現在COOを務めるCLUEと出会う。CLUEと出会うきっかけとなったは、アフリカで経験から感じていた現地の交通事情やインフラの課題だった。
夏目「アフリカでは、道路や橋など、ありとあらゆる交通インフラが発展途上です。道路は舗装されておらずボコボコなので、車はすぐパンクしてしまう。川を渡ろうと思っても、遠くの橋を経由したりして一週間近くかかることもある。僕はその現状を知って、『それなら飛べば良いんじゃないか』と考えたんです。それから、日本では特に注目してなかったドローンが、アフリカだと役立つのでは?と考えはじめました」
視点が変われば、技術の捉え方が変わる。アフリカに行ったことで、夏目氏はドローンの可能性に改めて注目した。課題と手段を見つけた夏目氏は、ドローンで何ができるかを考えるため、日本のドローン事業を手がける企業へコンタクトを試みた。
数あるドローン関連の企業の中から、このときに夏目氏がコンタクトをとったのがCLUEだった。夏目氏がCLUEを選んだのには2つ理由があった。
夏目「1つは小規模な企業であること。ドローン業界の変化のスピードが速い。大きな企業では、小回りがきかず太刀打ちできなくなってしまいます。もう1つは社内にエンジニアがいて、開発体制を持っていること。スマートフォンにおけるアプリと一緒で、ドローンにおいてもハードではなくソフトウェアが重要なフェーズになってきている。今からiPhoneは生み出せないけれど、メルカリのようなアプリなら作れるかもしれません。ですから、社内で試行錯誤しながら開発できる体制があることを重要視しました。そこで出会ったのがCLUEです」
数社とコンタクトをとる中で出会ったCLUEは、ドローンに組み込むソフトウェア開発に特化した企業だ。同社代表の阿部亮介氏は偶然にも夏目氏の学生時代からの知り合い。阿部氏は、エンジニア経験を有し、ドローンの今後についてオピニオンを求められたり、自社でドローン分野に関するコミュニティ運営やレポート発表を行うなど、業界全体にも明るい。夏目氏がCLUEを選んだのは、彼の存在も大きかった。
夏目「僕は代表がイケてない会社が嫌いなんです。誰が代表か分からないような会社でなく、ちゃんと代表が立ってないといけない。阿部は頭も良いし、元エンジニアで技術のことも分かり、ドローンにも詳しい。尊敬できる人物だからこそ、一緒にやっていけると思いました」
競争優位性すらも変える、アフリカにおける”繋がり”の力
CLUEと出会ってからの数か月、夏目氏は「アフリカでドローンを飛ばすにはどうすればいいか」といった相談をしていた。相談を重ねる内に「一緒にやった方が早い」と考えるようになり、阿部氏からの誘いもあって2017年2月にCLUEへジョインした。
CLUEの一員となった夏目氏の最初の大仕事は、2017年5月頭に発表されたアフリカとの協定締結だ。CLUEは西アフリカのガーナで、日本企業として初のドローン公式飛行許可証を取得し、政府機関と協力協定の締結を発表。同年5月16日にはガーナ資源庁や現地の国会議員と連携して、金の違法採掘の撲滅に向けた活動を開始する旨を明らかにした。
夏目「アフリカとの協定締結は、CLUEに入社してから話をはじめて、約1ヶ月で締結まで進めました。アフリカにいたことでビジネスを進める上での勘所がわかっていたし、政府や識者とのつながりもいくつか持っていたので、最大限活用しました。現地のキーマンとなる政府高官と話をするために、炎天下でスーツを着て半日出待ちをしたこともありました(笑)つながりを作ってきたことが今回の締結に結びついたと思います」
夏目氏がアフリカで築いてきた繋がりを土台に今回の協定は締結された。アフリカにおいて、繋がりがなければビジネスが難しい場合や、繋がりが競争優位性に繋がることも珍しくない。
夏目「どれだけお金を持っていて、どれだけ礼儀正しい人でも『知らない人だからいやだ』と跳ね返されることもありますし、逆もありうる。つまり、アフリカでは人の繋がりが何よりも大切なんです。ウガンダではドローンの持ち込みが禁止されているので、僕もはじめは没収されたのですが、民間航空局の偉い人に口添えしてもらうことで返してもらえたんです」
「あらゆる要素が人の繋がりによって成立している」−−そう夏目氏はアフリカについて語る。
夏目「ビジネスにおいても、信頼関係を築けていれば、競合他社がいくらお金を積んだとしても『この会社にお願いしているから』と断ってもらうことにつながる。人の繋がりは本当に大きなアセットで、競合に対して優位に立てる要素になりえるのがアフリカという場所なんです」
個の強さから、チームの強さへ
これまでの会社でも、CLUEでも、様々な活躍をしてきている夏目氏は、「個」が際立っているように映る。現在の夏目氏はCOOとして、組織をマネジメントをしなければならない立場にある。事業規模を拡大し、組織の規模も拡大していくタイミングでのマネジメントの役割は重要だ。
これまで経営側ではなく、従業員としていくつかの企業を渡り歩いてきた夏目氏にとって、経営にコミットすることでどのような変化があっただろうか。
夏目「僕はカヤックのときも、リクルートのときも『自分が社長だったらどうする?』という視点を大事にして働いていたので、正直、今の立場でも視点的な変化はあまりないんです。ただ、チームを率いるという点では大きく変化しました。サラリーマンはチームプレーといえど、自分の目標を達成すれば評価される。
一方、経営は課題を解決する組織をつくらなければいけない。しかも、社員が面白く課題解決に向き合えるような仕組みも必要。いうなれば、今まで空を飛ぶ仕事をしていたのが、飛行機を設計図から作る仕事に変わったみたいなものです。自分ひとりが飛ぶわけではないので、視点は変わりますね」
夏目氏は、個が立ったプレイヤーとしてではなく、社員とともに課題に向き合う組織を作ろうとしている。現在では、アプリエンジニアやドローンに関心のある人を広く募集しているそうだ。
カヤックやリクルートといった、個性的な人材が集まることでも知られる企業で、人事等の仕事を経験してきた夏目氏にとって、企業のあるべき姿に対して2つのキーとなる要素があるという。
夏目「カヤックやリクルートは、社員を尊重しつつ、社会や世の中の課題に向き合っている。そこがとても魅力的な会社でした。社員が面白く働けて、社会にも価値が提供していることが、これからの会社のキーとなるのではないかと考えたんです。だからCLUEでは、この2つを大事にしていきたい」
やりたいことと、やらなければいけないことが重なる場所
従業員と経営側、大企業とスタートアップの双方を経験した上で、どの働き方が自分に合っていると感じているのだろう。次々と新しいことに挑戦してきた夏目氏にとって、やはりスタートアップでの経営サイドが合うと感じているのかと聞いてみると、期待とは少々異なる答えが返ってきた。
夏目「どちらかが合う、という話ではないと思っています。たとえば僕は今カヤックで働いてもすごく楽しめると思うんですよね。どちらか一方が合うのではなく、いまはどちらに意識が向いているか、かなと。いまの僕は自分だけではなく組織で世の中を動かして、自分だけではできないことを実行できることに面白さを感じるフェーズというだけ。その時々で、面白そうと思える方向に向かえば良いのではないでしょうか」
興味関心が移り変わっていくことを避けることは難しい。ならば、常に今の自分が情熱を注げることに全力を注ぐのは、高いパフォーマンスを発揮する方法としても正しいのかもしれない。だが、取り組むと決めたら、全力を発揮する必要がある。
夏目「やる以上は何かしら爪痕を残さねばと考えています。ただ、単純に面白いことで爪痕を残すわけではなく、あくまで会社にとっての課題解決や、大事にしていることにおいて爪痕を残せるよう努力する。優先順位を忘れてはいけません。例えば、リクルートでは新卒採用が世間から批判を集める中で、何か変化が必要だった。新卒採用にとって少しでも次につながることをやろうと考えたことが行動へと繋がったんです」
やりたいこと、やるべきこと。2つの交差点にこそ力を注ぐことの重要性を夏目氏は語る。
夏目「会社にとっての課題と自分がやりたいというエゴの両方が必要なんです。最後までやりきるためには、“自分はどうしたいか”という想いが燃料として、とても大切になるから」
Photographer: Hajime Kato