AIによって失われる仕事として頻繁に挙げられるのが翻訳や通訳だ。米国『WIRED』の創刊編集長であるケヴィン・ケリー氏は、著書『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』の中で次のように述べる。
「外交レベルの翻訳業は別として、ビジネスで日常的に必要となる翻訳業務については機械のほうが優れた成果を上げるようになるだろう」
ケリー氏の予測通り、ビジネスに必要な翻訳作業を機械が担う世界へ私たちは着実に近づいている。
Microsoftはリアルタイムでプレゼンテーションに字幕翻訳できる「Presentation Translator」を発表した。パワーポイントから同社の提供する音声翻訳アプリ「Microsoft Translator」にアクセスし、リアルタイムで字幕を表示させることが可能。英語や日本語を含む10の言語に対応している。すでにウェブサイトからPresentation Translatorの利用を登録することが可能だ。
Microsoftはディープニューラルネットワーク技術を用いて翻訳サービスの品質の向上に取り組んできた。2016年には同技術を用いて”人間と同程度”に機能する音声認識システムの開発に成功。同年11月には提供するすべての翻訳サービスにおいてニューラルネットワークを利用することを発表した。
同社のウェブサイトでは、従来の統計的機械翻訳(SMT)に比べてどれだけ自然な翻訳が可能になったかをテキストで比較することができる。今年に入ってSkype通話をリアルタイムで翻訳する「Skype Translator」や、Microsoft Translatorのライブ機能が日本語に対応し、国内で大きく取り上げられたことも記憶に新しい。
Microsoftが実現する新しいコミュニケーションの機会
Microsoftは開発者向けにMicrosoft Translator APIを提供しており、企業が自社のアプリケーションやサービスにリアルタイムの音声翻訳機能を追加することができる。
プレゼンテーションの翻訳や字幕の生成のみならず、カスタマーサポートの多言語対応など、用途は多岐にわたる。また、聴覚障がい者の支援を行なう「ProDeaf(プロ デフ)」は、手話で話すアバターを使ったアプリケーションにTranslator APIを組み込み、複数言語を手話に翻訳できるアプリケーションを開発している。
昨年のBuild Conferenceではスウェーデンの携帯電話会社Tele2(テレ ツー)のCEOのLars Torstensson氏が登壇し、MicrosotのTranslator APIを利用したリアルタイムで翻訳通話が可能なサービスのデモを行なった。デモと同時に披露された動画では難民問題に言及し、同サービスは彼らに言語の壁を越えたコミュニケーションを提供すると述べていた。
機械翻訳の進歩がもたらすのは、人間の翻訳が不要になるだけの未来ではない。翻訳され得なかった情報が言語の壁を容易に越えるとき、人間同士のコミュニケーションにおける多様性と流動性は増大していくだろう。
情報が言語による区別から解き放たれたなら、マジョリティーが使用する言語を用いなくとも、平等に情報が行き来する社会も実現できるかもしれない。機械翻訳技術の実用化への取り組みは、今後も新たな情報社会の可能性を私たちに垣間見せてくれる。