伝統や権威は、時に大きな価値を発揮し、時に変化の妨げとなる。情報流通の構造が変わるいま、伝統や権威は新たなかたちで価値を発揮することが求められている。
2017年4月20日に銀座にオープンした複合商業施設「GINZA SIX」。松坂屋銀座店跡地を含む2街区を一度に再開発した同店は、銀座エリア最大規模の売場面積、約47,000m2を誇る。多くの観光客で賑わい、各種メディアでも取り上げられていたため、目にした方も多いのではないだろうか。
このGINZA SIXは観光スポットとしてだけではなく、ビジネス視点でも興味深い点がある。特に注目を集めているのは、従来の商品の売り上げがそのまま売り上げにつながる百貨店のビジネスモデルではなく、テナントの賃料を売り上げとするショッピングモール型のビジネスモデルを採用している点だ。
百貨店各社が収益化に苦労し、最大手の三越伊勢丹ホールディングスも社長の交代とともに改革を進めることを発表する昨今。松坂屋銀座店の跡地に立ち、運営元も松坂屋擁するJフロントリテイリングであることを考えると、百貨店ビジネスの転換期を象徴するのがGINZA SIXの開業と言える。
GINZA SIXの注目すべき点はこれだけに留まらない。今回は、さらにGINZA SIXを紐解いていきたい。
百貨店のワンフロアから、ビル一棟丸々使った旗艦店へ
GINZA SIXのユニークさは、その外観にヒントがある。さまざまなブランドストアが、路面店のように2-5層のメゾネット型店舗を出店しているのだ。
実際に現地に訪れると、中央通り側から見た外観は印象的だ。1つの商業施設でありながら、ブランドストアが建ち並ぶ通りにしか見えない。引いて見て、はじめて1つのビルだと気づくほど。GINZA SIXにおけるメゾネット型店舗を理解するには、ブランドストアがどのように移り変わってきたかを知ることが必要だ。
一昔前、ブランドストアは百貨店の中でいかに広い面積を取れるかを競い合っていた。広いフロアを確保することで、見渡す限り商品が並び世界観を体現する空間をつくるーーそれがブランド側の狙いだったのだろう。特に海外ブランドの場合、本国のビジュアルマーチャンダイジング(VMD)を適応するため、なるべく近い形の店舗形状が望ましいという事情もあったと考えられる。
そこから日本のマーケットが成熟するにつれて、ビル一棟を丸々使った旗艦店が登場するようになる。特に2000年代には各ブランドが世界的に有名な建築家へ依頼し、ブランドを体現しつつ見た目にも美しい旗艦店を次々とオープン。銀座や表参道には有名ブランドの旗艦店が一気に建ち並ぶようになった。
この頃から、横長だったブランドストアは徐々に縦長に変化をはじめる。この背景には2つの要因が考えられる。1つはワンフロアの場合、世界観の切り分けが難しい。同じブランドといえど、メンズとレディース、ラインの違いによっては世界観の切り分けが必要になる場合がある。特にさまざまなラインを扱う必要のある旗艦店はなおさらだ。世界観を切り分けるには、階が分かれているほうが都合が良い。
もう1つは上層階に集客力のあるコンテンツを用意し、上下移動に合わせ購買を促すシャワー効果も考えられる。ブランドストアではビルの上にカフェやギャラリーを設けているところも少なくない。上階に気軽に入れる施設を用意することで、下に降りながら売り上げる狙いも多少ながら存在したのではないだろうか。銀座の場合、エルメスやブルガリ、グッチ、アップルなどは上階にギャラリーやカフェ、イベントスペースなどを設けている。
ビルインでも、外観内観ともブランドらしさを体現するメゾネット型
次々とオープンした旗艦店だが、2000年代後半から2010年代に再び変化を迎えていく。リーマンショックによる経済的な打撃や、建設費の高騰など、ビルを建てるのには不利な条件が揃ってきたのだ。また、土地の狭い日本では、狙った場所に出店することは容易ではない。特に都心では熾烈な争いが行われている。
そこで生まれたのが、GINZA SIXのようなビルインのメゾネット店舗だ。数年前にリニューアルされた松屋銀座のルイヴィトンはその形に近い。店内は3フロアがつながっているメゾネット型。外観は上階も含めてビルの外観を大胆に使いファサードを構築することで、オンリーストアのような佇まいに仕上がっている。無論店内の印象もビル一棟丸々使っているものと遜色ない。
これまで百貨店の外観といえば「百貨店らしさ」を有し、各ブランドはショーウィンドウなど限られた範囲でブランドらしさを表していた。しかし百貨店らしさを体現していた要素はブランドへ譲渡。GINZA SIXはまさにそれを体現し、一目でGINZA SIXとわかる要素はエントランスがあるエリアのみとなる。ブランドのテナントが総入れ替えすれば、おそらく全く異なるビルに見えるだろう。百貨店という価値は解体され、ブランド、テナントの総体としての百貨店がGINZA SIXなのだ。
百貨店のように権威ある箱ですらその価値は揺らぎ、箱の中に内包される個別要素の価値を最大化する方向に舵を切り始めている。この変化は情報流通の多様化と同様で、優れたものは大小問わず価値を認められ適切なパッケージングをせずとも流通する。本当に価値あるものを提供できているか。権威や伝統あるものこそ、本質へ立ち返る視点をいま一度持たなければいけない。
img: GINZA SIX
草間彌生≪南瓜≫ ©YAYOI KUSAMA