INDEX
今、海外で広がりを見せ、世界的には今後5年間で現在の市場規模のおよそ3.7倍(総額17億ドル)になると予想されている「コネクテッドスタジアム」。
まだ日本ではあまりなじみのない用語だが、このコネクテッドスタジアムに着目し事業を展開している日本企業がある。
その企業は、playground株式会社だ。2017年に設立され、コミュニケーション型電子チケット発券サービス「Quick Ticket by MOALA(以下、Quick Ticket)」を展開してきた。そして、2018年9月にはコネクテッドスタジアム体現するサービスとして、「MOALA」のβ版をリリースした。
なぜ同社はこのような事業をスタートさせたのか。そこには日本のスポーツスタジアムが抱える課題があった。コネクテッドスタジアムの全貌に迫るべく、playground株式会社 代表取締役の伊藤 圭史氏にお話を伺った。
- 伊藤 圭史
- playground株式会社 代表取締役
上智大学卒業後、IBMのコンサルティング部門にてデジタルマーケティング施策推進、CRMシステム導入など、顧客政策を中心とした戦略・システムプロジェクトに従事。2011年より「実店舗のデジタル化」に特化した戦略・システムファーム Leonis&Co.を設立し、同領域の専門家として活動後、2014年にトランスコスモスへ売却。実店舗にデジタルを持ち込んだ経験・技術をもってエンタメ業界に貢献するべく、2017年6月に「リアルイベントのデジタル化」に特化してサービス開発とコンサルティング支援を行う playground 株式会社を設立。
playgroundが提供するコネクテッドスタジアムサービス「MOALA」とは?
まずはじめに、「コネクテッドスタジアム」とはそもそも何なのか。
playground が提唱するコネクテッドスタジアムの定義は以下だ。
“ITインフラの整備を通じ、リアルイベントに関わるあらゆるモノ・コトをつなげて、顧客体験、データ、オペレーションを統合することで、リアルイベントの収益性を高めていく取り組み”
要するに、ステージ上以外を全てデジタル化する取り組みのことを指している。
playgroundが提供する「MOALA」は、コネクテッドスタジアムを実現するために作られた、ステージ上以外の全てを電子化するウェブプラットフォームだ。
MOALAを導入している西武ライオンズの施策動画
上記の、西武ライオンズとMOALAの施策ではチケットを購入すると、購入した時点でLINEにチケット購入した旨とURLが届き、URLをタップするだけで電子チケットが表示される。観戦する当日にはこの電子チケットを見せれば入場することが可能だ。
入場したら「ご来場ありがとうございます。」とWelcomeメッセージが届いたり、観戦する当日のスタメン情報やゲームプレビューが送られてきたりする。試合終了時には「ありがとうございました」というメッセージとともに、勝った試合ではビクトリーフォトなどが送られてくる。
さらに、電子チケットで入場した人には抽選企画への参加権が自動で付与されるため、当選者は選手のサインや特典がもらえるといった、顧客にはうれしい企画もある。
また、万が一複数人で観戦予定のはずが遅れてくる人が出てきた場合は、チケットをLINEやメールで簡単に分配できるのでスタジアム内での待ち合わせも可能だ。
「MOALA」を利用するのにもアプリをインストールするといった面倒な作業は一切必要なく、全ての手続きをブラウザ上で行い、手続きの通知などは普段使用頻度の高いメールやSMS、LINEなどから届く。
このように面倒な作業を一切せずとも、さまざまなサービスがデジタルで一元化することで、便利でスマートなスタジアム観戦の実現を目指すサービスが「MOALA」なのだ。
「チケット購入の不便さ」と「マーケティングの弱さ」がスタジアムの課題
playgroundは、MOALAを提供する以前から電子チケット発券サービス「Quick Ticket」の提供を行っている。エンターテインメント産業でサービスを提供し続けている彼らが、なぜコネクテッドスタジアムに着目したのだろうか。
それは、スポーツスタジアムが抱える二つの課題からヒントを得たことがキッカケだった。
伊藤:「まず、チケット発券の不便さです。例えばプロ野球で言うと今まで、スタジアムに設置された発券機でのチケット発券が主でした。スタジアムに設置された発券機だと、来場者みんなが並ぶため、1時間待ちなんてこともあって。これにはスタジアムを管理する球団側と延々と並ばされる来場者、どちらにも不便さがありました」
チケット発券時の混雑による行列に対応するために、人員や場所の確保といったコストがかかるのは球団にとってデメリットだ。人員や場所にかかるコストを顧客満足につながるサービスに回したいと考える興業主も少なくはない。
顧客側としても、チケット発券のためにわざわざ早い時間に足を運んだり、1時間も並んだりするのは嫌なものだ。スタジアムのチケット発券機以外でも、指定のコンビニでの発券も可能だが、スタジアム周辺に指定コンビニがなく発券し忘れる事象も起こり得ていた。
伊藤:「二つ目の課題として、マーケティングの弱さです。今まで、スポーツ業界もエンターテインメント業界も、スタジアム利用者の傾向データを取得することができていなかった。野球やサッカーの観戦者に女性が増えたとか、若い人が増えたとかよくニュースで流れていますが、従来は担当者の目算や感覚値の場合が多かったようです」
事業を展開する上で必要不可欠な要素として「マーケティング」がある。ターゲットを定め、ターゲットに適した形でサービスを提供した結果、収益につながっていく。従来、スポーツ業界ではファンクラブ会員の会員データでしか顧客のデータを取得してきていなかった。しかし、これはあくまでも会員のデータでしかなく、チケットを買った人や実際にスタジアムに訪れた人のデータではないのだ。
また、スポーツ観戦は一人で行くより、複数人で観戦に行くことが多いため、複数枚のチケットをまとめて購入する。つまり、チケットを購入した人のデータを取得できても、同伴者のデータは全く取得できていない。
伊藤:「この“同伴者”のデータを取得することが極めて重要だったんです。自ら率先してチケットを購入する人は、そもそもファンの場合が多いため、工夫をせずとも訪れてくれる傾向があります。大事なのは、自ら率先してチケットを購入していなかった人たちに、いかに次の試合でチケットを買ってもらえるか。ポテンシャル層のリーチを狙うことが重要でした」
コネクテッドスタジアムの仕組みを利用すれば、このポテンシャル層のデータを取得できるため、マーケティングの課題解決にもつなげることができる。
“ハードルを下げること”が課題解決の糸口
playgroundでは、「チケット発券の不便さ」と「マーケティングの弱さ」、大きくこの二つの課題を解決すべく電子チケットの導入を推奨している。
MOALAを利用してチケットを購入する際はアプリのインストールなどはせず、ブラウザ上で全て完結できる。MOALAの前身となるサービスではアプリを利用するサービスを提供していたが、利用率が5%を超えるのすら難しかったと伊藤は語った。
伊藤:「今までの行動を変えることって難しいなぁ、と思うんです。どんなにすごいサービスでも最初使ってもらうのは至難の業。今や絶対手放せないSuicaも、普及するまでに軽く10年はかかっている。今まで日常になかったモノを生活に取り入れてもらうハードルは高い。ハードルが高ければ使ってすらもらえない。だからこそ、サービスを考えるときには如何に“ハードルを下げられるか”にこだわっています」
頻繁に利用するサービスであれば、少し手間がかかっても利用するかもしれないが、スタジアムを訪れてスポーツ観戦するとなると、よほどのファンではない限り年に数回か、それ以下かもしれない。そんな中、面倒な登録や複雑な利用方法だと、いくら便利で素晴らしい体験ができたとしても、使ってもらえない。サービスは顧客に使ってもらえなければ意味を成さない。
MOALAはそんな思いから、日常的に利用している中でサービスが完結できる仕組みを作り上げた。
伊藤:「結果、西武ライオンズの場合は、2019年の開幕時点で見るとWEB購入の約30%のユーザーにQuick Ticketを利用いただいています。アプリだった頃の5%から考えると圧倒的な差です。また、西武ライオンズのユーザーのうち複数枚チケットを購入した人の、実に90%以上が同伴者にチケットを分配してくれています。」
MOALAではチケットの分配も簡単に行うことが可能だ。
同伴者にチケットを分配することにより、今まで取得できなかった顧客データを網羅的に取得することが可能となった。このデータを取れることで、今までアプローチできていなかった顧客層への継続的なアプローチに取り組むことができる。
誰でも簡単に『チケット購入から分配』までの仕組みを作り上げたことで、顧客のハードルを下げることができたのだ。
イベントをさらに面白くする“エンターテック”を確立させる
チケット購入の利便性向上やマーケティング活用を目的に、MOALAを利用する企業が増えてきている。スタジアム以外では、サンリオピューロランドなどのアミューズメントパーク、コンサートなどの音楽分野や、東京都観光汽船などの観光分野でもMOALAが導入されている。
伊藤:「コネクテッドスタジアムと聞くと、とても未来的な印象を受けると思いますが、我々は誰にでも使っていただけるよう、できる限りシンプルな課題にシンプルな解決策を提示することを心がけています。来場者にもっと便利になるサービスを使っていただくなかで、マーケティングデータを取得し、顧客満足度の向上を上げる次の施策を展開していく。このサイクルを繰り返すことで興行の収益性を高められればイベントは更に面白くなる。コネクテッドスタジアムは実はかなり原始的なアプローチなので今後もニーズは高まっていくものと考えています」
ニーズといっても、スポーツスタジアムや大掛かりなエンターテインメントだけではない。動物園や水族館でも同じような仕組みを取り入れることが可能だ。見ている生き物の情報や動画がSNSやメールで届けば知識を得る体験につながる。映画館でも電子チケットを購入した人にポイントが付き、フードやドリンクのクーポンや鑑賞チケットと交換なんてこともできる。
ステージ上以外でのデジタルを取り入れる価値はさまざまな場所で存在する。全てのエンターテインメントにデジタルを取り入れることができる。
そんな未来あるサービスを生み出した、playgroundの伊藤が掲げる今後の展望とはーー。
伊藤:「playground は電子チケットからはじまりましたが、元々は『デジタルを使えばもっとリアルイベントは面白くなるはずだ』という想いで立ち上げた会社です。
現在は『総合エンターテックの会社』と呼んでいただけるよう多角化を進めていて、最近でいうとエンターテックに特化したコンサル・SI部門を立ち上げました。色んな領域のエース級の方々でメンバー構成をしており、魅力的なWebやCRMが作りたいといったシンプルな課題はもちろん、電子チケットで得たマーケティングデータを踏まえたチケットの販売力を高める施策まで、幅広いデジタルの悩みをコンサル・SIという立場でサポートしていきます。
今後もダイナミックプライシングやキャッシュレス化、業務の自動化など、リアルイベントを盛り上げるポテンシャルを持ったテクノロジーがどんどん出てきます。スポーツもそれ以外のエンターテインメントも、全ての分野をサポートできる会社になることを目標に、力を入れていきたいですね」
取材・文:阿部裕華
写真:西村克也