デジタル変革(DX)の推進とシャドウIT問題の深刻化
パンデミックが企業のデジタル化推進に大きな影響を及ぼしたというのは間違いないだろう。
Statistaのまとめによると、企業が利用するSaaSアプリケーションの数は、2015年に8、2016年に12、2017年に16と漸進的な増加にとどまるものだったが、2020年に80、2021年に110、そして2022年には130とパンデミック期間に急速に増えているのだ。
このデータは、クラウド上で使用するソフトウェアであるSaaSに関するものであり、コロナ禍におけるリモートワークの普及が影響したと考えることができる。たとえば、Zoomのようなビデオ会議システムやSlackのようなオンラインコミュニケーションツールなどが挙げられる。
ZoomやSlackなどは企業横断で利用されるSaaSアプリケーションだが、このほかにも部署や役職などユースケースに特化したSaaSも多数存在しており、それらを含め企業で利用されるアプリケーションの数が急速に伸びている状況だ。この数字は企業におけるデジタル化が進んでいることをあらわすものであるが、一方で「シャドウIT」問題の深刻化を示唆するものでもある。
シャドウITとは、企業・組織の承認や監督なしに、社員や部門によって構築される非公式のITシステムやソリューションのことを指す。企業では一般的にIT部門が提供するソリューションが利用されるが、それが十分に効果的でない場合、社員や部門によって外部ソリューションが独自に導入されている。
生産性・効率の点で、シャドウITが効果を発揮するケースも多く、これまで厳しい取り締まりは行われてこなかった。また、シャドウITとして利用されるアプリケーション/ソフトウェアが非常に多く、企業・組織の最高情報責任者(CIO)が把握できなかったというのも事実だ。
しかし最近になり、シャドウITに関するリスクやそれ伴うコストが明らかになってきており、管理すべきという機運が高まってきている。さらに一度導入したものの、利用されていないアプリケーション/ソフトウェアが多いということも判明しており、コスト削減の観点でも関心が高まっている。
たとえばQuandary Consulting Groupのまとめによると、大企業におけるシャドウIT支出は、IT支出全体の30〜40%に上り、多いところでは50%に上るケースもあるという。また不必要なSaaSアプリケーションへの支出は平均13万5,000ドルに上ることも明らかになった。シャドウITはデータ侵害(data breach)リスクを高める要因と指摘されている。2022年のデータ侵害にかかる平均コストは435万ドルだったと報告されている。
米国の大企業では、最高情報責任者(CIO)が頻繁に入れ替わるといわれているが、その要因の1つがシャドウITにあるとされる。上記のように、非公式に導入されるアプリケーション/ソフトウェアが多すぎることで、IT支出を逼迫、またデータ侵害などにつながるケースも多く、CIOの管理能力を超えた状態が恒常化しているためだ。
インテルの元最高インキュベーション責任者が立ち上げたスタートアップ
AIを活用してこの問題に取り組んでいる米カリフォルニアのスタートアップAsatoが投資家の関心を集めている。
Asatoは2023年12月5日、シードラウンドで750万ドルを調達したことを発表した。同ラウンドでは投資家からの申し込みが当初予定を上回り、予定を超える資金獲得につながったという。
同社のどのような点が注目されているのか。
Asatoが提供するのは、最高情報責任者を対象としたIT管理プラットフォーム。Asatoの共同創業者でCEOを務めるサンダリ・ミトラ氏が以前立ち上げたスタートアップNetSpeed Systemsで開発されたナレッジグラフの技術と生成AI技術が活用されている。同社は2018年にインテルに買収された。公式な買収額は明らかにされていないが、NetSpeed Systemsは当時6,000万ドルの評価額だった。
ミトラ氏はVenturebeatの取材で、Asatoプラットフォームの活用例を説明している。
Asatoプラットフォームは、CIOが「今期、どのアプリケーションを更新する予定になっているのか」など自然言語による質問を投げかけると、プラットフォームが企業内で利用されているアプリケーションとそれに付随するライセンスなどの関連情報を分析し、インサイトを提供する仕組みとなっている。
たとえば上記質問の回答として、「今期は5つのアプリケーション更新が予定されている。その1つでは1,000人分のライセンスを購入しているが、過去90日間で実際に利用していたのは500人のみ」などの情報を提示することが可能という。また「最近200万ドルで購入したアプリケーションがあるが、1年間で利用された日数は10日のみだった」など、企業内のアプリケーション利用状況とコスト情報を示すこともできる。
プラットフォームの能力に加え、創業メンバーが確固たる知識と経験を有していることも投資家の注目点となったようだ。特にミトラ氏はテクノロジー大手における経歴に加え、Asatoを含め3社のスタートアップを立ち上げた経験を持っており、投資家から高い信頼を得ている。
ミトラ氏は1988年にデザインエンジニアとしてインテルに入社。その後1992年にサンマイクロシステムズに転職し、ハードウェアディレクターとして12年間務めている。2006年に1社目となるスタートアップPrism Circuitsを創業。半導体のインターコネクト技術に特化した企業だ。2009年まで同スタートアップのCEOを務めた後、2011年にはシリコンバレーの半導体デザイン企業MoSysに参画し、2011年までエンジニアリング部門の責任者を務めた。
2011年に上記でも触れたNetSpeed Systemsを立ち上げ、2018年にインテルに売却。その後インテルのIPエンジニアリング部門のゼネラルマネジャー、そして最高インキュベーション責任者を経て、2023年5月のAsato創業に至る。
ナレッジグラフと生成AIの活用可能性
Asatoが活用するナレッジグラフは、生成AIのパーソナライゼーションにとってカギとなる技術。今後はパーソナライゼーション文脈で、ナレッジグラフと生成AIを組み合わせる動きが増える可能性もある。
ナレッジグラフとは、データの関係性をグラフ構造で表現し、その情報を統合・管理・探索する技術。この技術を用いることで、さまざまな情報源からのデータをつなぎ合わせ、意味のある知識ネットワークを構築することができる。
このナレッジグラフと生成AIを組み合わせることで、たとえば、Eコマースやストリーミングサービスにおけるパーソナル生成AIシステムを開発することが可能となる。ユーザーの好みや履歴を分析し、個別に最適化されたプロダクトやコンテンツのレコメンドを行うといったシステムだ。ナレッジグラフを用いない場合、表面的なデータ分析やパターンマッチング、またキーワードベースの単純な検索となるため、深いパーソナライゼーションは実現できない。
ナレッジグラフを用いることで、コンテクストを深く理解し、ユーザーの意図や洞察を得つつ、最適な製品やコンテンツをレコメンドしてくれる真にパーソナルなチャットAIをつくることが可能となる。
このほかカスタマーサポート、ヘルスケア、金融サービス、教育などでもナレッジグラフと生成AIの組み合わせ活用の可能性が考えられる。
文:細谷元(Livit)